二百二十二 小僧連、情報を集め色艶を見知る事
『抱え大筒のおハナ』彼女の事を多少なりとも知る歌は兎も角、俺や野火の兄弟が今回の仕事をおいそれと受ける事が出来たのは、一重に『魂潰しの金太』と『鬼の褌屋』の暖簾への『信頼』に依る所が大きい。
それは彼の……いや彼だけではなく、この見世『鬼の褌屋』の暖簾を預かる歴代主人が積み上げてきた『信頼と実績』故だ。
前世にいろんな商売のキャッチコピーとして『信頼と実績の』と言う言葉はよく使われていたが、それを自ら口にする者が本当にソレを持っているとは限らない、むしろ他人を騙す為の看板として使われる事の方が多い言葉だったのではなかろうか?
しかし『命』という物が圧倒的に安く軽い場所においては『信頼』や『実績』という物は『命』よりもずっと重い。
もしも受けた仕事を役者不足としか言えない様な者に斡旋したりすれば、その先には悲劇しか待っていない事は想像に難くない。
鬼切り者達だけが命を落としただけならばまだマシだろうが、今回の様な『防衛戦』の場合下手を打てば護るべき民や土地に傷が付く事になるだろう。
そして依頼主が代官職に有る『武士』で有る以上、そんな事に成ればまず間違いなく『面子を潰された』と言う事で、見世の取り潰しと主の処刑が行われる事は間違い無い。
とは言っても鬼切りに伴う口入れを主として扱う以上、彼が斡旋した仕事で不幸な事故が起こる事は時として避けられない事の筈だ。
それでも尚この見世が此処にあり続けるのは、この暖簾が掲げられて以来一度も事故が無いか、もしくは有ったとしてもフォローに成功しているか……の何方かだろう。
そんなたった一度のミスで見世も命も失われる様な商売で、江戸城前広場と言う大江戸八百八町でも最高の一等地に、見世を構え続ける事の難しさは如何程の物だろう。
暖簾に付いた無数の染みや汚れそして生地の古さは、此の見世の『実績』がいかに多く古いかを物語っているのだ。
故に俺達も、そしてそれぞれの家族も今回の仕事を受ける事を、比較的簡単に承諾したので有る。
「だからと言って、何の準備も調査も無く出立する……と言う選択肢は無いけどな」
彼を知り己を知らば百戦危うからず、敵を知る事も大事だがそれと同じ位、見方の戦力把握も大事なのだ。
任地は江戸州の一角に有る農村なので、イレギュラーが無ければ諳んじる事さえ出来る程に読み返した『江戸州鬼録』の情報で十分だろう。
そしてここ暫く行動を共にしている小僧連の三人の戦力も行動パターンも十二分に把握していると言っても良い筈だ。
と成れば後必要なのは『抱え大筒のおハナ』なる人物に付いての情報である。
何時もの様に家族にリサーチした結果、彼女を一番良く知っているのは、やはり桂様とその奥方で有ると言う結果に達したので、詳しい話を聞く為に俺達は桂邸へと集まっていた。
なお今日此方を訪ねるに際しては義二郎兄上と瞳義姉上も同道している。
桂殿の奥方はうちの母上が危惧した様な前世で言う所の『ガルガル期』は無かった様で、彼女の方から招待を受けていたのだが、やっと今日に成って双方の都合が付き訪ねるに至ったのだ。
強面の巨漢で有る義二郎兄上だが変な意味では無く子供好きらしく、山盛りの土産を背負い喜び勇んでやって来たのである。
今は瞳義姉上の腕に抱かれて機嫌よく笑っている幼子を見やりながら、変顔を繰り返している姿は噂に名高き『鬼二郎』のそれと言うよりは、初子相手にデレデレに破顔し足を洗う事を決意した某組の若頭を彷彿とさせる物だった。
「はいはい、有ったわよ。コレが『抱え大筒』の姿絵ね」
取り敢えずあちらはあちらで置いておくとして……
桂様の奥方――律の方――お律様が手にした分厚い風呂敷包みの中から、数枚を探しだし俺達の前に置いた。
「おおう! コレは!?」
「……一応、女鬼切りの姿絵は武者絵の分類ですよね?」
幼いながらにそろそろ色と言う物を理解し始めているらしいぴんふが鼻息を荒くし、そこまで至っていないらしいりーちが呆れにも似た声色でそう問いかける。
その絵を見れば、それらの反応はある意味で無理の無い物だった。
何枚か有るそれらはどれも『荒々しさ』や『凛々しさ』と言った『所謂女武者』を描いた物には見えず、黒くて大きくて太い『抱え大筒』をやたらと強調された豊かな胸で挟み込む様にして撓垂れ掛かる……と言った一種の春画を思わせる物だったのだから。
しかも彼女の身体を包んで居るのは、肩や太腿そして胸元を大胆に露出した『ボディコン着物』とでも言うようなそんな衣装で、妙に上気した艶っぽい表情で描かれているのだ。
以前に見た事が有るらしい歌も、俺達の前でそれらを直視するのは憚りが有るようで、少しだけ恥ずかしそうに頬を染めて視線を逸らして居る。
流石に重要な部分は衣装の下に隠されているし、俺の目から見れば精々『少年漫画』の範疇を出る事は無い程度の露出度過激さでは有るが、性の目覚めを自覚するかどうか際どい所の少年少女には些か刺激が強いかも知れない。
「あら……鬼斬童子殿には流石に早過ぎたかしら?」
と何の反応も示さぬ俺に、お律様は一寸残念そうにそんな言葉を漏らす。
落ち着いて出されていた茶を一口啜り、
「どういう意図で描かれた物か、理解出来ない訳では無いですが……あまりよい趣味とは言えないと思いますよ」
鸛や玉菜畑を信じている子供にポルノを突きつける様な……とまで言うと言い過ぎかも知れないが、それに近い様な振る舞いでは有るだろう。
「それは失礼……とは言っても、本当にこの子の場合こういうのしか無いのよねぇ……」
袂で口元を隠し小さく笑いながら悪びれる様子も無く形だけの謝罪をし、それから取り繕う様に真面目な顔を作りそう口にした。
その言葉に拠れば、大概の女鬼切りはその言葉のイメージを裏切らない『武者絵』の類と、男の欲望の体現とでも言うような『春画』の両方が描かれ流通するのだと言う。
『武者絵』の方が大体風聞に従ったもしくは『女』以外の部分を強調した形で描かれるのだが、『春画』の方は噂を可能な限り性的魅力と性嗜好の方向に歪めた形で描かれるのだそうだ。
しかし事この『抱え大筒のおハナ』に限って言えば、『やたらと露出の多い着物』『着物から零れそうな巨乳』『一抱えも有る大筒』と強調すべき特徴がほぼ全てが事実のままで、それ以外の特徴が噂に上がる事が殆ど無いらしい。
「解りやすい例はこっちの子かしらね~ぇ?」
その話を裏付ける様に取り出されたのは別の女鬼切りの武者絵と春画両バージョンだった。
武者絵の方ではその身よりも大きな岩を太腿も顕なミニ着物の少女がその蹴りの一撃で打ち砕いている姿が描かれていた。
露出度で言えば『おハナ』と然程変わらぬ程度の筈なのだが、その鍛え上げられた強靭な太腿は色や艶を感じさせる様な物では無く、一振りの凶器で有る事が強調されているのがよく解る。
対して春画の方では、その短い着物から突き出された太腿の張り艷が強調されており、同じ着物を描いている筈なのに、此方は見えそうで見えないギリギリを攻めた……と言うような印象だ。
それら二枚に書かれた名前はと言えば『岩砕きのお瞳』と墨色も鮮やかに書かれている。
これって……もしかして……
「あー! なんてモンを見てるんだぃ! 止しておくれよ恥ずかしい!」
そう思い俺がふと後ろを振り向くと、その視線に気付き此方を見た瞳義姉上が、お律様の手に有る二枚を見てそんな叫びを上げるのだった。




