百三 志七郎、愛銃を手にしぶっ放す事
結論から言うと件の拳銃は全く問題に成る事無く、俺が買い取る事が出来た。
幕府には江戸市中に有る銃器全て記した台帳が保存されており、箱の中に有った書状と銃に刻まれたシリアル番号、それらの一致が確認され、更にそれを受け継ぐ家が断絶して居る等の理由が重なり、俺が拳銃術の技能を持っている事も有ってあっさり許可が下りた。
四十七式回転弾倉拳銃、DW47と銘を打たれたその拳銃は、禿河家安公が幕府を開いた際に六道天魔との戦いで功厚かった者百人に、わざわざ北大陸の山人達から輸入し贈った内の一丁なのだそうだ。
恩寵の銃とでも言うべき物であり普通ならば手放す者など居ない筈の物が、拳銃術を神の加護として授かったとされる俺の元に巡ってきたのは、何かの縁に違いないと言うのが当代上様の決定らしい。
なおこの銃の銘に刻まれた四十七と言う数字は、この銃の開発、発売された年数である『世界樹齢』4047年に因む物で、現在が世界樹齢4213年なので少なくとも166年前の骨董品と言う事になる。
前の持ち主は余程物持ちが良かったらしく、それだけの時間を経ても錆び一つ無く、分解してみても何処にもガタが来ている様子も無いほぼ新品と言っても過言では無い状態だった。
ちなみに我が猪河家も当時の当主が同じ銃を貰っていたらしいが、鬼斬りの現場で多用された結果銃身に罅が入り、それ以降は使う事も出来ず文字通り御蔵入りしている。
ともあれそんな骨董品で、尚且つ銃器の規制が厳しい江戸である、弾薬の調達も難しいと思っていたのだが、意外や意外なんと幕府が輸入販売をしていた。
藩や幕臣が大量の銃を抱えれば謀反の準備と見られるだろうし、実際にそんな事が起こるのを避ける為にも幕府は銃の持ち込みを規制しているのだが、鬼斬り者が個人で銃を武器にする事には意外と寛容で、弾薬の流通を握る事で銃の使用者と頻度を把握しているのだそうだ。
「志七郎君はまた銃の手入れですか? 好きですねぇ」
と俺が作業場として与えられた部屋の前を通りかかったお花さんが呆れ顔でそう呟いた。
銃を買い取ってから数日、俺は毎日のように新たな愛銃を分解し磨き錆止め油を塗ってと整備に手を抜いては居ない。
「そりゃ四両も出したんですから、早々駄目に成ってもらっては困ります。新品を改めて輸入するとなれば四百両以上するって言うじゃないですか。手入れを疎かにはできませんよ」
「銃なんてドワーフ達の使う穴倉用品じゃないですか、開けた場所なら氣や魔法を込めた弓矢の方が強いでしょうに、何故この国の方々は銃を重用視するんでしょうね?」
彼女の話に拠れば、銃は主に北大陸に住むドワーフ達が地底深くから這い出してくる魔物と戦うのに用いられる物だと言う。
地下深く狭い坑道に生きる彼等が戦う場所は、当然狭く槍や剣と言った長物を振り回す事が難しく、銃が開発されるまでは短剣や短槍と言った短い武器で肉薄する戦いが主だった。
当然そんな戦い方では被害も馬鹿に成らず、多くのドワーフが伝統的な地下生活を頓挫させ地上へと出ていった、だが銃が開発され大きな予備動作無く十分な威力を秘めた攻撃が出来る様に成り、ドワーフ達は改めて地底の覇者となったのである。
狭い坑道で使う武器としては跳弾の危険とか、色々と言いたい事は有るのだが、まぁこの世界にはこの世界の歴史という物が有るのだろう。
「誰が使ってもある程度の威力が見込める兵器だからでしょう」
そうは言ったものの流石に五つ、満年齢でそろそろ四歳になる俺の手では氣を使わなければ発射する所か保持するだけでも怪しいが……。
しかし銃の利点としては決して間違っていないだろう、この世界、この国の鬼斬り者達の中で銃使いと言えばその大半は氣を纏う事の出来ない平民、それも女性が使う武器と言う印象が有るらしい。
非力な(と言ってもそれなりに鍛えているだろうが)女性でも中たり所によっては、鬼熊と呼ばれる巨大な熊の妖怪を一撃で仕留められると言うのだから、それなりに需要が有って当然である。
諸外国では非力で氣を扱えなくとも、大半の者が単色精霊魔法を使え、わざわざ銃を使わずとも魔法で事が済むので、一部を除いて全く普及していないらしい。
では何故ドワーフ達は精霊魔法ではなく銃を使うのか、それは我が国同様地底では地竜の影響が強すぎて他の精霊や霊獣と契約する機会が無いからだそうだ。
「それにしてもコレほど古い銃の弾が未だに製造されていると言うのも凄いですね。ドワーフ達は進化とか進歩って物に縁が無いんでしょうかね」
「最新式の銃もこの銃も弾薬は共通らしいですよ、むしろ進歩させる必要が無い位に完成度が高い証拠ではないでしょうか?」
どうやらエルフとドワーフの仲が悪いと言う、前世の世界で読んだファンタジーのお約束はこの世界でも変わらない様で、俺が銃に手を掛けているのを見かける度に、ドワーフに対して毒づいている。
「さて銃の整備はこれくらいで良いですね。お花さん今日は幕府の学問所へ行かないのですか? なら、西方語の授業をして欲しいのですが」
分解した銃を組み立て俺がそう言うと、
「そこまで言われたら仕方ないですね、ではでは授業を始めましょうか」
彼女は途端ににこやかに笑いそう返事をした、正直彼女が三百歳近いと言うのが信じられない、見た目通りの年齢ではないかと疑いたく成るようなあどけない笑顔だった。
銃の練習とは違うが、四煌戌を銃の音や硝煙の匂いにならす為、銃を手に入れてからは毎日数発射撃練習をしている。
屋敷の庭の一部、練兵場として使っている中庭にある弓の練習場で弓用の的目掛けて撃つのだ。
諸国の人間よりも小柄な火元人の手に合わせて作られているらしく、グリップは前世に使ったことの有る様々な拳銃よりも明らかに小さく、子供の手でも持つ事自体は不可能ではない。
だが恐らくは全鋼製のこの銃は重く、氣を纏わねば両手でも構える事すら難しい。
というか、五歳児がこんな物をまともに扱える時点で氣という物が余りにもデタラメだとも言えるのだが……。
まぁそんな事はさておき、全身に氣を纏い両手で銃を真っ直ぐに構える。
「四煌、六連発を三回だ」
弾代は一発辺り一文とかなりリーズナブルなお値段で、連射をする事も然程負担なく出来るのがありがたい。
「ぅぉん」
「わぉん」
「きゅぅん」
気の強い紅牙は最初は激しく銃の音を聞く度激しく威嚇の声をあげていたが然程時間を掛ける事も無く慣れ、御鏡は元々おっとりしていたせいか動じる事もなかった。
だが問題はちょっと臆病な気質の翡翠である、彼は結構な距離を置いた状態でも銃声を効く度にビクンっと驚いた様子を見せ、それからしばらくは気を失ったかの様に硬直したままである。
それでも、他の首が身体の制御を持っていく為、その場で棒立ちとなる事はないのだが、銃声に怯えている間に無理やり近距離に移動されるのは可哀想な状態だった。
流石に毎日銃声を聞いている内に少しずつは慣れて来たのか、硬直時間自体は短くなって来たのは順調だという事だと思いたい。
と、そんな事を考えている内に四煌戌は自分達で折り合える距離を見つけたらしく、少し離れた位置でおすわりをした。
ちらりと横目でその姿を確認てから、照準を合わせ引き金を引く。
有り難い事にこの銃も使い慣れたダブルアクションだったので、一々撃鉄を起こす手間も無く、重い引き金も氣を纏えば然程気にするほどの事でも無い。
続け様に六発連射し、素早くシリンダーを開放して薬莢を落とす、同時に左手を懐に入れ中に付けたホルスターからスピードローダーを取り出し一気に装填する。
このホルスターやスピードローダーも幕府がわざわざ北大陸から輸入している物で、弾薬と一緒に買い求めた物だ。
銃の代金を含めて、俺の稼いだ銭はもう幾らも残っていないが、決して無駄な出費では無いと思いたい。




