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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
志七郎、南へ の巻

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千二百五十一 荒事始まり卑怯卑劣を考え行う事

『武勇に優れし猪山の』と謳われるのは武士だけの話では無い。


 四方を戦場(いくさば)である山に囲まれた盆地に有る猪山藩では、己の田畑を持たず地主の指示に従って農作業に従事し、僅かな小作料と呼ばれる手間賃を貰う様な小作人とか水呑み百姓等と呼ばれる様な者でも武芸を嗜まなければ生きていけないのだ。


 逆に言えば僅かな小作料しか収入が無くとも、武勇さえ有れば山に入って食肉になる鬼や妖怪を倒して来れば食いっぱぐれる事だけは無い土地でも有る。


 ……もっと言ってしまえば、強くなければ生き残る事すら難しい土地柄だとも言える訳で、そんな所から動員されて来た者達なのだから、そこら辺の与太者やら破落戸(ごろつき)やらが束になっても敵う訳が無い。


 それ故に向こうは殺意マシマシでキッチリ得物の刃を立てて向かって来て居ても、此方の面子は槍なら穂先を前へと出さず石突で打ち据えたり、刀も峰を返して峰打ちで、俺の畳んじまえと言う指示通り殺さない様に手加減をして戦っていた。


 ただ……そんな中で少しだけ問題が有った


「あの『流浪狩(るろうが)り』を名乗った男、頭を張るだけ有って他の者とは一寸物が違うな」


彼処あそこに居る半妖の男も大分出来ますね、あの二人に関しては皆が手加減をしてては怪我をする相手ですね……志七郎様は半妖を相手取った事は?」


 前線から少し後ろに下がった位置で別働隊からの奇襲を警戒しつつ、状況を伺っていると中に飛び抜けて強い者が二人居ると、俺と太郎彦の見解が概ね一致したのだ。


 とは言えその二人を相手取る為にお連を一人残して前へと出る訳にも行かないが、どっちか片方だけでも抑える事が出来れば残った面子が数を頼みに押し込む事も出来るだろう。


 太郎彦もそう言う判断で俺に半妖との戦闘経験の有無を尋ねた訳だ。


「残念ながらお前さんの親父さんや熊爪の従叔父上との手合わせくらいしか経験は無いな」


 太郎彦の父である猪牙(いのが) 王山(おうざん)従伯父上も、江戸の屋敷で弟子を育てている熊爪(くまつめ) 徹雄(てつお)従叔父上も、その姿を一目見れば半妖である事が解かる異貌の持ち主である。


 けれども二人は何方も身体能力こそ半妖らしく常人離れしたモノを持っているが、戦い方は飽く迄も一般的な武術の範疇で有り、可也強いとは言え戦い方其の物は武芸者のソレでしか無い。


 しかし半妖の中にはその身に宿した異形の血が持つ超常の力を操る者や、そもそもとして常人とは身体の構造自体が違う者なんてのも居るのだ。


 俺に親しい仲で前者に近い者として挙げられるのは礼子姉上と睦姉上だろう。


 何方も神の加護とは全く無関係の異能を持ち、礼子姉上は常人の数倍と言う異様な程の氣をその身に内包し、睦姉上は普段は只人と変わらぬ姿だが猫又の妖力(ちから)を借りる事でその身に宿した猫又の血が目覚める……と言う感じだと聞いた覚えが有る。


 後者の例として知っている中では、その睦姉上に仕える為に百鬼昼行に同行して江戸から出て来たお蛇(へみ)さんが上げられる、何処からそうなっているのかまでは判らないが、少なくとも着物の裾からはみ出す下は二本に足では無く蛇のソレなのだ。


 彼女の父親と兄は首から上が蛇だったし、そうした人とは違う身体の構造をしている者は、多かれ少なかれその身体構造を活かした戦闘術を開発しているモノだと言う。


 猪山藩は住人の大多数が鬼や妖怪の血を引く半妖の土地で有り、そうした血筋では無いのは他所から御嫁や御婿に来た者位である、それ故に太郎彦は普段から半妖との手合わせにも慣れている筈だ。


「成れば志七郎様は姫君の護衛を、俺が前へと出てあの半妖と相対します」


 言うや否や自身の騎獣である熊の腹を軽く蹴りそのまま前へと進んでいく太郎彦。


 ……前世(まえ)の世界の感覚で言えば、例えツキノワだとしても熊が突っ込んで来たら、普通の人間ならばビビって逃げるモノだと思うが、熊よりも強い鬼やら妖怪やらが跳梁跋扈する此の世界の者達は熊に乗った侍が突っ込んで来た位ではそう簡単に算を乱す事は無い。


「其処の半妖! 貴様の相手は俺が務める! 他の者達はあの頭の者に数で当たれ!」


 騎獣である熊に乗った状態で前線へ突っ込む前にそう一声掛ければ、件の半妖に手こずっていた者達や其処までの進路上に居る者達は、即座に後ろへ大きく飛び退き道を譲る。


 行き掛けの駄賃だとでも言うのか、太郎彦は背中に背負った大太刀を鞘毎外すと、進路上の邪魔な位置に居る者達を一薙ぎ二薙ぎして弾き飛ばして行った。


 ぶっちゃけ前世の感覚なら完全に自動車事故と同等の被害が出るだろう攻撃なのだが、相手もガッチリ防具に身を包んでいる上に、地面に落ちる際にもしっかり受け身を取っている様子なので、少なくとも死ぬ様な事の無い手加減された攻撃なのは間違いない。


「我は猪山藩猪川家家臣猪牙 王山が嫡男太郎彦也! 其処な半妖、名のある武人と見た、名乗る名が有れば名乗れ!」


 正々堂々尋常な果たし合いでも無ければ、卑怯卑劣は負け犬の寝言と切り捨てられるのが此の火元国と言う修羅の国だ。


 だからと言って礼儀礼節が蔑ろにされて居ると言う訳では無いが、卑怯な手を使ってでも勝てば良し、卑怯な手管を使わずに勝てれば更に良し、正々堂々の振る舞いをした挙げ句に負けたならば只の間抜け……と言うのが世間様からの評価になる。


 太郎彦が名を名乗り相手にも名乗れと言ったのは、その武勇に敬意を払ったと言う事もあるが、流浪狩りのサブがわざわざ仁義を切って来た事からも解かる様に、恐らくは此処でのやり合いを黒幕の手の者が見て、瓦版屋にでも垂れ込む手筈に成っていると言う想定だ。


「名乗る程の(モン)じゃぁ御座いやせんが、陪臣の小倅たぁ言え御武家様が名乗りを上げて、名乗れと命じられたんじゃぁ名乗らねぇ訳にも行きゃしねぇ」


 目深に被った頭巾からはみ出た部分や手なんかの露出部分が毛皮に覆われている事から、ソレがどの様な鬼や妖怪との混血なのかは判断がつかなかったが、只人では無いと言う事だけは一目見て理解出来ていた。


 彼奴は名乗れと言われて先ず頭と顔を隠している頭巾を剥ぎ取り、人のソレに類似しては居る物の明確に別物と解かる風貌をさらけ出す。


「あしは佐助、生国も定かじゃねぇ流浪人で、義理有って連姫様を取り返しに来た風来坊の鬼切り者よ」


 その顔は温泉に入って赤ら顔に成っている日本猿を想像すれば概ね間違って居ないと言う感じで、恐らくは猿系統の妖怪の血筋なのだろう。


 残念ながら猿が嘘を吐いている顔を見た事は無いが、その目が彼奴が真実を口にしていないと言う事を物語っている様に見えた。


 お連を取り戻しに来た富田の手の者と言う言葉に嘘は無いとは思うので、その素性に嘘があるのだろう。


 だが今の時点でソレは恐らく然程重要な事じゃぁ無い、問題は名乗りあってから得物を交え始めた太郎彦を、佐助と名乗った男が先ほどまでの戦闘は三味線を弾いていたとしか思えない程の技量で押していると言う事だ。


 太郎彦は猪山藩で道場を営む猪牙 王山の長男で、その武芸の腕前は生半可な武士では余程経験豊富な古強者でも無ければ勝ち目が無い程で、若手に限って言えば猪山藩でも上から数えた方が早い程の実力者である。


 ソレを一手二手で追い詰めると言う程では無いが、明確に押していると言い切れる戦況に出来ると言う時点で、そこら辺に転がって居て良い人材では無い。


「古の盟約に基きて我、猪川 志七郎が命ずる……」


 その様子を見て俺は舌打ちを一つしてから、周囲に目を配り他に押されている者が居ないかを確認し、更に俺が二人に介入した隙を突いてお連を掻っ攫うなんて事をされぬ様、周囲に気を配りながら呪文の詠唱を始めるのだった。

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