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第五九話 長期休暇の始まり

 パストゥースホテルでシルヴィアとハントの約束をしてから数週間後、イオスが捕まらず好条件の仕事も回ってこない()()()週末、シルヴィアを連れてハントに出かける。


 待ち合わせ場所に現れたシルヴィアは、私の予想に反してハントに適当な装いをしていた。大学で欠かさず重ね塗っている化粧はなく、ジャラジャラとした邪魔な宝飾品もなく、防具、消耗品と言った、ハンターに必要な装備だけを身に着けている。当たり前のことでしかないのに、それをシルヴィアが理解して実行できていることに感心してしまう。


 しかし、悪い期待を裏切ってくれたのは装いだけで、シルヴィアの動きは完全に素人だった。無理に長所を挙げるとすれば、魔力が比較的強いということと、徴兵の訓練で得た知識と経験があることくらいのものである。


 スキルは無い、闘衣は使えない、気配は読めないし消せない。使える魔法は風属性と水属性の下位攻撃魔法だけ。そのどちらも私より下手で、ハントにおける実用性は現時点で皆無。ハンターとしては何もできないと評価せざるを得なかった。


 フィールドを少し歩いて能力を確認した時点で獲物を狩ることは諦め、学園都市近くの安全な森の中で、気配の殺し方、獲物の探し方など、森の歩き方を教えることにする。


 手本を見せるために一体だけディアー(シカ)を土魔法で狩った。私を褒めそやすシルヴィアに、これがどれだけ勉強になったのかはよく分からない。


 ハントに出発する前は、女連れのチャラついたフィールド散策になるのではないか、と危惧していた。私の心配を他所に、シルヴィアは茶化すことなく真面目に私の話を聞き入れる。すると俄然、私の指導にも熱が籠もる。


 慣れない人間を一日歩き回らせると、疲労でダウンしてしまうかもしれない。そこで、フィールドを探索するのは日があるうちに切り上げ、魔法練習に費やす時間を設ける。


 シルヴィアは私の目の前で水魔法(アイスボール)を繰り返し放つ。氷玉は小さく、球形は歪形、溜め(チャージ)速度は欠伸(あくび)がでるほど遅く、弾速は鈍速、すぐ近くに設置した的にロクに当てられやしない。


 何発も外した後に一発だけ氷玉が的に当たると、シルヴィアは笑みを浮かべて私のほうを見る。そんなシルヴィアに鷹揚に頷くと、シルヴィアは俄然やる気を出して魔法練習に励む。


 口を挟まずに黙って見ていると、魔法の命中率は次第に上がっていく。上達している、というより、徴兵後に練習せず鈍ってしまった腕を取り戻している、ということなのだろう。それでも、目に見えて良くなっていく魔法を眺めているのは、私の向上心をちりちりと刺激する。


 この程度の水魔法しか使えない、のではなく、普段使用していないのに、これだけの水魔法を使える、と好意的に解釈することもできる。私は土魔法と火魔法ばかりに集中し、水魔法はサボり気味である。そんな私の水魔法に比べたら、シルヴィアの水魔法は真面目に練習しさえすれば、よほど成長に期待が持てそうではないか。




 ホテルで話した数時間とフィールドで過ごした半日と。たったこれだけで、シルヴィアに対する苦手意識は既に無くなっていた。


 ハントでシルヴィアに付き合うのは一日限りと決めていた。そんな決定事項に目を瞑り、迂闊にも、もう少し面倒を見てやってもいいかな、と思ってしまう。


 自らの心変わりが何に起因するのか考える。


 シルヴィアに対するイオスの見立てが正しかったのか、それとも私の見立ては正しかったものの、たった二日で篭絡されただけなのか、どうなのだろう。情けないことに、シルヴィアの容姿は間違いなく私の心に影響を与えている。これでシルヴィアが目を背けたくなるほどの醜女であれば、二回目どころか初回のハントすら無かっただろう。特殊な構成(なりたち)を持つ私であっても、美人には弱い、ということだ。


 それに、男女という因子を別にして、私は他者の成長を観察したり支援したりするのが嫌いではないようだ。振り返ってみても、好敵手であるリディアや、妹のエルザの成長を間近で見届けるのは、この上なく楽しかった。


 シルヴィアは強くなることができる。それは間違いない。彼女は若く健康で魔力に溢れ、成長への意欲を持っている。行動力もある。強くなるために必要な要素を一通り揃えている。『強くなれる』という彼女の自信が、過信などではないことを私は認めてしまっている。


 私の翻意がいかなる理由によるものだとしても、テンポラリーなパーティーを作ってハントをする際、シルヴィアを連れて行くのは悪くないかもしれない。半年から一年ほどは様子を見て、目覚ましい成長を見せるようならば、イオスがパーティーメンバーとして確保できない際の、ペアハントの予備要員として考えることができる。ソロのハントは危険度が跳ね上がることは否定しようのない事実。いつでも誘える人物をキープしておける、というのは私にとって都合がいい。


 観察期間に高い成長性が見られなければ、その時点で切ってしまえばいい。上手く関係を終了させられるかは分からないが、深入りしないように気を付ければ問題ないだろう。家族関係には首を突っ込まない、ソロのハントの時間は削らない。大事なのは、この二点であろう。




    ◇◇    




 その後、シルヴィアとたまにハントに行く習慣が増えながら、大学生活を過ごしていく。


 日々荒れ狂う銀閃に通えど、ヤバイバーには勝てる気配が無い。良いように弄ばれながらも、彼の技術は少しずつ盗んでいる。ずっと彼の剣を見ているうちに、闘衣については何が違うのか分かってきた。


 ヤバイバーは、自分の扱っている闘衣の理解が野性的かつ感覚的であり、言語化して私に説明することができない。無理に説明させても「シュっと出して、ヒュンと振るのだ!」と、まるでこちらの理解の助けにならない幼児じみた答えが返ってくるばかりである。実際に披露して見せることが、彼の"指導"の限界なのである。


 現物を見るだけだとどうにも理解できないことは、持ち帰ってイオスに尋ねる。イオスは闘衣が上手くない。それでも、長年闘衣を試行錯誤するアッシュの傍にいただけあり、私が抱く疑問や(つまず)く難所はイオスも押しなべて経験済みである。イオスから教えてもらった知識を基に自分の見たものを振り返って理解を深め、そうして再度ヤバイバーの技を実見して、今度こそ本当に理解に至る。そんな反復作業を何度となく繰り返す。


 闘衣の技術はスイッチングや絶だけに留まらない。エヴァがスイッチングと表現していた技術のことを、イオスは替切(たいせつ)と言い表す。普遍的な用語は無いらしい。


 絶にしても替切(スイッチング)にしても、その技術は、一か零かの切り替えだ。だが、二か一か、という強弱の調整も、絶と同様に瞬時に行えるようにならなければならない。これは変圧という技術だ。


 闘衣は攻撃時に衝撃や破壊力を上乗せしたり、防御時に衝撃を和らげたりする効果がある。ただし、斬撃をそのまま防ぐことはできない。斬撃を防ぐためには一工夫が必要で、斬撃に耐えられるまでに闘衣を硬く加工しなければならない。闘衣を硬化する技術のことを外骨格という。


 外骨格は、闘衣の技術の中でも際立って魔力の消費が大きい。持続的に展開するのは、通常の闘衣以上に実用的な話ではない。ヤバイバーレベルにあっても瞬間的な使用に留める必要があり、そういう点では絶や変圧の延長線上にある技術とも言える。


 魔力食らいのお大尽である外骨格の最大の利点は、防御力ではない。身体能力強化の土台にできる点。それこそが外骨格の肝である。本来の骨格と外骨格の隙間、そこに満ちる闘衣を筋肉のように用いることで、生の筋肉では到達できない瞬発力と敏捷性を得ることが可能になる。闘衣という技術の到達点の一つである、この技術。これは外紋という。


 ヤバイバーは身体能力強化の補助魔法が使えないにも関わらず、闘衣戦では異常なほどに剣の振りが速く、全身がバネのように動く。最初は純粋な身体能力の差だと思っていたが、彼の身体能力は外骨格と外紋によって得たものだったのだ。闘衣無しの剣の技術だけでも一流なのに、闘衣を使うと更に手が付けられなくなるのも道理である。


 ジバクマから帰国し、一年が徐々に近づいている。ヤバイバーとは週に二日から三日戦い、闘衣無しの剣戦闘では、前よりはよほど手合わせの形になりつつある。つまり、剣の巧緻性はヤバイバーに多少なりとも近付きつつある、ということだ。


 それが闘衣戦になると、てんで話にならない。未だに一体何手ヤバイバーの剣に応じられるか、という程度であり、戦いの形にすらならないのだ。


 一年弱の猛練習により、外骨格と外紋を再現することは、なんとか可能になった。ただし、行使できるのは素振りの際に限られる。手合わせにおいて、剣を振り回して先の展開を見据えながら外骨格と外紋を高速展開し、尚且つ絶を組み合わせるなど、夢のまた夢である。


 外骨格を習得しただけでも、私にとっては大躍進なのだ。この習得には、かなり苦労させられた。色々と変化を加えて闘衣を展開しても、消費魔力が増えるばかりで全く外骨格を再現できない。そんな虚しい日々が長く続いた。


 あるとき、イオスとのハントの後で重い財布を持っていた私は、王都の武具店に顔を出した。買うと決めていたものなどなく、気分転換に店を冷やかしに行った、というのが本音であった。


 いつも武器の陳列棚にしか目を通さない私に、その日の店員は防具を勧めてきた。


 いい加減買い替えなければ、と思いつつ、私は防具の新調をいつまでも先延ばしにしていた。


 闘衣対応防具を購入しなければならないことは、勿論理解していた。しばらく高額の武具を購入していない上に、()()()にも恵まれ、更にその日はイオスとのハントのおかげで所持金が急増したばかり。そこへ顔見知りの店員が押し付けるでもなく柔らかく防具を勧める。


 この機会に買わずして、いつ買うというのだ。こういう日でもなければ、私は永遠に防具を購入しない。


 私はやっと防具を新調する決心を固めた。


 痛みに痛みきり、更にアジャスターまでついている貧相な闘衣非対応の防具を装備した私は、お高い武具店の店員にとって見るに堪えない存在だったに違いない。


 身軽な動きが身上だったため、「軽くて動きを邪魔しない物」を店員に要請した。


 店員が見繕ってくれたのは、要にチタンが奢られた軽鎧(ライトアーマー)だった。


 チタンはミスリルよりも安価な霊石である。武器に比較してかなりの霊石重量を必要とするアーマーでは、ミスリルよりも選ばれやすい霊石だ。


 店員が提示するアーマーは、総身がチタンなのではなく、要所要所がチタンで出来ているだけ。それでも値段はかなりの高額である。価格を聞いたときは、購入の決意が揺らぎに揺らいだ。それでも私は、十年保たせる決意でそのアーマーを購入した。


 結果的にはこれが大正解だった。


 闘衣対応防具を買って全身に闘衣を纏うと、闘衣の操作が格段に容易になった。チタンのアーマーを購入した後、私は拍子抜けするほどあっさりと外骨格を習得することに成功した。


 今までの苦労は何だったのだろう。


 もしもあの日、店員が防具を勧めてくれていなければ、私は未だに外骨格が使えなかったかもしれない。


 ヴィツォファリアを買った時を思い出せば、いい武具はスキルの上達に必要不可欠な事に思い当たるはずなのだが、その経験を活かせないあたりが悲しい頭の悪さである。


 上手くタイミングが噛み合ったことで習得できた外骨格も外紋も、まだまだ必要条件でしかない。


 ヤバイバーに勝つにはどうしたらいいか。同好会において、私は自分に補助魔法をかけたことはない。補助魔法を用いれば、精度と性能に劣る外骨格と外紋による身体能力の差を少しは埋められ、手も足も出ない状態からは抜け出せる。


 ただし、それは、あくまで手抜きしたヤバイバーに手が届く、ということしか意味していない。全力を出したヤバイバーには、補助魔法による補正を受けても、速さも力も及ばない可能性は十分にある。


 闘衣の技量か剣の技量、どちらかだけでもヤバイバーに並ばないことには、補助魔法を使っても彼を上回ることはできないと考えたほうがいい。打倒ヤバイバーには、まだまだ時間がかかりそうだ。


 こうして経験が増えた今になって考えてみると、あの時のルーヴァンは外骨格を使っていなかった。当時は、「エヴァやグレンとは何か違う」としか分からなかった。


 奴はおそらく補助魔法で身体能力を強化していた。それも自分でかけた補助魔法ではなく、仲間にかけてもらっていたはずだ。ベネンソンが現れるまで奴は余裕を装ってはいたが、内心は補助魔法の効果時間を気にして焦っていたのだ。


 もしもあの時ベネンソンが姿を見せず、私が急いて拙攻しなければ、補助魔法の効果切れで我々が勝っていた。倒しきれるかどうかはともかく、少なくとも退けることはできていたであろう。どのみち倒せなければ、ペンダントを奪われるという結果は変えられないことになるが、こうした振り返りは、いずれ何かの役に立つはずだ。


 専らジエンセンを通じて魔道具の情報を収集している限りでは、私のペンダントは流通ルートに流れていない。ルーヴァンがオルシネーヴァであのペンダントを手放した場合、ペンダントが流れる先はオルシネーヴァ国内か、友好関係が続いているマディオフということになる。


 ジエンセンと交流を持つことによって増えた魔道具の知識で改めて推測するに、あのペンダントは相当な値が付く。あれを売り払えば王都の一角に家を買えるかもしれない。


 それほどの高額商品がマディオフの販売ルートに乗れば、ジエンセンならまず情報を掴めるそうだ。問題なのはオルシネーヴァ国内で取引が完結してしまった場合で、そうするとマディオフにいるジエンセンでは必ずしも嗅ぎつけられないらしい。


 あのペンダントはアンデッド討伐用の魔道具である。ルーヴァンにとっては実用的な使い道が無い。宝飾品としてよほど気に入っていない限り、普段、奴は持ち歩いていないのではなかろうか。売り払っていなければ、どこかに保管しているか。あれの位置情報についても常に情報の網を張っておくように日々心がけている。




    ◇◇    




 大学の初年度は、入学前の予想ほど忙しくない。それでも、気が付くともう年度末である。来年度に向けての、イオスのゼミナールを受講するための選抜試験は本当に形だけで終わった。イオスのゼミを希望する学生の人数はそれほど多くなかったため、最低限の水魔法の素養があることをイオスの前で披露しただけで、希望者全員が合格した。


 シルヴィアも合格者に入っている。シルヴィアの取り巻きは、イオスのゼミは選択しなかった。彼女達は銘々、得意な魔法のゼミへと散らばっていった、とはシルヴィアの談だ。単にシルヴィアと離れられるゼミを選択しただけのことかもしれないが、それを知るのは本人達のみである。


 一年目の単位を全て履修完了し、選択ゼミを含めた二年目の学習計画を大学に提出する。それが受理されたことで、晴れて年度末の長期休暇に突入した。


 休暇のために、前もって時間がかかりそうなハントの依頼を手配師から受けておいた。難易度が高いのではなく、少しの手間と、とにかく時間がかかるタイプの案件だ。週末しか時間の取れない大学生だと、長期休暇中しか受けられない依頼というのが、いくらだってある。戦闘力増強を主目的としたハントの傍ら、小銭を稼いでおこう、という目論見だ。


 願わくは、昨年の同時期と同様にイオスと一緒に長期のハントに出掛けたかった。しかし、それは叶うことのない願いというものであり、学生の私と違ってイオスはまだ長期休暇に入っていない。これから式典あり、オープンキャンパスあり、入学試験あり、会議あり、とむしろ普段より忙しいくらいだ。


 私のハントに付いて来たそうにしていたシルヴィアは、私の討伐目標を聞いて自ら身を引いてくれた。彼女は学園都市に留まり、忙しくなるイオスを手伝うらしい。私がいなくなることによって低下するイオスの事務処理能力を、彼女には少しでも穴埋めしてほしい、と他力ながら勝手に願っている。




 一年の間にめっぽう荷物の増えた自宅に鍵をかけ、学園都市を発つ。ポーターのいないソロのハント。持って行く荷物がかなり多い。携行品の吟味には、それなりに時間を要した。


 本当であれば、携える武器の中にはヴィツォファリアがあるはずだった。生憎とそんなことは不可能である。なぜなら、ヴィツォファリアは既に折れてしまったからだ。


 武器を破損したのはハントではなくヤバイバーとの手合わせ中。壊されたその当時に抱いたのは、怒りや喪失感ではなく、『曲がるのではなく、ポキリと折れるあたり、本当にミスリルの含有量が少ないのだな』というまるで他人事のような感想だった。


 ヴィツォファリアが折れた後しばらくは、ゲダリングで買った無銘剣が活躍してくれた。それもまた、しばらくしたらヤバイバーに折られた。ヤバイバーが意図的に折ったのではなく、私が闘衣の操作を誤っただけであり、ヤバイバーに何ら責任は無い。


 もしも私が惰性で剣を振っていたならば、闘衣操作に失敗して剣を折られることはなかっただろう。ヤバイバーとの手合わせという、私的には高度な戦闘の中で、より高度な闘衣の技術を使いこなすために挑戦したからこその失敗と武器破損である。


 反省点を挙げるとすれば、手合わせで武器を折られたことそのものではなく、折られたのがヴィツォファリアと無銘剣であったことだ。ハントなどで実際に使用するための闘衣対応剣と練習用の闘衣対応剣を分けておくべきだった、と二振りの剣を折られた後に初めて気が付いた。


 無銘剣のほうは、闘衣がきれても『メモリー効果』なる珍妙な効果により、しばらくは高い強度が維持される特殊な武器だったはずなのに、ヤバイバーには物の見事に折られてしまった。


 剣匠と、あの武具店の店員が謳うばかりで、『メモリー効果』という機能はまやかしのものでしかなかったのか、現存するメモリー効果ごと叩き斬ってしまうほどヤバイバーの剣が冴えていたのかは、私には分からない。


 一つだけはっきりしているのは、剣を折ったというのに私は怪我一つ負っておらず、それほどまでにヤバイバーの剣技は巧緻である、ということだ。


 大切な剣を二振り折られた後、私は練習用の剣とハント用の剣、ハントの予備の剣、と合計で三振りを購入した。その三振りは破損することなく現役で使用中である。


 今回携行する二振りは、そのハント用の二振りである。特に主兵装はヴィツォファリアよりも数段値が張る上、実際に武器としての性能が優れている。オルシネーヴァ人の血を大量に吸った()()()と比較すると、少し見劣りする。つまりは、それなりの業物ということだ。


 いずれも王都で買ったものだ。これを置いていた武具店は、エヴァの言う通り入店資格が必要であった。入店を試みた時点で資格を得るための条件は既に大体満たしていて、あとは資格申請にかかる時間だけがネックだった。


 その時間の問題も、金が解決してくれた。金をかけずに傀儡を使って自力で時計の針を進めることも考えたが、よく考えてみれば金に困っていない状況で金払いを惜しむ必要など無いのであった。


 金で入店資格を買い、金で武器を買う。何も間違っていない。金銭価値を理解した人間が取る行動として至極真っ当である。前者の入店資格の方は、役人の懐に丸々入っていることだけが少し気に食わない。


 闘衣対応装備を多数取り揃えた王都の武具店は、さながら宝箱のようなものだ。ヴィツォファリア以上の装備がいくらでも転がっている。闘衣対応装備という範中においては、ヴィツォファリアは果てしなく広い中級のほんの入り口程度の場所に置かれた武器なのである。


 今私が持っている主兵装は、おまけして中の上、副兵装が中の中といったところだ。どちらも名前はつけていない。これでレプシャクラーサに置いてあったら最上級の業物なのだろうが、王都では数ある剣の一振りに過ぎず、名前を付ける気にはならない。


 本当に大切なのは、武器ではない。上等な武具を眺め、店員と武具談義を交わしていると、『もっと良い剣を、もっと高機能な装備を』と、物欲が果てしなく膨れ上がる。しかし、忘れてはならないことは、武器も剣術も、強さを得るための手段に過ぎない、ということだ。


 練習と実戦の両面において、武器に関しては当面手持ちのもので事足りる。しかも、私が最終的に本当に磨きたいのは武器を用いた物理戦闘技術ではなく魔法なのだ。


 演習棟をはじめとした大学の施設をまだ自由に使えない私にとって、ソロハントは攻撃魔法の最高の練習場だ。更に長期休暇であれば、学園都市とフィールドを往復する時間が省けるため、魔力が続く限り練習を目一杯行うことができる。


 魔物の討伐も手配師から請け負った依頼も、魔法練習のおまけのようなものである。どうせ途中からは前衛をやらされることになる。それまではできる限り魔法による遠距離攻撃で魔物を倒す。そんな制限を自らに課し、フィールドを進む。


 目指す先は霧の土地、ムグワズレフ。他のハンターが積極的に狩ることのない大型のスネイル(カタツムリ)、アビルマイマイがメインの獲物となる場所だ。つまり他のハンターとかち合う心配が少ない。


 シェルドン曰く、アビルマイマイは片手で持てる小ささのうちは、柔らかくて美味しい食材、ということだ。ムグワズレフは現地で調達する食料にも困らない土地である。


 その土地には肉食の強力な魔物も少なからず出現する。下調べした限りでは、今の私でも何とかなるだろう。今回の私の目的はアビルマイマイではなく、その肉食の強力な魔物のほうである。討伐の推奨難度はプラチナクラスからチタンクラスとされている。


 去年戦ったルドスクシュは、種の中でも大型の個体だった。通常サイズの個体であれば、討伐難度が丁度プラチナクラス上位からチタンクラス下位くらいだ。今の私にとって適当な難易度の討伐対象。強くなると選択肢が爆発的に増えるのだ。


 それにしても、やはりソロは気楽でいい。能力を隠す必要がないからハントの計画を立てやすい。


 移動だって自分のペースでできる。魔物に勘付かれるリスクも減る。気配を隠すという意味で足手まといにならなかったのは、エヴァを除くと数名だけだ。


 先頭を歩き慣れている者は、一様に気配を隠すのが上手い。斥候(スカウト)野伏(レンジャー)スキルは先頭を歩いてこそ磨かれる。ソロだと常に先頭兼最後尾だ。


 私のこれまでの索敵は傀儡に依存する部分が大きかったが、最近は自分の目や気配察知で敵を見つける能力が向上したように思う。ホーク(タカ)を使役し続けた副効果かもしれない。


 ジバクマでドミネートしたガダトリーヴァホークは、あれから手放すことなく、ずっと一緒である。家の中ではドミネートを解除し、好きにさせている。私を恐れる素振りは全くない。棒で餌をつまんで与えると、ちゃんと食べてくれる。可愛いものである。


 外では万一の逃亡(ロスト)を懸念して大抵ドミネート下に置いている。何度も訓練を行った甲斐あり、ドミネートの範囲外に誤って飛ばしてしまっても、自分から私のところまで戻ってくる。


 鳥型の魔物はどこにでもいるとはいえ、ホークをドミネートするのは一苦労である。しかも、せっかく手懐けたのだ。この個体は大事にしようと思っている。


 読み物で得た知識で観察する限りにおいては、この個体は雌のはずである。それなのに、この春は卵を産まなかった。ルドスクシュと違って(つがい)にならないと卵を産まないのだろうか。それともまだ人といる環境に完全に慣れていないのか。ガダトリーヴァホークの産卵条件は不明である。


 お喋り好き(ガダトリーヴァ)という冠の示す通り、ガダトリーヴァホークは会話ができる魔物である。周囲に誰もいないところでは、気が向いた時に話し掛けている。そのうち人間の言葉を覚えるだろう。


 一見すると独り言、その実はドミネートして手懐けた魔物に一心不乱に話し掛けている。そんな危険極まりない様相のソロハンターは、北西目指して進むのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 案外ドミネートは不快ではないってことなんでしょうね。ちょっと意外でした!
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