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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
激戦!? 妖刀狩り の巻

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百九十三 志七郎、慟哭を聞き希望に縋る事

 右腕が無かった、それも肩関節から先が全て……。


「いやぁ……一番風呂と言うのは、こうも気持ちの良い物でござったか。こりゃぁ家長の特権とされるのも仕様の無い事でござるなぁ」


 どうやら血を洗い流す為に風呂へと入っていたらしく、呑気な声でそう言った兄上は褌一丁でその身を晒して居た。


 だからこそ盛り上がった肉が傷を塞ぎ、その色合いも生々しい肉の色では無く既に皮膚が出来ていることも一目で見て取る事が出来た。


「幾ら(ナン)デモ、化物ね……()(つう)はエリクサーを()かったからって、直ぐに動け無いYoー」


 その姿を見て虎殿が呆れ混じりの声を上げる。


 豚面が鉞で切り落とした傷口を処置し、世界でも最高峰の霊薬である『エリクサー』投与した事で、現在の傷の状態を作り出したのは彼だそうだ。


 その言に拠れば、長時間毒に苦しんだ上で腕を切り落とした、それに伴う出血等々、普通ならば数日は立ち上がる体力すら残って居ない物だと言う。


 にも関わらず兄上はエリクサーを投与された時点で目を覚ますと、身体を汚していた己の血に不快感を示し、直ぐに風呂を所望したのだから尋常では無い。


 湯に濡らした手拭いで拭く程度ならば兎も角、入浴ともなればそれだけでも体力を使う事に成るので、本来ならばそれを認める訳には行かないのだが、皆が止めるのも聞かず自ら立って風呂場へ向かった段階で、母上が好きにさせろと言ってその場を去ったらしい。


 流石にゆっくりと湯に浸かる事はせず、烏の行水と表現する程度の時間で上がって来た所で俺たちが帰り着いた……と言う事のようだ。


「皆が戻ってきたと言う事は、蹴りが付いたのでござろう? 何故にその様な暗い顔をしておるのか、勝鬨の一つでも上げて洋々と帰るべき所でござろう?」


 心底訳が解らない、そんな表情で俺達を見回し義二郎兄上がそう問いかける。


 利き腕を失ったと言うのは武士として、武人として致命的とも言える事では有るが、本当の意味での最悪――即ち命を落とした――に比べれば大分マシ……と思っているのはどうやら俺と当人そして虎殿の三人だけらしく、その言葉通り皆表情に陰を落としている。


「……切り落とされた四肢を再びつなぎ合わせる成らば兎も角、毒に冒され使い物に成らぬと言うならばそれすらも難しい。一度失った手足を取り戻すのは、神仙の術を以てしても容易では無いと聞く……義二郎よ……済まぬ……」


 涙を流し座り込んだまま、仁一郎兄上が深々と頭を下げながらそう言った。


 武家の者にとって命よりも武名や家名は重要な物なのだ。


 腕を失った事はどうやっても隠せる事では無い。


 しかもそれが利き腕と成れば、今までと同じ様なペースで手柄を立て落ちた武名を取り戻すというのも難しいだろう。


 大名家の嫡男と次男と言う立場上、大概の物事で仁一郎兄上が優先される。


 さらには仁一郎兄上に万が一の事が有った場合の、言い方は悪いが『スペア』とでも言うべき立場でも有るため、少なくとも仁一郎兄上が結婚し跡継ぎを儲けるまでは、義二郎兄上の生活に完全な自由は無い。


 それでも個人で築き上げた武名は義二郎兄上だけの物で有り、跡継ぎが生まれた後の進路をより良くする為に無くては成らない物なのだ。


 故に武家の次男、三男は『死なない程度に武名を高める』事に躍起になる。


 高い武名を持てば嫡男の居ない他家への婿入りの話も出てくるし、場合によっては分家した上で幕府に直接仕官したり、道場を持ったりと言う選択肢も出てくるのだ。


 だがそれらは全て『五体満足』で有る事が前提と成る。


 武芸、武勇に依って立つのが武士で有る以上、先天的後天的に関わらず、何らかのハンデを背負ってしまえば、例えそれで常人以上の力を示そうと武士として決して認められる事は無いのだ


 後ろ傷では無い以上表立って酷く差別的な扱いを受ける事は無いだろうし、例え利き腕を失ったとしても鬼切り者として生きていく事自体は難しくは無いが、少なくとも『婿入り』や『仕官』に付いては絶望的で、立身出世の芽は無くなったと断言出来てしまう。


 ただでさえ色々と譲らせ我慢させていると言うのに、己が油断したが故に弟にさらなる苦しみを押し付けてしまった、と仁一郎兄上は悲痛な胸の内を普段の寡黙さが嘘のように嘆きの言葉を口にした。


「んー、(あん)()審判(しんぱん)()らないYoー。北大陸ロドムじゃコー言う怪我は、(にち)潮詐(ちょうさ)(はん)()ネー。ミー共の(しり)アッイーに腕の()い義肢師が居るね、彼に頼めばドラゴンとだって()々蛙(たかえる)Yo!」


 重苦しい空気が満ちる中、そんなの関係ないと言わんばかりに、呑気そうな声で虎殿が口を開く。


 彼に拠れば北大陸は火元国とは比べ物に成らないほどに過酷な土地で、数多のモンスターが (ちょう)梁跋扈(りょうばっこ) し『悪魔』に分類される者達との戦いも日常的に繰り広げられているのだそうだ。


 そんな戦いの中で兄上の様に……いやそれ以上の傷を負う者も決して少ない数では無い。


 しかも戦力は常に不足しているらしく、多少(・・)怪我を負ったから即引退という訳にも行かず、怪我を押して戦う者が大半なのだと言う。


 そんな中で急速に発達する『錬玉術』の使い手達の中から、モンスターの素材を使って失った四肢や臓器の代替品と成る術具を作り出す『義肢師』と呼ばれる者達が出てくるのは当然の流れだった。


 神仙にすら簡単に対応する事の出来ない肉体の欠損を埋める画期的な技術を編み出した最初の義肢師は昇神し、その技術は世界に広まる筈だった。


 だがモンスターの素材を肉体に埋め込む事を良しとしない一部の神々や、補完を超えて強さを求める為の『肉体改造』への転用を危惧した当人によって昇神は見送られ、心技共に優れた錬玉術師の一部に秘伝として伝えられる様に成ったのだそうだ。


「でもたしか義肢師の作る物を付けると、氣も術も使えなく成るんじゃ無かったかしら? 拒絶反応を抑える薬代も馬鹿に成らないって聞いた事があるけれども……」


 北大陸以外では余り見かける事の無い技術なのだが、長い年月世界を旅してきたお花さんは流石にそれを見聞きした事がある様で、そんな疑問の言葉を口にした。


「オーゥ! 魔女殿は何十年前の(はな)()をシステム(ます)か? 錬玉術(アルケミオルーン)のハッテン場は(にっ)(しん)月報(げっぽう)ネー。その辺の(だい)(もん)特区(とっく)(あかし)壊血(かいけつ)志手(して)マース!」


 最初の義肢師が亡くなり既に半世紀程が経ち、限られた数の技術者達だけとは言え、常にブラッシュアップされ続けて来た結果、最前線で戦う古強者(ベテラン)達は勿論、冒険者に成ったばかりの新人(ルーキ)達ですら維持出来る物が生み出されているらしい。


「とは言えミー共は(ねん)()長良川(ながらがわ)、義肢師の技は学んで()(のう)御座んす。ギジローの義手を得るニャー、本人も一緒に逝かねば生きませんのデース」


 一縷の望みとも言えそうな提案だったが、そこには超えねば成らないハードルが残っていた。


 次男とは言え大名の子で有る義二郎兄上が江戸を長く離れるには幕府の許可が居る、鎖国政策が敷かれている訳では無いにせよ国外へ出るとも成れば、その許可を得るのは難しいかも知れない。


 それも武者修行の様に武勇を磨く為ならばまだしも、不覚を取って失った腕を義肢で補う為と言うのは、人権や差別と言う言葉も概念も根付いて居ないこの世界では醜聞の類として扱われる事は想像に難く無い。


 建前を取り繕って許可を得る事も不可能では無いだろうが、もしもバレた時に受ける損害を考えれば悪手としか言いようが無いだろう。


「……妖刀使い討伐の恩賞として、海外渡航の許可を求めよう。きっと上様も否と言うまい。最も功を立てた志七郎には悪いが……頼む!」


 思い詰めた顔でそう言う仁一郎兄上の言葉に、当然俺としても拒否する理由など無く、肯定の意を示す……その直前である。


「その必要はねぇさね。丁度儂が江戸に来て良かった、儂から頼みゃぁアレが否と言うはずもねぇ。文句の一つも言いそうな連中だって儂に掛ればどうとでも成る、まぁ大船に乗った気で任せておけ」


 唐突に現れた老人がそんな言葉を放ったのであった。

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