93話 害意。
93話 害意。
足元に力を込めようとしても、感覚が戻らないハルス。
身体は意思に反して硬直し、呼吸だけが浅く早い。
「めちゃくちゃだぜ……ずっと……絶対に夢だから、さっさと醒めてほしいんだが……その気配がねぇ……勘弁してほしいぜ」
声は掠れ、吐き出すたびに現実を再確認させられる。
逃げる判断は何度も下しているはずなのに、実行が伴わない。
腕の中で、セイラが、
「ハル……まだ動けない?」
不安を押し殺した問いかけが、胸元に震えとして伝わる。
「ああ……ずっと、金縛りにあったままだ……流石に、俺は、ここまで臆病じゃねぇ……何かしらの嫌がらせをかまされているのは間違いねぇんだが……さっぱりわからねぇ……」
説明にならない説明を重ねながら、苛立ちと焦燥が滲む。
自分の身体が自分のものではない感覚が、恐怖を増幅させていた。
ハルスは、ここまでの間、ずっと、セイラに『てめぇ一人で逃げろ』と言い続けてきたが、絶対に言うことを聞こうとしないので、流石に現状では諦めてしまっている。
『守るべき存在が同時に足枷になる』というヘドが出る負担を、噛み締めるしかなかった。
どうにか一緒に逃げようと足に力を入れるも、さっぱり動かない。
力を込めるたび、無力さだけがはっきりする。
そんなハルスとセイラの視線の先で、
バーチャが、『融合戦士センキー』に、
「苦しいか? センエース」
悪意を煮詰め、沈殿させ、最後に上澄みだけを掬い取ったような声音だった。
温度は低く、粘つきだけが異様に濃い。
『融合戦士センキー』――センとトウシが重なり合った姿。
だが、その複合性に、バーチャは一切の関心を示さない。
視線は、最初から最後までセンだけを射抜いている。
トウシの存在は、空気と同じ。
意味を持たない背景。
価値を計算する以前の、ノイズですらない。
バーチャは、ふと、自分の両手を見下ろした。
白金色の光を帯びた指先。
血も肉も喰らったはずの掌に、汚れは残っていない。
「しかし……ちっ……ゴミ共が……」
低く舌打ちする。
空間がわずかに軋んだ。
「あれだけ食べても、大して強くなれなかったじゃないか。無駄に腹がふくれただけだ。……マズいだけのカスばかり」
言葉と同時に、腹部の奥で、何かが不快そうに蠢く気配がした。
消化しきれない異物を抱えたままの、鈍い重さ。
「まあ、センエースに精神的ダメージを与えられたから、それでよしとするが」
「精神的ダメージ?」
センキーは、ゴキゴキ、と首を鳴らした。




