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第四一話 転生説の破綻 四

「街を発って、どこに行くんだ?」

「どこって、大学に決まってるじゃないですか。今出ればオープンキャンパスの日まで日程には余裕があります。王都を観光してから大学に行けますよ」


 エヴァは、いきなり何を言い出すのだろう。王都行きを最初から考えていたのであれば、ジエンセン達に言い放ったように、精石は王都で売れば良かったはずだ。行き当たりばったりなのだろうか。


「そんな無茶な。目標資金にも達していないのに」

「無茶でも何でもありません。うじうじと言い訳ばかりしていないで、どうしても明日発てない理由が無ければ、しゃきしゃき準備してください」


 言い訳? まるで私が大学に行きたくなくて駄々をこねているようではないか。


「お金なんて入学してからいくらでも貯める方法があります。連日講義が詰め込まれているわけではありませんし、大学には長期休暇なんてものもあります。長期休暇にハントをすれば、一年分の生活費も学費も捻出できるのですから、受験料、入学料と初年度の学費、それに一か月分程度の生活費さえ準備すれば、あとはどうとでもなります」


 オープンキャンパスに行く理由の一つが、その辺りの金銭的な計画を立てるための具体的な情報を得ることだ。エヴァの言う通り、一度行ってみないことには話が始まらない、か。


 それにしてもエヴァは大学に行っていない、と言う割には妙に詳しい。というかいつでも妙な奴だ。どの方面に目を向けても私より詳しい。


「分かった分かった。エヴァは何だか私の姉か母親みたいだな。かなわないよ」

「分かればいいのです」


 エヴァに押し切られる形で出発が決まり、その日はそれで解散となった。


 すぐに家に帰っても私は特別荷造りする必要もないため、武具店(レプシャクラーサ)に顔を出すことにした。ヴィンターに大学の話をしたところ、王都で手ごろな価格でメンテナンスをしてくれる腕の確かな武具店を紹介してもらえた。大学は王都のすぐ近くだからありがたい。


 その後、ルドスクシュ討伐で消耗した道具(アイテム)類を補充してから家に帰った。




 夕食時、母に明日からオープンキャンパスに行くことを説明すると、母は澄ました顔で返事をする。


「そうですか。では住む場所が決まったら手紙をよこしなさい。あなたの部屋にある荷物はそこへ送りましょう」

「あの、お母様。まだ入学すると決めた訳では……」

「朝話したではありませんか。もう独り立ちなさい、と。大学に行かなければ、あなたはワーカーとして働くと言いましたね。いずれにしても家を出なければいけません。住む場所くらい自分で用意なさい」


 今朝の話はそういう意味か。あれよあれよという間に話が進む。早晩どころか一晩で部屋が無くなることになった。


 私の部屋には別に大切な物は無い。価値があるのはエヴァが買ってくれたヴィツォファリアと母から貰ったペンダント、そして自分で買ったものではイヤリングだけ。他の武具に大した値打ちは無い。ハントの道具も消耗品の予備程度のものだし、この間買った精石のおまけについてきた要らない石と、それと服か。私はエルザやリラードと違って王都に連れて行ってもらったり、パーティーに呼び出されたりしたことはないから服は安物しか無いし、もうサイズが合わない。


「必要なものは全部携行いたします。部屋に残したものは残らず捨ててしまって構いません」

「分かりました。家に顔を出すときは事前に連絡しなさい。客間を用意させますからね」


 私の帰る場所が無くなる話は、ものの数分で綺麗にまとまった。




 夕食の後、私はリラードの部屋を訪れた。


 部屋の中には夕食前まで行っていたヒルハウスの授業の跡が残っている。勉強疲れか、うんざりした顔でリラードが私を迎え入れる。


「何だよ、僕の部屋に来るなんて初めてじゃないか。何の用だよ」


 初めて……? そうだ。リラードの所に足繁く通ったのは、まだリラードが赤ん坊で母の部屋に寝ていた時だから、私がこの部屋に来るのは初めてだ。


「私は明日家を出る」

「それはもう夕食の時に聞いたよ。大学に行くんでしょ。家は僕が継ぐから、アルバートも元気でやんなよ」


 ひどい口の利き方だ。私を苛立たせたいのか、何も考えていないのか、ただの反抗期か。先日同様、母の苦労が忍ばれる。


「お前には兄として何もしてやれなかったからな。餞別にこれをやる」


 私は耳につけていたイヤリングを差し出した。


「要らないよ。どうせ安物だろ?」

「そう言うな。これでも二年かかって金を貯めて買ったんだ」

「ふーん」


 二年かかって、という言葉に興味を示したのか、リラードは手を伸ばしてイヤリングを受け取った。


「周囲に毒が近づくと着用者に知らせてくれる効果がある。着用者が知っている毒じゃないと反応しないがな」

「何だよ。それじゃ役に立たないじゃないか」

「なんでも勉強だ。毒についても知っておけ。イヤリングも知識も何らかの形でお前を守ってくれる」

「ださいイヤリングだが、まあ貰っておいてやるよ」


 そう言ってリラードはさっさと部屋の扉を閉めた。最後までこいつは減らず口ばかりだ。リラードと遊んだ時のことをリラードは覚えていないんだろうな。エルザのようにもっと長い期間可愛がっていたらこうはならなかっただろうか。


 あのイヤリングはこの数ヶ月の間、街中のサバスとの戦いやフィールドで幾度となく私の命を救ってくれた。いつか弟の役に立ってくれる事を願うばかりだ。


 リラードは司祭か修道士になるはずだから、彼の言う通り毒感知は活躍しにくい。教会に行く、ということは薬師にはならないだろうが、せめて治癒師になれば役に立ちそうではある。解毒の必要性の有無を判定する簡易指標になってくれる。……が、性格的にリラードが治癒師を目指すことはないだろうなあ。


 時間的余裕さえあれば、もっと彼にあった品を準備できたものを……。悔いても仕方ない。


 それにしても、父にもエルザにも会うことも挨拶することも叶わないうちに家を出ることになるとは、思いもよらなかった。私の「前」の記憶の解釈によっては、父とは今後敵対するかもしれない訳だから、あまり温かい別れとなっても後々辛くなってしまう。むしろこれで良かったのだ。全く人生とはなかなか分からないものだ。




 そうして我が家の自室、最後の夜を過ごした。


 前の日に早起きというには早すぎる時間に目を覚ました影響か、次の日も夜明けの相当前に目が覚める。一階に下り、誰にも会わずに家を発つ、というのも感慨深そうだ、と、朝食を取りながら一人妄想していると、母が二階から下りてきた。


「おはようございます、お母様。今日も随分と起きるのが早いのですね」

「昨日あなたは悪夢で目を覚ました後、ずっと起きていたのでしょう? 今日も早く起きるのではないかと思っていました」


 母は私を見送るためにわざわざ早起きしてくれていた。寄り添ったり突き放したり忙しいな、この母は。


「誰も起きださないうちに鍵を開け放して出て行ったりはしませんよ」

「そんなことは当然です。そんな思慮ができないものが、大人として家を出ようなどとは愚かにも(ほど)があります」


 けなしたいのやら励ましたいのやら。


「そうだ、お母様。最後に一つわがままを言ってもいいですか」

「何ですか」

「家を出る前に手合わせをさせてください」




 母の了承が得られ、庭に出て身体を温め、ドミネートで十分に視界を作り、万全の状態で相手を待つ。戦意十分の私の前に、普段の早起きに輪をかけて早起きさせられ不満一杯のリラードが現れる。


「なんで僕が……」

「いつまでもブツクサ言っていると、後でひどいですよ」

「ちぇー。まあアルバート相手なら、僕の打棍の実力を見せるいい機会だ。魔物相手の剣のお遊びとは違う、打棍の恐ろしさを味わわせてやるよ」


 敗北必至の雑魚の煽り文句が弟の口から飛び出す。


「私からは剣を出さない。好きに打ってこい」


 以前修練場で使っていた木剣を構えてリラードを焚きつける。


 リラードの魔力はカールの全盛期よりも低い。動きも数か月前に見ているから問題ない。おそらく使えないとは思うが、スキルによる武器破壊にだけは注意が必要だ。なんせこっちは木剣だ。




 打ち出してきたリラードの技を、一手一手丁寧に返していく。母の教えを受けているだけあって、基本に忠実な素直な技だ。あれだけ粋がった口をきいていたのだから滅茶苦茶な技を繰り出してくるのではないかと危惧していたが、母の見ている手前もあるかもしれないけれど、教えをちゃんと守っている。これは兄としては嬉しい。


 ただ、いかんせん弱い。


 私からは繰り出さない、と言いはしたものの、実は肩や足先、目線で何度となくフェイントを入れている。それなのに、リラードはフェイントにかかるかからない以前に、フェイントそのものに気付いていない。私が奇妙に身体をピクつかせているだけになってしまっている。


 五歳差があるから力が弱いのは仕方がないにせよ、もう少し技一つ一つ、身体捌きに素早さがあってもいいのではなかろうか。比較対象が私やエルザ、リディアだから駄目なのか。


 リラードの年齢を考えると、戦闘訓練を受けていない学校の同級生よりはずっと強いだろう。しかし、これから数年後、徴兵時になると分からない。訓練を受けて周りの戦闘力が伸びだせば、リラードは瞬く間に凡人の山に埋もれてしまう。その程度の戦闘力しかない。リラード以外の家族四人の強さからすれば、彼が不憫で仕方がない。


 と、リラードが一つ大きく距離を取る。どうやら何か考えているらしい。いいぞ、考えるのは良いことだ。工夫や機転で能力差を覆すことなど、実戦ではいくらでも有り得る。


 さて私のほうはどうしようか。気持ちよく打たせて彼の今後の自信にさせるか、きっちり返して現実を見据える契機にさせるか。


 ……


 リラードは右利きで、基本姿勢は左足が前にある左前半身だ。次の一手が左前半身から繰り出されるものであれば前者、それ以外であれば後者としよう。そう決めてリラードの次の一手を待つ。


 小考を終えたリラードは、左前半身のまま私に近付き、直前でいきなり身体を後ろに捻って回転力を乗せた一撃を振るってきた。


 それは返し技に使うべきもので、先手で繰り出すべきものではない。しかも右前半身……


 リラードの渾身の一撃を難なく防ぐ。


 ……?


 リラードとはいえ、回転した割に妙に一撃が軽いな、と思っていると、リラードの打棍が私の剣に絡みつくように動き出す。身体を一回転させたのは陽動で、最初からこれがやりたかったのか。ちょうどいい。


 リラードの打棍は私の木剣を巻き上げ、空中へと飛ばす。


「もらった!!」


 リラードは打棍でそのまま私の喉を突きに来た。悪く思わないでくれよ……


 私は闘衣を纏った足で打棍を蹴り上げた。打棍はリラードの手を離れ、先ほどの木剣よろしく空中へと飛んでいった。突きに乗せるはずだった身体の勢いを殺せずに、私の身体へと倒れてこんでくるリラードを片手ののど輪で掴み上げる。


 それほど力を込めていないのど輪によって、リラード顔色がみるみると変わっていく。必死の抵抗で、半分浮かんだ足をジタバタさせて私の身体を蹴ってくる。しかし、闘衣の一つも纏っていない蹴りでは何の痛痒も無い。


「それまでです!!」


 母の一声でのど輪を緩めてリラードを解放する。


「ゲホッ、ゲホッ!!」


 リラードは四つん這いになり、大きくむせるように呼吸を繰り返す。徴兵前だと訓練とか稽古で首を締められた経験もないだろうから、あれは苦しかっただろう。


 リラードはしばらく苦しんだ後に、自分の呼吸を取り戻すと、「剣を巻き上げた時点で僕の勝ちだった!!」と、擦れた声で叫んだ。


「アンデッド相手にその言い訳は通じないぞ」


 そう答えると、リラードはキュッと下唇を噛んだ。普段から同じようなやり取りを母としているのだろう。


 最後に意表を突いた技から闘衣で全部ひっくり返すのは、いつぞや母と私との間で繰り広げたことを図らずも踏襲した形になった。あの時リラードは家の中で寝ていたんだったか。


 リラードはあの手合わせを見ていないのだから、今日のこの手合わせは無駄にはならない。この先、どれだけ意味のあるものになるかは、リラード次第だ。気に食わない兄弟にいたぶられた記憶になったとしても、彼が強さを得る切っ掛けになってくれれば、それでいい。


 それにしても、勝ったと思ったのならその時点で技を繰り出すのを止めればいいのに。しかも、喉への突きに至っては命に関わる。弱くともこんな聞かん坊を母は毎日相手にしているのだから、頭の下がる思いだ。


 四つん這いのままのリラードを抱き上げて両足で立たせる。


「んー、重いな」


 十年以上抱き上げない間に、リラードはこんなに重くなってしまった。時の流れというものをひしひしと感じる。


 立たせたリラードを片腕で胸に抱きとめる。


「ごめんな、リラード。元気でな。お母様をよろしく頼むぞ」

「何するんだよ。やめろよ。打棍を蹴り飛ばしたくらいで調子に乗るな」


 これは照れているのではなく本気で嫌がっている。間違いない。()などあったものではなく、振り払うように腕からリラードは抜け出ていった。


 リラードの次に、私は母へと歩み寄る。片腕ではなく両腕を広げると、母は抵抗するでもなく私の腕に納まった。リラード相手に欠かさず鍛錬しているとはいえ、腕は細いし身体の厚みもない。小さい頃はとても大きく見えたものだが、今ではこんなものなのだな、と急に寂しくなった。母は私の身体に腕を回すこともなく、ただ黙ってされるがままに立っていた。


 万が一私がループを繰り返しているのなら、私はこれから何年後か、母と戦うことになる。老いて弱った母か、病に身体を蝕まれて弱った母か……。たとえ母の選ぶ道が、私のこれから歩む道と衝突するものであったとしても、母にはずっと元気でいてもらいたい。


 自分の意志を貫くためにも、私は強くならなければならない。もしも強くなれなかったら……。母に「前」の記憶があることを説明したら、これから起こり得る戦いを防ぐことができるのでは……?


 母を抱きしめたことで弱気が顔をのぞかせたのか、つい、軟弱なことを考えてしまう。転生であってもループであっても、母よりも強くなる、というのは変わらない私の目標の一つだ。私がこれから剣の達人相当にまで強くなることができれば、心身充実した母に怪我を負わせることなく勝つことだってできるはずだ。是が非でも強くなるのだ。


 弱気とは決別し、抱きしめた母を解放する。


「お母様、今までありがとうございました。どうかお元気で」


 身体を離して母の顔を見つめると、昨日私を見送るときに見せていた悲し気な顔がそこにはあった。


 おかしい。こういう展開になる予定ではなかった。涙を零すつもりだってなかったというのに。




 私は母と、生まれ育った家に背を向けて歩き出した。

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