千七十一 志七郎、罠を知り意図を考える事
「うわ!? エゲツな!」
四階へと続く階段を登った所でストリケッティ嬢が、唐突に悲鳴にも似た口ぶりでそんな言葉を吐き出した。
俺はこの塔に入ってからの事しか知らないが、その短い間でも彼女が比較的冷静な言動を取る性質の人だと捉えて居たが、そんな人が思わず叫び声を上げる程の物がどれ程の物なのか?
それは四階の通路を見て一目で理解出来た、此れまでの階では全て灰色単色の石材で作られた壁や床だったのに、この階に上がって急に丸で寄木紋様の様な色とりどりの陶磁器と思われる物で辺り一面が装飾されていたのだ。
此れの何処がエゲツないのかと言えば、単色通路ならばその中に少しでも違和感の有る部分が見受けられれば罠が有る可能性を疑う事も出来るが、装飾を施しその中に紛れ込ませる様に仕掛けられた罠を見抜くのは生半な難易度では無い。
「あー……やっぱり有るかぁ。それは之だけあからさまならば当然有るに決まっているよなぁ。はぁ……此の塔を建てた者は本当にどれだけ底意地の悪い者なのだろうか?」
床に膝を付き何やら調べて居たストリケッティ嬢が、溜め息を一つ吐きながらそんな言葉を漏らしつつ、少し前方の床を短剣を持った手を一杯に伸ばして突く。
するとガコンッ! と激しい音を立てて床材が割れ一辺が凡そ五尺程の穴が空いたのだ。
「恐らく此の階にはこうした落とし穴が至る所に有る筈です。そして厄介な事にソレは私の目でも見抜く事は出来ない程に巧妙に隠されているので、こうして突付いて穴が無いかを確認しながら進むしか無いですねぇ」
心底面倒臭いと言いたげな表情で、そう言うストリケッティ嬢。
「下に落ちたとしても階段を登った高さを考えれば、然程致命的と言う程の罠では無いのでは?」
開いた穴を覗き込むと、下に棘が生えている様な殺し罠の類では無く、単純に下の階へと逆戻りさせるだけの物の様に見える。
「確かに落とし穴自体は然程危険性の高い罠じゃぁ無い。けれども此処に上がってくるまでに私達はどんな所を通ったと思っているんだい?」
丸で子供に言い聞かせるかの様な口ぶりでそう言われて、俺はつい先程まで葛藤し欲望に負ける事に成った原因である水路を思いだす。
確かに空気の飴玉をもう二つ持っている俺ならば、時間を掛ければ再び此処まで戻ってくる事も不可能では無いだろうが、ソレを持たないストリケッティ嬢ではあの水路を単独で抜けてくるのは不可能だろう。
とは言え三階の正確な地図等持っていない状況では、下に落ちたとしても再びあの水路が有った場所まで辿り着くにも一苦労する事に成るので、先に最上階に有る宝玉を手に入れた方が勝ち……と言う勝負では致命的な遅れと成るのも間違い無い。
そしてソレが数限り無く幾つも存在し、何処にあるかも解らない……と、うん確かにエゲツないと言いたく成るのも理解出来る。
俺達は床に仕掛けられた罠だけに気を付けて居れば良いと言う訳では無い、そうした物が有る場所で魔物と戦いながら進まねば成らないのだ。
此れが電子遊戯の中でもRPGと呼ばれる物ならば、魔物と遭遇して戦う事に成っても戦闘中は地形を気にする必要なんぞ無く自由に戦えるが、其処にアクションと言うジャンルが追加されれば、戦う際に地形の有利不利を考えなければ成らなくなる。
現実の戦闘は何方かと言えばアクションRPG依りで、一歩も動く事無く戦う事が出来ると言うのは稀有な事だ。
中には足を止めて戦うのが得意な者も居るだろうが、普通は戦いの状況に応じて間合いを調整し、必要に応じて近間と遠間を出入りする物である。
俺は刀を主武器に据え、拳銃を副武器として運用するとは言え、拳銃は飽く迄も牽制用であり基本的には刀の間合いで戦う者だ。
故に相手が遠すぎれば間合いを詰めるし、逆に内へと入り込まれ過ぎる前に倒すのが理想だが、時には組み付かれる程に近づかれる様な事も有る。
そんな時には冷静に間合いを外す……のでは無く組み討ちや蹴りを用いて零距離の相手を倒す技も、前世に学んだ逮捕術と今生で覚えた氣の運用を組み合わせれば出来ない事も無い、今の所は実戦で使った事は無いがね。
兎にも角にも何処に落とし穴が有るか解った物では無い以上は、魔物と遭遇しても不用意に間合いを詰める訳には行かないと言う事だ。
「こう言う罠を見抜くには仕掛けた者の意図を考えろ……だったな」
ぼそりとそう呟いたストリケッティ嬢は、先程と同じ様に落とし穴が有りそうだと目星を付けた場所を短剣で突く。
すると再びバカンッ! っと大きな音を立てて落とし穴が口を開いた。
「うん、多分だけれども法則が解った気がする。ほら、此処もきっと落とし穴だ」
そう言って突付いた場所は見事に落とし穴で、ドビンッ! と音を立てて穴が開く。
「大体だけれども一辺十六フィートの四角形の北東側の角に一辺五フィートの落とし穴が有るって感じみたいだね」
彼女の言う通りの場所を俺も鞘毎腰から抜いた刀で突付いて見ると、ズバンッ! と大袈裟な音を立てて穴が口を開ける。
「解ってしまえば引っ掛かる事は無い……と言いたい所ですが、魔物と遭遇して戦いに成ればソレを気にしている余裕が常に有るかは疑問ですね。でも完全に無作為に穴を開けられていればソレこそ過去の攻略者はどれだけの凄腕だって話ですし妥当な所でしょうか」
ストリケッティ嬢の言に拠れば此の塔は過去に何度も攻略された事の有る場所で、その攻略者の中には罠の解除技術等持たない戦士も含まれている事から、致命的な難易度の罠は仕掛けられて居ないと想像が出来た。
……と言うか、多分三階を抜ける際に通った水路も、迷路の何処かに水を抜く為の仕掛けが有ったり、水中を移動出来る様に成る道具が隠されていたりする可能性が高いんじゃぁ無いだろうか?
手持ちに空気の飴玉が有ったのでストリケッティ嬢も誘って強引に突破したが、恐らく正攻法でも攻略出来たに違いない。
そんな事を考えつつ、もう一つ落とし穴を突付いて開いたその時だった
「ぶもー!」
牛の様な角を持つ巨大な斧とお胸を持ったビキニ姿の金髪美女が、真っ直ぐ此方へと突っ込んで来たのだ。
不用意に動いて落とし穴に落ちる事を警戒した俺は、先ずは牽制の一発の積りで拳銃を抜き撃ち放つ。
迷宮の類で銃を使うのは反響音で耳がやられたり、魔物を呼び寄せる切っ掛けにも成り兼ねない為に基本的に悪手とされて居るが、此の塔内で同じ種類の魔物が同時に出現した事は無いので、きっと一種に付き一体しか出ない様に成っているっぽいので無問題だろう。
幸い耳に来る程の大きな音には成らず、銃弾は狙いを誤る事無く仮称:牛女の眉間に突き刺さるが、余程頭蓋骨が硬いのか即死には至らずそのまま此方へと突っ込んで……落とし穴に落ちた。
「……弾の無駄遣いだったな」
予想外のその結果に思わずそんな事を呟いて仕舞う。
此処を縄張りにして居る魔物だと言うのに、何故落とし穴の位置を理解して居ないのか? 百歩譲ってそうした事を考える事も出来ない残念なオツムに作られたのだとしても、何故そんな魔物をこの階に配置したのか?
先程ストリケッティ嬢も言って居たが誰かが作った迷宮なのだから『作った者の意図』と言う物が必ず其処には有る筈なのだ。
「有れは多分、突撃を打ち噛まして相手を吹っ飛ばし、落とし穴に落とすのが目的の魔物なんじゃぁ無いかな? そして下に落ちたら勝手に消える様な魔法が掛かっているなら直ぐに復活するだろうしね」
そんな事を言いながらストリケッティ嬢が牛女の落ちた落とし穴を覗き込んだので、俺も同じ穴を覗き込んで見ると、下の階の床まで凡そ十尺程落ちただけだと言うのに、牛女が倒れ伏しそのまま塵へと返って行く姿が見えたのだった。




