少女、悩ましい
来年からエイプリールフールなくなるらしいです。
0.
木製の柔らかい色合いの机に、キン、と冷えるアイスティーが二つ並んでいる。入れてくれた主と私は、膝小僧を合わせるようにして向き合っていた。……委員会での出来事を受けて、一くんと緊急面談のお時間です。
「ということで、生徒会の人に声をかけられたんだけどどういうことか説明してもらおうか」
「真澄が双子達にチェンメしてたのは知ってるけど。結構前の事だったと思う」
「えええ、なんで止めてくれなかったの!」
「あれを僕に抑えるのは無理だよ。申し訳ないと思ったけどね、いつ言おうかなーって……ただ、最近の遊はなんだか体調悪そうだし、辛そうだし、疲れてるし?」
「否定はしない」
「うん、だから言えなかった。嫌がるのは目に見えてたし、暫くは僕で抑えられるかなって思ってたから」
結局、意味無いことだったみたいだけどね。自嘲気味に笑う一くんが切ない。
教えてくれれば対処の仕方もあったのに、って思っていた。けど、気遣ってくれた結果がこれで、問題は自分にもあったかと思うとその言葉を簡単には言い出せない。一くんでさえ抑えられないんだから、結局教えられても意味がなかったような気さえしてきた。そうだ、対処の仕方を考えてたんだった。
自分でも知らぬ間に現実逃避していたのを自覚して、うぅ、と頭を抱える。
「ど、どうしよ」
「双子は飽き性だし、問題といえば真澄と遊が言うとおりなら石井君かな。でも、なんでそんなに嫌なの?」
改まったように姿勢を正しながら、一くんが私の目を見る。生徒会を、避けに避ける理由。真っ先に思い浮かべる疑問だろうに、今まで遠慮してくれてたんだろう。そう思うと、半端な答えは返せないし、かと言って乙女ゲームの世界を云々なんて真実を話したって信じてもらえないだろうし、そもそも私はなんで嫌だと思ってたんだっけ?いざとなると、うまくまとまらない。
「えぇ、と……今、言うんだよね」
「そうだね」
「うん、えぇと、あの」
「無理ならいいんだ。変なこと聞いてごめん」
「いや、いい。今言う。ちょっと待って」
出されたアイスティーを一口、口に含むと爽やかな香りが口に広がった。うん、美味しいなこれ。なんだか口がスッキリすると、頭が軽くなったような。
「無理しなくていいんだよ?」
「うん」
ゆっくり整理しよう。
私は乙女ゲームの世界だと分かってて巻き込まれるといろいろ面倒そうだから近づきたくなくて、ただ面白そうで傍観してた。これを見てるのは私だけじゃなくていっぱいいたと思う。なんせヒロインたちはやっぱり目立つからなー。コトあるイベント全て把握して野次馬してたのは私くらいのもんだろうけど。話がそれてきてる、ええと、だからつまりは面倒だったからだ。じゃあ、ゲーム内シナリオが終わったあとまで避け続けたのは?不振な様子を見せる養護教諭や元生徒会長がいたから、巻き込まれに行くようなもんだと思って、詳しい事情は分からないけどとりあえず関わりあいになりたくなかった。つまり面倒くさいから。あと、学園内で一部親衛隊みたいな存在までいる攻略対象者たちに近づくのは、近づかれるのは、はっきりいってやっぱり面倒くさい。総じて面倒くさいから関わるのがいやだった、なんて、一くんが知ると怒るかな、いや呆れるだろうか。まぁ、でも乙女ゲームの世界なのにハードな理由があってもなぁってお話。もしもの事があったとしても、所詮は変な記憶を持っていても、基本は通行人Cらへんの存在、それで十分、身の安全は確保してきたつもりだった。けど、結局はなんか生徒会やらに絡まれている。この状況に陥った原因は、
「ねぇ、ほんとに大丈夫なの? 生返事ばっかりな気がするんだけど」
「うん。やっぱり一くんが乙女ゲームの攻略対象者だから悪い」
「は、乙女ゲーム?」
ええ、乙女ゲーム。
「一くんしらないの? 恋愛シミュレーションゲームのこと」
「あぁ、なんとなく知ってる。あれか」
「あれです」
……あれ?
1.
突然ですが皆さん、頭で考えていた事や、思ってる事が、口に出ちゃうときってありませんか。たとえば、反感を抱いてる人物の前でついうっかり否定的な意見を言っちゃったりだとか、こう、お口チャックって時に限って、無意識に口が動いてしまうこと。そんな誰しもが経験するだろう、いやーな雰囲気を、今現在進行形で、味わっております。
ひざを突き合わせた状態でいることがとっても辛いなんて、三分前の私は考えもしていなかった。
「つまり僕は、恋愛シミュレー……乙女ゲームのヒロイン、この場合は真奈美だろう。あいつに恋する男、ええと攻略対象? なわけだ。だから、僕はあの一年狂ったみたいに自分らしくもない甘い台詞をはいてたわけだ。へぇ、ふぅん。あぁ、やっと納得できた。だから、最後も違和感があったんだ。納得納得……あーーー、うん。ちょっと動揺してるかも」
ごまかそうと思ったら、ぶつくさ言い出した一くんの順応力と奇天烈さと、テンションの変化についていけない。
もし、自分が今までゲームの世界の登場人物でした、といわれて、信じるだろうか。少なくとも、私は信じられないだろうな。生まれる前の記憶とか転生とかいってる私が言うのもあれだけど。自分がシナリオ通りの行動をしていたという事を、肯定できるだろうか。一くんは受け入れたけど、すっごく気持ち悪い事なんじゃないのか。信じてもらえる、信じてもらえない以前に、このことは絶対口に出しちゃいけなかった、と今更理解した。今まで、ゲームだなんだといってきた、彼らの意思も自然の摂理なんだと思ってた。ただ、一くんの発言からするに、もしかして、何らかの強制力が攻略対象者や、真奈美ちゃんにかかっていたのだと、したら。私は、とんでもないことを言ってしまったんだ。
顔から血の気が引いていく。一くんが、腕に顔を伏せながら、うなだれた。
「一くん、あの、今の冗談」
「じゃ、ないんでしょ。前から違和感はあったんだ、けど、なにか熱に浮かされてる感じで、どうしようもなかった。これが、改め決められていたシナリオ通り動かなければいけなかったなら納得がいくんだよ」
姿勢は変わらず、顔だけ上げてこちらを射抜く視線に、ちょっと震えた。
「ただ、そうなるとまた疑問が出てくるんだ」
まっすぐこちらを見る目に、優しい色が写る。いつか見た天使みたいな微笑だ。ごくり、溜まったつばを飲み込む。
「なんで、遊がそんなこと知ってるのかな、って」
一くんの口元が、綺麗な弧を描く。冗談じゃなく、見慣れた私でさえ呆けてしまうような笑みだ。
どこかあっていないいびつな歯車が一つ、すこし擦れて回りだした。
嘘です。




