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第七一話 提案

 仲間だと。私を吸血種の眷属にでもするつもりだろうか。


「ヒトを眷属にする方法を持っているとは信じがたい」


 オドイストスはケタケタと高い声で、さも楽しそうに笑う。


「眷属~? そんなことしないよ。やろうと思ったってできないし。ギブソン様でも無理なんじゃないかな。その方法は、ドレーナには伝わっていない。眷属じゃなくて、『ハンターとして一緒に旅をしませんか?』っていうお誘いだよ」


 吸血種がヒトの血を吸って自分の眷属にするという話は広く知られている。しかし、「前」も「今」も実例にお目にかかったためしはない。


 オドイストスの言うとおり、眷属作成の手段をヒト型吸血種の大半は持っていない、というのが、識者たちの共通見解だ。


 ヒトにとっては衝撃的な能力だから知れ渡っているだけであり、どの吸血種も普遍的に持っている能力というわけではない。ただし、だからといってオドイストスが本当に眷属作成能力を持っていないという証拠は無い。


「アルバート君は強いハント仲間を探しているんでしょ? 僕、かなり強いよ。きっと楽しい旅になるはずさ」


 それは吸血種なのだから、ヒト相手には強いだろう。吸血種特有のスキルが通じない相手、例えばゴーレムを前にしてもこいつが強者のままでいられるとは到底思えない。


「随分と私のことに詳しいではないか」

「だって教えてもらったもの。手配師や友達にね」

「ほう。その友達の名は何と言う?」


 出てくる名前が本名ということはないにせよ、種族や性別、容姿の特徴くらいは掴めるかもしれない。


「イリーナのこと? イリーナはとってもかわいいヒトの女の子だよ。あ、彼女はここにはいないよ。ゼトラケインにいるからね」


 手引き者の所在、そして、マディオフの敵国であるゼトラケインの国王を様付(さまづ)けで呼ぶ。


 これら二つは、オドイストスがゼトラケイン出身という情報と矛盾しない。ヒト型吸血種たちはヒトほど呼称や役職に深く拘らないから、自国の王を名前で呼んでも不自然ではない。


 ()()には今のところ目立った瑕疵(かし)が無い。では、設定そのものは突付かずに、それに沿って情報を探るとしよう。


「そのイリーナなる女との付き合いは長いのか。彼女は去年の夏の終わり頃、しばらく姿を消していたのではないか?」


 話が最も単純だった場合、今回の件の黒幕はイリーナだ。オドイストスの中にあるイリーナ像は、私もきっちりと知っておかねばならない。


 オドイストスが本気でイリーナを友人と思っていたとしても、まず間違いなく向こうはそう思っていない。そう考えると、オドイストスはなんとも哀れだ。


 イリーナの正体は()かもしれない。手っ取り早いのは現場不在証明(  アリバイ  )の確認だ。


「イリーナと知り合ったのは最近だね。うーんと、数年くらい前かな。去年の夏はどうだっただろう? あんま覚えてないけど、数日に一度は顔を合わせていたと思う」


 数年前を指して『最近』と呼ぶ。実に長命種らしい時間感覚だ。


 それはいいとしても、『数日に一度会っていた』という言葉が真実だった場合、イリーナは私の想定とは別人ということになる。


「それよりさ、どうなの? 僕とパーティーを組む話は」

「オドイストスはなぜ私とパーティーを組みたがる。強いのならばひとりで旅をすればいい」


 拒絶の色が強い私の指摘に、オドイストスは纏う雰囲気を一変させる。それまでは、『楽しんでいる』という感情が、暗闇の中でくっきりと浮かび上がるようにこちらに伝わってきていたというのに、今はそのまま闇に溶け込んでしまいそうなほど深く静かになっている。


「……退屈なんだよ。ずっとひとつの国に閉じこもって、なんの変化もなく、食べて飲んでたまに血を(すす)って……。同族と話をしたって、いつも同じ質問、同じ返答。僕だけじゃない。みんな退屈してる。でも、どこにも行かない。なにもしない。行動を起こさない。日常に変化がないことだけを確認する、流れる時間の中で眠っているんだか起きているんだか分からない日々がこれからまだしばらく続くのかと思うと僕は耐えられない」


 ゼトラケインにおけるドレーナの生活を語るオドイストスの言葉には実感が籠もっていた。わざとらしさはどこにもない。


 とはいえ、私が見破れるのは簡単な幻惑魔法だけだ。巧妙な演技を見破る眼力は生憎持ち合わせていない。


 できないことは即興でやらない。オドイストスの述懐を鵜呑みにせず、話半分に聞くよう自らに言い聞かせる。


「でも、ヒトと話すのは面白い。君たちは、僕たちの一生をギュッと圧縮したかのように駆け足で人生を送っている。時計の針を早回ししている、とでも言ったらいいのかな。しかも、弱さに見合わない大胆さを持ち合わせている。大抵は僕たちより弱くてすぐに死んじゃうのに、僕たちよりもずっと果敢に色々な所へ羽ばたいて世界を見て回っている。僕も旅をしたい。ひとりで旅をしたってつまらない。旅に仲間が欲しい。仲間にするなら、同じドレーナよりも絶対にヒトがいい。僕は、かつてのギブソン様のようにヒトのパートナーと旅をしてみたいんだ」


 ゼトラケインの王、ギブソン・ポズノヴィスクはその昔、ヒトの剣士セーレとパーティーを組んで諸国を放浪していた。セーレは後に精霊殺しを成し遂げる。


 セーレとギブソン、子供でも知っている有名な冒険譚だ。


 二人の冒険やセーレの精霊殺しは、おそらく一定の真実を含んでいるのだろうが、どこまでが事実でどこまでが誇張や創作なのかは、長命種が少なく吸血種に至っては排斥しているマディオフでは確かめようがない。


 オドイストスがドレーナとして比較的高齢ならば、そのあたりを知っているかもしれないが、本日の問題はそこにはない。


「では、なぜマディオフに来た。吸血種を土地から掃討し、さらには国同士で戦争までしているマディオフではなく、ジバクマか、あるいは東にでも行って仲間を探せばいいではないか」


「前」の私の記憶によればヒト型吸血種、取り分けドレーナは働き疲れた老人のように何事にも気力がなく、冒険や刺激よりも平穏や安息を好む種族だったはずだ。


 ヒトにおける個人差以上に、ドレーナの個体差は著しいものなのだろうか。あるいは一般的な個体差とは別次元の特殊嗜癖の持ち主、自らの命を危険に曝して生の喜びを得ようとする奇人の類なのだろうか。


 ここまでの会話からするに、変わった奴には違いないだろうが、とことんまでに狂った奴という印象は受けない。


「戦争? そんなのは少し前に終わったじゃないか。それに、ここに来た理由は決まってる。アルバート君がいるからさ。王の友のように強いヒトでなければ、一緒に旅はできない。お()りの必要な、ハンターとは名ばかりのひ弱な奴とは流石に組みたくないからね」


 オドイストスは、マディオフとゼトラケインの戦争が既に終了している、と寝ぼけた主張をかざす。


 仮に支配者間で停戦協定を結んだとして、その事実を国民に隠す理由がどこにある。


 停戦も終戦もありえない。マディオフ軍は今でも東進を続けている。


 それに、ヒトよりもずっとゆったりとした時間感覚を持つドレーナが『少し前』と言うくらいだ。


 オドイストスの言い分からすると、下手をすれば十年以上前に戦争が終わった、ということになってしまう。


 私は数年前まで徴兵新兵として戦場近くにいた。これは隠すことも動かすこともできない確たる証拠、少なくともその時点では戦争が終わっていなかったと断言できる。


 私を仲間に誘おうとしている奴が、なぜこんな嘘をつく。意味があるとは思えない、くだらない嘘を。私を笑わせたくてドレーナ流の冗談を言っているようにも見えない。


 もしかしたら、ゼトラケインではよほどひどい情報統制でもされているのかもしれない。


「オドイストスはそもそもハンターではないだろう」

「やっぱり分かっちゃう? ハントの技能とか知識は、これから習得しなきゃ、だね。じゃないと、今みたいに洞窟の中で君を追い越してしまうもんね」


 オドイストスの気配の消せなさ、察知できなさは目に余るほどひどい。日頃はハントから縁遠い暮らしをしている、と考えずとも分かる。


「私を尾行しておきながらお前が全く気配を消せていないせいで、後ろを撒くのにとても苦労した」

「えー、撒いてどうするのさ。撒いちゃうと肝心の話ができない」


 オドイストスは私がなにに言及しているのかまるで理解していない。


 自分を取り巻く環境の悪さが分かっていない、愚かさを象徴付ける発言だ。


「オドイストスが私を()けていただけでなく、お前もまた尾けられていたのだ。何者かにな」

「えっ、本当?」


 オドイストスが目を見開いて驚く。


「うっわー、全っ然気付かなかった。そしたらさ、その人たちはどこまで尾けてきてたの?」

「道中、タイニーベアがオドイストスの後ろで騒ぎ始めたのは覚えているだろう。尾けられていたのはそこまでだ。あそこで引き離したからな」


 尾行していた二人を襲ったタイニーべアは私がその場で作成した傀儡だ。


 仮にも吸血種を尾行している連中を、あんな小さいベアで倒せるとは最初から思っていなかったし、事実、簡単に倒されてしまった。


 ただし、私の狙いである足止めと時間稼ぎには十分なってくれた。おかげでこのとおり洞窟で密会を開けている。


「ベアが僕らじゃなく尾行者に狙いを定めてくれて助かったね。いやー、ついてた。それにしても誰なんだろう。僕を尾けるなんて……」


 示唆を与えられてもタイニーベアの襲撃を偶然と考える。尾行者の存在を教えられても即座に正体の見当をつけられない。


 オドイストスは危機意識の前にまず純粋な知性が足りていない。


「オドイストスはどうやってマディオフまで来た。大方イリーナか、その仲間に手引きしてもらったのだろう。尾行者はイリーナの関係者か、さもなければマディオフの軍人だ」

「じゃあ、マディオフの軍人だね。イリーナなわけないよ。イリーナはすっごく良い子なんだから」


 ここはゼトラケイン国内ではなくマディオフなのだ。良識人はヒト型吸血種をマディオフ人の下に送り付けてこない。


 それに、オドイストスは『かわいい』と言っていたものの、ドレーナの美的感覚がヒトの美的感覚と似通っているかは不明だ。正視に堪えない顔でも不思議はない。


「イリーナの目的がなんにせよ、尾行していたのが軍人だとかなり拙い。お互いにな」

「僕は大丈夫。変装魔法(ディスガイズ)で別の顔に変えられるからね。自分以外にもかけられるから、君も心配いらないよ」


 オドイストスはえへんと胸を張り、知性の低さをまたひとつ私に印象付ける。


「その魔法は私には通用しない。軍でも幻惑魔法を見破るなんらかの手段を備えているはずだ。尾行者二人が軍人であれば、オドイストスの行動は既に軍に筒抜けと考えるのが自然だ。軍に捕捉されながら、生きて国境を越えるのは至難の業だ」

「えー、そうかなあ。軍人だったらドレーナの僕を捕まえるか殺しにくるはずでしょ。でも、そうしなかった。……あれ、それだと尾けていたのはイリーナの知り合いってことになっちゃうな」

「泳がせていたのだ。オドイストスの周辺人物を根こそぎ引きずり出すために」


 考え方としては害虫駆除と同じだ。見つけた一匹を殺して満足するのは素人のやりがちな失敗、本職は巣穴まで帰らせ、それから根絶する。


 オドイストスは不揃いな顎髭を指先でいじり思案を始める。


「うーん。アルバート君の言うとおりだとしたら、マディオフはひどく世知辛い国だね。こうなったら、ますます君は僕と一緒にこの国を飛び出すべきだ。うん、それがいい!」


 あまりにも曇りないオドイストスの笑顔に、私はなんとも言えない気分になる。


 こいつが嘘をついている可能性はどこまでいっても払拭できない


 オドイストスに私を謀る意志が一切無かったとしたら、それはそれで問題だ。方向性こそ多少違うものの、いつぞや私に苦い教訓を与えたトニスに並ぶくらい頭が悪い。


 オドイストスがたとえドレーナではなくヒトだったとしても、私はこいつを絶対にパーティーメンバーに加えてはならない。低知性という害は、ドレーナの能力という益を軽く凌駕する。


 要は、嘘をついていようがいまいがオドイストスは信用に値しない、ということだ。


 聞いておくべき情報はそれなりに聞き出した。頭の悪いオドイストスが、他に有益な情報をいくつも持っているとは思えない。


 事情聴取はこれくらいにしておこう。


「では最後にもうひとつだけ質問だ。ゼトラケインを出発してから今日ここへ至るまでの間、オドイストスをドレーナと見抜いた者や、あるいはそう知っている者がどれだけいる」

「気付いた人と知っている人?」


 オドイストスがムイと口先をすぼめて記憶を振り返る。


「んー……。イリーナ以外には誰もいないんじゃないかなあ。僕が明確に密出入国の行動を始めたのはノシツェの郊外でさ、そこで、マディオフに逃げ落ちようってヒトたちに紛れ込んだんだ。ノシツェに着く前からずっと変装魔法(ディスガイズ)をかけていたし、マディオフに入る前も、入った後も誰からも疑われたことはない」


 オドイストスは『誰にも正体を見抜かれていない』と思っている。ところが実際は私にもマディオフ軍にもしっかりと正体と存在がバレている。


 つまり、イリーナを除き、どれほど多くの者に正体を看破されたかオドイストスはこれっぽっちも把握していない。


 重ね重ね、救いようがない。


「よし、聞きたいことは終わりだ」

「おっ。じゃあ、仲間になってくれるんだね!」


 オドイストスは喜色満面に声量を上げる。


 私には、その笑顔の裏に悪意が潜んでいるとは、どうしても思えなかった。


「オドイストス、君に選択肢を二つ与えよう。ひとつは平和な選択肢だ。この場所での私との話し合いは無かったことにしてこの洞窟を出る。そしてマディオフからも出て、ひとりで旅を楽しむ。この密会を黙っていてもらわないことには、私の身が危うくなってしまうからな。黙ってさえいてくれれば、私は無事に生きていられる。君が無事でいられるかは、軍から逃げ切れるかどうかにかかっているが、お互い無事でいられる可能性がわずかに存在する、希望の持てる選択肢だ」


 オドイストスは両の口角を少し上げ、つまらない冗談だ、と言わんばかりに大仰に首を左右に振る。


「もうひとつの危険な選択肢は、私の“提案”を聞くことだ。だが、その“提案”の内容を聞いたが最後、君が呑もうが呑むまいが、無事には済まない。私たち両者が共に歩いてこの洞窟を出る未来は決して訪れない。さあ、どうする」

「えー、どっちも嫌だけどさ、二つ目の方って選択するメリットないよね? “提案”の内容が分からないうえに、それを聞いたら僕か君が死ぬまで戦うってことでしょ」


 オドイストスが“提案”の内容を知ってそれを受け入れるとは私も思っていない。戦いはまず間違いなく起こる。


 ただ、オドイストスは理解していない。オドイストスが“提案”を拒絶したとしても、私はこいつを殺さない。殺してしまっては元も子もない。


「でも僕は二つ目を選ぶ」

「なぜ?」

「君はすぐ未来の僕の仲間なんだ。“提案”があるって言うなら、そりゃあ聞くさ。そのうえで、君が僕を倒そうとしても僕は君に勝つ。もちろん殺さずにね。力で黙らせる気はなかったけど、出会いのパターンとしてはそれも王道のひとつだ。それから僕の言うことを聞いてもらう。僕らは一緒に旅に出るんだ」


 私がヒトというだけで、オドイストスは私に勝てると思い込んでいる。


 身体能力とスキルだけで勝利を確信している輩は対応が容易だ。知恵と工夫、準備で自分よりも強い魔物を倒せるのがヒトでありハンターだ。しかも、単純に魔力量だけ見ても、オドイストスより私のほうが強い。


 オドイストス個人に恨みはない。だが、オドイストスは私の慈悲によって与えられた平和な選択肢を拒んだ。悪辣なイリーナたちだけでなく、オドイストスにも責任の一端がある。


 オドイストスをこのまま放置しておくと私が危ない。ここで対応し、キッチリと終わらせる。


「ふう。では聞いてもらうぞ。私の“提案”とは――」

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