97話 微生物の吐息。
97話 微生物の吐息。
センキーは、ふらつく足取りで、
バーチャの進路に割り込もうとするが、
「この実力差で、あのゴミを守るのは不可能だろう」
バーチャの言葉は、脅しでも挑発でもなかった。
ただ、動かしようのない現実を、そのまま言語化しただけの宣告。
敵を殺すだけなら、
全力を一点に集中し、命を投げ捨てる覚悟があれば、成立する場合もある。
限りなく低い可能性だが……ゼロとは言い切れないだろう。
――だが、敵から誰かを守るとなれば話は別。
求められる戦力は、
『敵を殺すためのそれ』とは比較にならないほど大きい。
「龍絶呪縛ランク82000!!」
センキーの喉から絞り出された叫びは、悲鳴に近かった。
肺の奥まで空気を叩き込み、声と同時に魔力を吐き出す。
今の自分に許された、最後の一滴まで。
全魔力を注ぎ込み、
龍を縛り、神すら拘束するはずの呪縛を、
ただ『足止め』のためだけに放つ。
空間が歪み、不可視の鎖が幾重にも重なってバーチャへと伸びる。
拘束の重圧は、放った本人であるセンキーの膝すら震わせるほどだった。
けれど――
「解呪ランク300000」
淡々と告げられた声は、あまりにも軽い。
次の瞬間、
呪縛は、抵抗する間もなく粉砕された。
絡みつくはずだった魔力は、
触れた瞬間に意味を失い、空中で霧散する。
押し潰されるはずだった圧力は、
まるで最初から存在しなかったかのように消え失せた。
格が違う。
力量の差が、数字のまま、現実として突き付けられた。
バーチャは、足を止めない。
センキーの妨害など、
最初から存在しなかったかのように、歩みを続ける。
一歩。
床を踏む音が、やけに大きく響く。
また一歩。
そのたびに、周囲の空気が軋み、圧が増していく。
そして、バーチャは、ハルスの目の前に立った。
バーチャは、ハルスの目を覗き込む。
見下ろすでもなく、見上げるでもない距離。
逃げ場を完全に断つ位置。
強大な怪物であるバーチャを前にして、
しかし、ハルスの目には、恐怖よりも、信念の方が遥かに深く刻み込まれていた。
「逃げろ、セイラぁ!!」
喉が裂けるほどの叫び。
それは命令であり、懇願。
そう叫んだと同時、
それまで、何をしても動かなかった足に力が入った。
謎に固まっていた筋肉が、
絶対なる死を前にしたことで解放される。
意味不明。
だが、そこに疑問符を抱く余裕など今のハルスにはない。
自分の身体が動くと理解した瞬間、
ハルスは、剣を握りしめて、バーチャに斬りかかる。
人生最大の一撃を決めようとする、全身全霊の攻撃。
剣に込めた力は、これまで積み重ねたすべてだった。
――その一手を、バーチャは、
「微生物の吐息……と表現させてもらおう。私にとって、貴様の全身全霊は、塵芥以下である」
指一本で受け止める。




