千百四 志七郎、世間の狭さを知り内輪揉めの溜息を聞く事
ターからの依頼を正式に冒険者組合を通して受ける事にした俺達は、翌日の朝日が登るよりも早くにテノチティトラン王国を出立した。
此処から南の地域では昼間の活動が本気で命に関わる位に暑く成る為に、早朝日の出前に移動を始め日がある程度高く成ったら休憩し、日が傾き始めてある程度気温が落ち着いてから再度移動を開始すると言うのが基本なのだと言う。
太陽光が木々に遮られる密林なら、其処までする必要あるのか? とも思ったのだが、未開拓地域と言うのは何処までも密林が続いている訳では無く、草原と密林が寄木紋様の様に混在して居るのらしい。
其の為にスー族の集落まで密林だけを通って向かおうとすれば、可也大回りする必要が有り、それではケツァルコアトルが生きている内に鬼の砦を落とすのは難しいと言う判断で、一直線に最短経路で向かう事に成ったのだ。
「にしても……これ程強力な霊獣を連れた茶色を纏うサムライで氣功使いとか、どんな冒険小説の主人公を連れてきたんだよカー」
出立して三日目の昼前には最初の密林を超え、草原へと差し掛かり予定通り日が傾くまで休憩する事に成った。
その際にターさん(殿と呼んでいたが其処まで畏まる必要は無いと言われたのだ)が俺を見つめてそんな言葉を口にした。
俺とお連は体格の違いから急ぐとなると移動速度にどうしても差が出る為、テノチティトラン王国に到着するまで同様に四煌戌の背に二人乗りで進んでいたのだが、精霊信仰の民で有るターさんは彼等が極めて強い霊獣だとあっさり見抜いたのである。
聞けば精霊信仰の民は精霊や霊獣をただ崇めているだけでは無く、彼等と契約し魔法を行使する事も割と積極的に行っているのだと言う。
基本的には部族の集落毎に近場の精霊溜まりを聖地として祀って居たり、霊獣を祖霊として祀っており、先祖代々口伝で呪文を伝えて居るのだそうだが、時折生まれる優れた才能を持つ者は精霊魔法学会に留学させたりする事も有るのだそうだ。
ターさんは残念ながら精霊魔法の素養は無かったらしく、ケツァルコアトルが守る精霊溜まりでも精霊と契約する事は出来なかったが、別の霊獣を師として武術を磨く事で一族最強の戦士と成ったのだと言う。
「今ワイズマンシティには火元国からの留学生が纏まって来ているので、俺くらいの人間はそれなりに居ますよ? 俺達の祖国では氣功使いは決して珍しいと言う程の物じゃぁ無いですからね」
火元国では武士であれば氣は使えて当然の物で有り、町人階級の中にも生まれ持って氣が使える者も居れば、四錬業等の方法で後天的に氣を纏う様に成る者も居る。
一説に拠れば火元国の人口の凡そ一割が武士だと言う事なので、最低でも十人に一人は氣が使えると言う計算に成る訳だ。
対して外つ国では氣と言うのは、人に類する種族の中でも人間だけに極稀に使える者が生まれてくる希少技能の一つと言う扱いらしい。
「……所でター様、御貴殿の武術の御師匠様が霊獣だとおっしゃいましたが、霊獣と言うのは人とは違う身体をお持ちの筈、なのに武術の伝授が出来たのですか?」
相撲と鉞術の二つの武術を学んでいるお連が、ターさんを純真な目で見ながらそんな疑問を口にする。
知恵有る獣である霊獣ならば確かな術理を持った武術を学ぶ事は不可能では無いかもしれないが、獣である以上は人間と身体の作りが違う故に其れをそのまま伝授するのは不可能だろう。
けれども俺は知っている、前世の世界で母国だった国のお隣に有る大陸で発展した拳法の中には、動物や昆虫の動きを参考にして考案された武技の流派が複数ある事を。
代表的な物として挙げられるのは矢張り、昆虫の蟷螂の動きを参考にしたと言われる螳螂拳だろう。
他にも彼の大陸には動物の名を冠する拳法は多数有り、その中でも鶴拳は後に琉球王国へと伝わり、其れが唐手の原型の一つと成ったと言う話も聞いた覚えが有る。
故に人とは全く違う身体を持つ生き物が師匠だと言う可能性は零だとは断言出来ないと思うのだ。
「私の師匠は大猩々の霊獣でね、師匠が以前仕えて居たと言う魔法使いの方も武術を嗜んで居たらしくて、人の為の格闘術も知っていたみたいなんだ。残念ながら私は彼の言葉を理解出来なかったから、身体で教えて貰っただけなんだけれどもね」
……ヲイ、格闘術を学んだ大猩々の霊獣ってどう考えてもゴリさんじゃねぇか!
「もしかしてその師匠と成った大猩々の霊獣って今、何処に居るか解らなかったりしますか?」
もしも『そう』だとしたら余りにも世間が狭くないか? と思いながら俺はターさんにそう問いかける。
「良く解ったね、私が白王獅子を素手で仕留めた後、教えるべき事は全て教えたと言う様な感じで、何処かへと姿を消してしまったんだ」
はい、此れでほぼ確定したな……ターさんが戦士として独り立ちしたと判断したからゴリさんは彼の前から姿を消し、密猟者の船に敢えて乗り込んで火元国へとやって来た訳だ。
「ターさんの師匠と思わしき霊獣は今、火元国に居ますよ。俺の師匠のそのまた御師匠様と契約して居た霊獣だと聞いてます。その方が大猩々のゴリさんの為に一緒に格闘術を編み出したと言う話も……」
お花さんの格闘術と精霊魔法は、ゴリさんと契約して居た精霊魔法学会の教授が伝授した物だと聞いて居る、つまりターさんはある意味でお花さんと同門の格闘術を使うと言う事だろう。
ゴリさんは火元国でも武闘派で知られる猪山藩の藩士を複数相手取った上で、氣を封じる様な事をしなくても圧倒する様な凄まじい格闘の腕前だった。
そんなゴリさんが一人前と認めたのだから、ターさんが化け物級の戦闘力を持っていても不思議は無いだろう。
なんせお花さんも十代の少女にしか見えない体格で、尚且つ氣を纏う事の出来ない森人にも拘わらず、一朗翁を精霊魔法無しで凹る事が出来る程の剛の者なのだ、そんな人とある意味同門で尚且つ一人前と認められた人である以上は弱い訳が無い。
……だが、そんな人が他所の冒険者に助けを求めなければ成らないと言うのは一体どう言う事なのだろう?
単純に強い者が必要だと言うだけならば、スー族や他の部族の戦士達に協力を求めれば良いだけの話だろうし、精霊信仰の民には精霊魔法使いも居ると言うだから魔法使いを求めてと言う事でも無い筈だ。
「……そうか、師匠は無事だったのか。其れを知る事が出来ただけでも本当に有り難い。例の砦はあの方の縄張りだった場所に作られて居たからね、もしかしたら奴等に喰われたかと心配してたんだ」
其れってつまりゴリさんが此方の大陸に居たままだったならば、鬼の砦が作られる事は無かったと言う事だろうか?
いや、まぁ……ゴリさんが火元国に渡って居なければ、従叔父上の弟子と成ったわ太郎達は今頃生きて居なかった可能性も割と高いし、どっちが良かったなんて事を考えるだけ無駄な話だな、勝負事や歴史に人生と言った物に『たら、れば』を言い出したらきりが無い。
「所で話は変わるが……ターさん程の強者が何故態々時間を掛けてテノチティトラン王国まで出て冒険者を雇う必要が有ったですか? テツ殿の話ではスー族は此処等じゃ最強と謳われて居るんでしょう? 何故余所者の手を借りる必要が?」
強者に成る事が出来るのは努力する事が出来る者だけで、努力した者は相応の自信を持つのが普通である。
そして自信と誇りと言う物は表裏一体である事が多く、自分が強いと自負する者程に他者の力を借り様と言う考えに至らなく成る事が多い。
ましてや其れが個人では無く一族とも為れば、その自負が自らを縛る枷と成る物だろう。
「……私達スー族が未開拓地域で最強面していられるのは、ケツァルコアトル様が居るからなんだ。だが其れが倒れた事で最強の座を奪おうとする者が居る為に、部族の戦士達はケツァルコアトル様を守る為の防衛に回らざるを得ないのだよ」
俺の疑問に対して、ターさんは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた後に溜息を一つ吐いてからそんな言葉を口にしたのだった。




