少女、満喫したい
0.
蒸し暑さが本格的になってきた、六月が終わろうとしているこの頃。
今日は創立記念日につき学園はお休みだ。平日だとカラオケとか行くことになってもお財布に優しいよね、ということで以前から話していた紫とのデートは今日になった。これがバイトをできない高校生たちの涙ぐましい金策術だ。また、父さんにおねだりでもしよう。お財布事情を思い出して固くこぶしを握った。
かねてから予定していた紫とのデート。楽しみにしすぎていて夜なんてとてもじゃないけど眠れない。私は結構、前日楽しみにしすぎて当日ダウンするタイプだったりする。こういうところが、一くんから抜けていると馬鹿にされる所以だ。そういえばこの前のニアミスも馬鹿にされめちゃくちゃ怒られたのだった、思い出すだけで気分が沈んでくる。やめやめ、今日はデートなのだから。
待ち合わせ場所は、この辺りでは定番の近町公園時計台下だ。ちょうど五分前したのだが、もう紫は先に着いていた。さすが紫、こういう時間を大切にするところは、彼女の美点の一つだと私は思う。
「お待たせ」
「待ってないよ。じゃあ、早速見て回りますか」
「うん。……あ」
「どうした?」
紫の背後に見慣れた顔が見えたのだが今日は久しぶりの紫とのデートなのでそのまま気にしないことにする。創立記念日に定番の待ち合わせ場所、待ち合わせしやすい時間に来ているのだから、同じ学園の生徒がここで待ち合わせしていても不思議はない。あまり警戒しすぎて学友に気づかせ、休日を無駄にすることもないだろう。
不思議そうな紫を前に、笑顔を作ってごまかした。
1.
駅前、というとちょっと離れたところにあるそれは、ショッピングモールの体を取っていた。一階には可愛らしい雑貨店やファーストフード、食べ歩きしやすいお店が並んでいて、二階には若い世代に人気の洋服ブランドが軒を連ね、3階は家族連れにウケそうなレストランが入っている、らしい。パッと見の案内図情報である。他にもエステやペットショップとかもあるみたいで、なかなかに大きい。
紫は案内図を見ながら、ううん、と眉を寄せてうなっている。確かにこれでは迷ってしまうよな。私は自分が優柔不断で流されやすい性質だと理解しているので、ここは全面的に紫に任せる所存だ。
「えーっと、じゃあ最初に二階見に行きたいかも」
「いいと思うよ、私まだ夏物見てないし」
女子の買い物はとにかく長い、というがそれが万人の女性に当てはまるかというと、そうとは限らない。私と紫の場合は前もって「こういうのがほしい」とイメージを固めていて、それを見つける作業なのでそこまで時間がかかることはあまりないのだ。ただ、逆に見つからないと見つかるまでだいぶ練り歩くことになる。
今回はなかなか見つからない場合らしい。紫はああでもない、こうでもないとさっきから忙しそうだ。
「うーん、広いし、ちょっと休憩しない? フードコートでお昼食べるかしようよ」
「え、もうそんな時間? ごめん遊、お昼食べに行こう」
紫が申し訳そうな顔を作って、こちらを向く。全然、と返すと、夢中になっていたことを誤魔化すためか紫はそういえばお腹すいてるかも、と笑った。可愛い。
下のフードコートまで行くと、新しく建設されたモールを見に来たのかちらほら、学園の生徒が見えた。
「あー、どうする?」
「うーん、あっても気まずいし。遊のその姿見られるのもねぇ」
そういって紫はこちらを見据える。今日は紫とのデートということでだいぶ気合の入った格好をしてきたので、普段学園での私のイメージとはかけ離れているだろう。今の今までそのことを忘れていた。自分の姿を見下ろして、思う。うん、普段の私ならこんな露出度の高い服着ないな。設定のせいで、大分クローゼットがカオスなことになっているのは内緒だ。いつもグループの子達と遊ぶときは気弱設定に合わせて大人しめにしているのだけどな。
「やっぱ流石に服変えただけじゃバレる……」
「おんなじ授業とってる子だよねアレ。流石に遊見たことある子なら気づくと思う」
「どうしよ」
「なんで学校でああなのかは知らないけど実は遊がこんなだってバレたくないってことだよね? んー、店入ろっか?」
「ああ、それすごく助かる。申し訳ない」
「いえいえ」
紫は、基本優しい。こんな意味のわからない行動をとっている私に、事情も聞かずに付き合ってくれているのだ。優しくないわけがない。たまにこちらをからかって遊ぶこともあるが、どこまでが私の許容ラインか本人はきちんと見極めてくれている。将来設計といい、ここらへん私と同じ転生者なんじゃないかと思うほどすごく大人びているのである。……うん。肉体年齢につられてか、私のほうが子供っぽいことは否定しない。
2.
某バーガーショップに入ると、平日だからか親子連れが目立つ店内で注目されながら注文をする。やっぱり、この時間に高校生はおかしいか。
「あ、私が持ってく。席取ってー」
「わかった。奥のほうがいいよね」
「よろしく頼んだ」
紫に席を頼み、横にずれてバーガーたちを待つ。おもちゃをもらって喜んでいる子供たちを見てぼーっとしていると、大学生くらいだけど髪も染めていない、さわやかな青年がこちらにトレイを差し出していた。付き合うならこのくらいのフツメン、またはもう少し大人の余裕があるダンディな男の人がいいと思う。なんて失礼な事を考えながらお兄さんからトレイを受け取り、紫の姿を探す。
店内を見渡すと無事奥に席を陣取ったらしい紫と、向かい合って姿からして男性だと思われる人物が会話をしていた。紫とあんな親しげな男、ナンパだろうか、それとも知り合い?
とにもかくにもこちらに気づいてない紫に声をかける。
「紫?」
「あ、遊! ごめん、こっちまで運ばせちゃった」
「別にいいけど、知り合いの人?」
「あー……えーっと」
「あれ、小宮さん?」
「え」
私の方を振り返った男の顔は、私がよく知る顔。同じクラスであり、真奈美ちゃんと幼馴染である、石井君、だった。




