11.ブラース大司教(上)
僕は招待状を見せて王宮に入った。回数を経るにつれて参加人数は減っている。王女殿下も各勉強会の最初はいらっしゃるが、途中でご退席される場合もあるようだ。
現時点では王女殿下は全員いらっしゃるし、男たちもまだ30人程は参加している。僕と同じぐらいの歳のものもちらほらいるが、大半は僕よりも若い。一番下だと10歳かそこらぐらいの貴族男性もいる。
「これはブラース大司教猊下。ご無沙汰しております」
ひとりの聖職者が僕を呼んだ。僕よりひとつ年下だが、以前も僕に絡んで来たことがある。あまり年が変わらないのに、彼は司祭。僕自身はこの10年程で、司祭、司教、そして今や大司教だからかもしれない。とは言っても僕が大司教の地位にいるのは、短ければあと1年間程のことで、その後は司祭となるだろう。それも管区も役職もない、文字通りただの司祭になる予定だ。
「ブラース大司教猊下は随分余裕ですね。他の男たちはみな王女殿下のお目に留まろうと必死なのに」
相変わらず嫌な言い方をするなあ。
「僕はここには普段話さない人との交流に来たので。若い人の考えを聞くのはとてもためにためになります。それに僕は非公式ですが結婚してますからね」
この大陸では一夫多妻は珍しくないし、僕たち聖職者も結婚に制限はない。だがさすがに妾を持っているのは憚られることなので、あまり大きな声で言う事はあまりない。だが、僕は敢えてこいつにはそれを伝えた。僕がこの「勉強会」の本質に積極的に関わるつもりが無いことを伝えておきたかった。こう言っておけば勝手に噂が広まるだろうから、情報収集に専念できるだろう。面倒ごとは嫌いだ。
「それではあそこにいる一団と話をしてきます。それでは失礼」
僕は聖職者の印を切って彼と別れた。彼と話すのは時間の無駄だった。
僕が探しているのはブラストアに来てくれる技術者や芸術家だ。本当ならば、初回や2回目の方が数が多かったはずなので、その時にこれをやりたかったが、この4回目も悪くない。
今ここに来ているということは、まだまだ伝手を作ることに貪欲なもの、つまり王都に有力なパトロンのいないものか、あるいは今回初めて出て来るような偏屈ものだからだ。そう言った者の中から何か光るべきものがあればブラストアに連れて帰りたい。大司教の肩書はそのためにあると言って良い。
この30人程の集団の半分程は貴族。彼らは王女殿下と一見楽しく会話をしている。同じように僕のような聖職者や魔術師もいる。驚いたことに北雪商会よりも小規模な商人や職人、音楽家や絵描きたちも小数ながらいる。
こんな所に呼ばれるぐらいだから、僕が知らないだけで、おそらくは一流の者たちに違いない。ここにいる何人かをブラストアに連れて帰ることができれば万々歳である。おそらくブラストアの職人、音楽家や、芸術家にもよい刺激になるに違いない。
そして上手い具合にそのような者たちは、この場に慣れずに孤立しているか、少ない仲間同士で話をしているので、僕はそこに割り込んで彼らに話しかける。絵描きたちは僕の装いで高位の聖職者だとわかるのだろう。これ幸いと露骨な売り込みをしてくる者もいる。その一方で、中には僕が話しかけても迷惑そうな顔をするものもいる。おそらく偏屈者の方だろう。
僕は画家にかぎらず芸術家や職人はその口ではなく、作品で判断することにしている。彼らには僕の名前を告げ、作品を持って王都のブラストア邸を訪ねるように伝えた。このうち半分は屋敷には来るだろう。だが、ブラストアに来る覚悟のある者は少ないだろう。仮に数人でもブラストアに連れて帰ることができれば大成功だ。場合によっては北雪商会の方に話を回して、芸術家や職人は王都に置いたまま、作品だけをブラストアに運ぶという方法もある。
これで今回の用事は果たした。ここまでにそれなりに時間を使ったので、もう屋敷に帰っても良いぐらいだ。実際王女殿下のうち上のお三方は既に退席されていて、同じように男たちも半数はいなくなっている。僕はこれまでの3回で上のお三方の王女殿下と直接言葉を交わし、その人となりをある程度は感じていた。
いずれの王女殿下も良い為政者になられるのではないかと思うが、あまり人、というよりも男を見る目はないようで、これはこの勉強会の趣旨を考えると好ましくない状況だ。もちろん不敬にもほどがあるので決して口には出さないが。
現時点でこの部屋に残られているのは、王妃殿下の末娘のアヴェンナ殿下のみで、王女殿下のうち、僕は彼女とだけ面識がない。確か御年は11歳か12歳。目を血走らせた男どもに囲まれるのも、ご自分のご興味のない話をただただ聞かされるのも、お気の毒というしかない。
僕は自分の高位聖職者という立場を活かすべく王女殿下の円卓へと近づいた。




