少女、怒られる
0.
中間テストが返ってきた。今まで受け取ったのは英語、国語、理科、社会。中間テストは5教科なので、この数学を受け取ったらすべてのテストが返ってきたことになる。にしても、何故定期テストは二日後には返ってくるのか。普段の小テストの返却はこんなに早くないくせに、こういうときばかり行動が素早いのだ。あぁ先生たちの生き生きとした様子が恨めしい。
「あー」
「どしたの?」
解答用紙を持ってうなだれる私を振り返り見た紫の表情は明るい。紫は満足そうに手元の赤ペンを回した。二人の姿がこんなにも明暗分かれているとは、フリードリヒの絵を思い出す。
手元を覗き込んできた紫に見やすいよう、解答用紙を傾けた。
「え、一問ミスなだけじゃん。って単位つけ忘れ? アホなの?」
「アホです……」
こんなちっぽけなケアレスミスで満点を逃がしたのだと一くんに知られでもしたら……どれだけ馬鹿にされるのか考えたくもない。
普段通り、解答用紙の返却が行われたあと残りの時間は無駄に範囲の広いテスト問題の解説時間である。
今回は七十点くらいが学年の平均なようで、うちのクラスは平均五点を上回っていた。学年平均点発表とクラス平均点発表がある学園は、定期テストが行われる度に行事だお祭りだと皆が一致団結するようになるから面白い。
適当に問題解説を聞きながら、時間をやり過ごす。今日は即効で帰ってテストを隠そう、そうしよう。
私は机の下で爪を弾きながら、決意を固めた。
1.
私は、ごく一般的な生徒だ。
普段は授業を真面目に受けるが、たまに眠気に負けてしまう。携帯は授業中電源を切っておくのが校則だが、マナーモードにしている。
決まりはある程度守るが、だからといって真面目過ぎない。みんながしているようなことを自然としてしまう、そんなごく一般的な生徒が私だ。
だから、私一人がこんな目にあっているのはおかしいと思う。
「すいませんでした、反省しています」
「六月の半ばだというのに、まだGW気分が抜けきってないんじゃないのか。テストが終わったばかりだからか」
「これから気をつけます」
GWは倒れて絶対安静を言い渡されてたよ!なんて言えるはずもなく。
余所を見ると気が散ってる、とまたお小言ループになるので相手のおでこらへんを見つめながら説教を聞き続ける。
かれこれ、五分はこのやりとりが続いていた。周りの生徒は、気の毒そうな顔で近くを通り過ぎていく中、だとしても誰一人この状況をいさめようとは思わないらしい。だからと言って、生徒たちを責めることもできない。面倒そうなことにはあまり首を突っ込みたくない気持ちはわかるからだ。
それにしてもこの人、なにも廊下で、その上よく響くような大声で注意しなくてもいいじゃないか。
こちらを睨んでいる彼は、眉間に皺をよせる。
「全く……おい、聞いているのか」
「これからはきちんと行いを悔い改めしっかり校則に倣った行動をしたいと思います」
最初は弱気なふりをしていたのだ。だが、この人一向にこちらの様子に気がつかないというか気が回っていないというか。無差別に校則違反の人をお説教しているらしく、あまりこちらのことは気にしていないようなので無難な返答を返すことにした。逆に、うじうじしていると叱られそうな雰囲気だったので今は普通に反省している様子を見せるだけにした。
彼の名前は三好。下の名前はどうにも思い出せない。小中学校なら名札があるのに……こんなところで学園には名札制がないことが仇になるとは。
彼は風紀委員長を二年連続で勤めている校則違反者の敵であり、先生でさえ見逃しているところを良しとしない正義感の塊である。
ともすれば嫌われそうな話だが、成績優秀だし美形だし、なんか学校に一人はこういう人がいないといけないよね、みたいな雰囲気で周囲は生暖かく見守っている。イケメンはお得だ。
これだけキャラが立ってて顔がいいと来ればお察しの方もいるだろう、久しぶりの攻略対象者と接触である。しかし、彼の場合は特殊で、乙ゲーでよくある何週目かに現れる隠しキャラだからか真奈美ちゃんに落とされることはなかった。私も一年の初めに各委員長挨拶があるまで存在忘れてた。
「急いでいたのではないか? 時間を取らせてすまなかった。だが廊下を走るのは良くない、気をつけるように」
「いえ大丈夫です。では失礼します」
廊下を走って真面目にこんこんと説教される高校生、は意外と多いんじゃないかと信じたい。人気もないし走っちゃえと走ってしまった私が悪かった。HRも無事終わって、はやくテスト隠す場所……!と焦ったのが裏目に出たのだ。よく考えれば、一くんとテスト見直しを家でするのは毎度のことで、いまさらしないと言ったら余計に疑われるだろうに、あの時の私はどうかしていたんだろう。
拘束された時間は十分。これが長いと三十分をゆうに超すらしい。普段から容姿を地味に、地味にしてきたことが図らずもこんなところで役に立った。これでだらしなかったら、お小言が追加されていただろう。
廊下走って怒られるとか、小学生か。……生きてたら、三十越えてるのに恥ずかしすぎて死ねるレベルである。あの人の前であんなに粛々と反省してしまったからには今度からは見つからないように気を付けなければならないだろう。
……ナチュラルに攻略対象者と接触してしまったけど、最近やっぱ私みたいなモブがいろいろ勘ぐってすいませんほんと申し訳ございませんでした。ってくらい音沙汰ないから大丈夫だろう。なんか、出会っただけで絶望していたあの頃が懐かしい。あの風紀委員長をはじめ、大体の人と接触したことになるけれども。
でもその副作用かなんなのか最近派手な人を相手にすると胃が痛くなる。多分私に中間管理職は無理だろう。一くんか紫に相談してみた方がいいかもしれない。
2.
結局開き直ってのんびり帰宅した後、生徒会の雑務を終わらせてきた一くんと合流し早速テストの見直しである。久しぶりに一母に出くわして、四月の不審なやりとりが何だったのかと聞かれた。二ヶ月ちょっと経っていて、ほんのわずかな違和感だったろうに、細かいことほど忘れない、これが一母クオリティなのだ。誤魔化しを考えよう考えようと思っていたが、最近はすっかり忙しくて忘れていたため、よさそうな言い訳がとっさには出てこず逃げてきてしまった。
「三好に見つかったとは、災難だったな」
「笑い事じゃない。ああいう系はほんと苦手なんだから」
「うんっとそれは性格? それとも顔が整っているってこと?」
「性格は嫌いじゃないよ。ただ、なんか行動が派手な人って気後れするっていうか」
「ああ、わかる。九蔵先輩とか」
「あ!」
「ん?」
そうだった、九蔵先輩、あの人の謝罪の態度にもやっとしていたことを思い出した。九蔵先輩の、一くんの部屋での様子と、玄関先での様子は明らかに違っていた。それは人格、そして雰囲気レベルでの大きな差だ。それに、この前の保健室の出来事……ゲームとは違うシナリオ、気にならないわけがない。関わりはないが、どちらも解決してないことに気づく。
これを解決したら、何かに巻き込まれに行くようなもんだろう。
「いや、なんでもない。ここの問題なんだけどさ」
「こんなミスしたの? 馬鹿なの?」
テストの直しを終えながら、その日は湧いた疑問に蓋をした。




