56話 童貞。
56話 童貞。
「試験は予定通りに始める」
「あ、そう」
開始まで、残り10分。
すでに全員がそろっている以上、今すぐ始めることもできる。
だがミハルドは、規定された時刻を一秒たりとも早める気配がなかった。
その律儀さは、彼の性格を端的に示している。
センは壁際に寄りかかり、大きくあくびを一つ噛み殺した。
緊張感とは無縁の態度だった。
その肩を、不意に、つん、と何かが突いた。
不可視化したまま隣に立っていた蝉原だった。
「あの二人……何か様子が変じゃないかい?」
声は低く、センにだけ届く距離で発せられる。
蝉原は顎で、シグレとゼンの方角を示していた。
センは、即座に眉をひそめる。
「友達みたいに話しかけてくるんじゃねぇ」
まず、反射的に牽制する。
そのうえで、わずかに声を落として、
「……変って何が?」
蝉原は、ためらいなく、
「あの二人のあの感じ……おそらく、昨日ヤってるね」
「……はぁ? なにをバカな――」
「ボケじゃないよ。ガチで」
まっすぐにそう言われたことで、センの思考が、一瞬、停止した。
反射的に、シグレとゼンの方を見る。
だが、センは男女関係の機微に疎い。
表情や距離感だけで、その種の関係性を読み取れるような器用さは持ち合わせていなかった。
「は、はは……お、愚かなことを」
乾いた笑いが漏れる。
「く、く、く、腐ってもゼンは俺だぜ。そ、そ、そ、そんなにサクっと童貞を卒業するワケないだろう。な、な、な、な、ナメんなよ」
心が拒否している。
全力でキョドりながら、魂が迷子になるのを感じていたセン。
蝉原はまっすぐな表情のまま、
「ご存じの通り、俺は、こんなしょうもない嘘をつく人間じゃないよ」
「……た、確かに……お前は、必要な嘘をつく時以外は、正直村の住人が束になっても叶わないほどの正直者……」
センの声が、わずかに裏返る。
「じゃ、じゃあ……まさか……」
青ざめた顔で、思わず喉が鳴った。
ゴクリと、無意識に唾を飲み込む。
拳が、震え始める。
「ぁ、あのクソガキ……中坊の分際で、なに、2垓年生の俺より先に童貞を棄ててやがるんだ……許せない……絶対に……絶対にだ……」
センの胸の奥で、理屈とは無関係な感情が燃え上がる。
それは嫉妬とも、理不尽な怒りともつかない、極めて私的で幼稚な衝動。
喉の奥が熱を帯び、視界の端がわずかに歪む。
感情だけが先走り、理性が後ろへ引きずられていく。
センが、伝説のスーパーな宇宙最強戦士に覚醒しかねないほどの激しい怒りに震えていると、
その緊張を断ち切るように、試験官のミハルドが口を開いた。
「9時だ……それでは、冒険者試験の最終試験……五次試験を開始する」




