少女、彼らと、ゲーム
「僕のイメージもほぼそんな感じだよ。やっぱりゲーム設定は僕の性格とか、彼らの性格とかに影響してきてるのかな」
ゲームの設定が、攻略対象者、またヒロインに及ぶ可能性。なんで、今まで気づかなかったんだろう。確かに、日常はゲームのシナリオ通りに進んでいたのに、登場人物もゲームの動きをしていたのに、違和感のあった数々の出来事に、ひとつ仮定ができると思った。
「大丈夫?」
「……え、なに?」
「顔、青いよ」
いつの間にか伏せていた顔を覗き込むように、一くんがこちらを見上げていた。一くんからはは、私にだけ背負わせないようにしようという意思が見て取れて、私は考えていた事を話すことにした。
「あのね、」
例えば、普段俺様で傍若無人な元生徒会長は、基本的に礼儀知らずだ。私にも暴言を吐いたクズだけど、非礼を詫びる時の様子は戸惑っているように思えた。つまり、なにか力が働いて俺様で傍若無人、という性格を強制されていたらどうだろう。
「確かに、真奈美が来る前っていうか、普段は後輩に優しく、行事には熱く、熱血漢を地でいってたと思うよ。そもそもいいとこの人間だから、下々の者は守らなきゃいけないっていうところは働いてたと思う」
「真奈美ちゃんが来てから、違うの?」
「あの子には妙に高圧的っていうか、前は自分が上から話していることにさえ気づかないような人間だったけど、それが態度に露骨に出た感じ。こっちを見下してんのは昔も今も変わんないんだけどさ」
一くんが、腹立たしいことだけどね。としょうがないように言う。そういう風に教育されてきたんだろうし、会長自体には悪気がない。会長は確かに、人を惹きつけるカリスマ性があったのだという。求心力って奴か。
「そう考えると、双子は前々から好奇心旺盛だったけど真奈美と関わってからは行動も派手になったし、副会長は幼くなったと思う」
一くんの一言で、推測は確信に変わった。
元生徒会長の”素”と、”ゲームで設定された性格”にはもともとズレがあって、ストーリーが終わった今、ゲーム設定の強制力はなくなった。だから人格が変わったように行動し、しかしそんな変化に戸惑っていた。一くんが挙げた例も、これに当てはめると納得がいく。ストーリーに関わる人は大なり小なり影響を受けていると考えたほうが良さそうだ。
「そうだったんだ」
「なんで気づかなかったんだろうな、いま思うと全然違うのに」
自嘲気味に笑う一くんは、この何十分かで一気にやつれてしまったように感じた。
それは己を責めているようにも、自分の知らない力に怯えているようにも感ぜられて、あぁ、もしかしたら両方かもしれない。
断言できるけど、設定とかズレとか、あの乙女ゲームを知り、トリップを経験している私ぐらいしか、考えつかないだろう。だから、今まで誰も異変に気づかなかった。だから、一くんがそんな顔する必要はないのに。
むしろ、ゲームだと知っていた私がもっと考えなければならなかったのだ。傍観者、なんて気取らずに最初から一くんを信じて話していれば、気づけたことはもっと多かったかもしれない。
「来栖は普段から無口だったのにイラついて乱暴な口調で話すことが多くなったし、武口先生の女の好みは大人の余裕がある女性だったのに女子高生に手ェだそうとしてるし、光明寺先生は生徒思いの優しい先生だったのに真奈美には人形みたいって言われてた。養護教諭は真面目な人だったのに、いきなりチャラくなった。思えば、養護教諭が一番変化が激しかったかもな。真澄は……あいつだけは学年違うし後期からの人間だからよくわからない。中学校の会長も同じく。んで、俺はっていうと、」
私の知らない、一年生だった時の一くんの記憶がいま語られている。ゲームに操られてない、素の彼らがいたことが、向き合いたくない現実として私を襲った。
いつの間にか、一くんの一人称が変わっている。普段より口調も荒々しい。まるで中学上がりたての頃の一くんだ。もしかして、今の口調が素、なのかな。そう考えたら愕然とした。いつからだろう、一くんが変わりはじめたのは。
小さい頃一くんはお兄さんで、頼りになった。
でも、周りに対してだんだん反抗的になっていく一くんを見て、そんな印象は薄れかけた。
中学を卒業する頃には穏やかな頼れるお兄さんに戻ってた。
今でもたまに軽口をぶつけ合うけど、大抵一くんが折れる。それこそ前だったら止まらない軽口の応酬になってたろうに。
「俺はっていうと、そうだな。自分の変化ってあんまり気づかないけど、真奈美といると頭がぼんやりしてた。なんか、こうしなきゃいけないっていう使命感があって、大人みたいに振舞おうって思ってた。それを、見抜いたんだよ真奈美は。俺が、早く大人にならなきゃいけないって思ってるのを気づいてくれて、それで俺は、」
そこで一くんの言葉が途切れた。
「なぁ、遊。もしかして、俺が無駄に焦燥感に駆られてたのは、ゲームのせいなのか」
「……一くんは、女の人に刺される筈だったの。そうはならなかったけど、ゲームの一くんは女の人に刺されて女性不信と、周囲に心配をかけることを恐れる青年に育つんだよ。きっと、その影響なんだと……ごめ」
「謝らなくていい」
頭を、くしゃくしゃと撫でられる。
「謝らなくていいんだ。確かに事情を考えもせず遊が僕たちを傍観してたことは、ひどいことなんだろうね。でも、遊だってその記憶を望んで得たわけじゃないだろ」
一くんが、笑う。笑みを深くする。瞳に、思いをのせて、くしゃくしゃになっていた髪を丁寧に解きながらもう一方の手は私の手を強く掴んだ。
「ただ、もうゲームは終わったんだろ。俺が昔の自分を思い出したように、彼らは彼らの過去を取り戻さなきゃ、駄目だ」
ゲームに操られる人生とは響きだけで怖いものがある。自分も巻き込まれていたと思うとなおさら現実味も増す。
遊は巻き込ませないけど、学園が穏やかじゃなくなるかもしれない。物騒な言葉を吐いた一くんはただ寝ると一言、部屋に戻っていった。
掴まれた手は、凍えそうなほど冷たい。湯冷めしたかな。
「ずっと、いっしょに居たのにな」
一くんにあんな顔をさせたのは、私の所為だ。私が伝えなければよかった。誰も気づかず終わってた。
私は、こんな記憶を望んで生まれたわけじゃない。だけどこんな記憶があるから、記憶の中のゲームの通りに進む日々を軽んじていた節はある。
知っていたものの責任は、負うべきだった。せめて、絶対に記憶については伝えないと、もっとしっかり後のことまで考えるべきだった。私には、十七年という、長い時間が用意されていたのだから。
「なにが、乙女ゲーム……傍観者気取って、大事な人を傷つけて、ただの馬鹿じゃん」
心底自分を軽蔑した。ズレなんて知りたくも無かった。夜は更けていく。




