47話 卒業。
47話 卒業。
苦しんでいるゼンの様子を、シグレは黙って見つめていた。
自分のために、本気で悩み、苦しんでいる横顔。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
『寄り添おうとしてくれている』という強い実感が、痛みを上回って心に広がった。
同時に、どうしようもなく愛おしいと思ってしまう。
本気で心配されている。
本気で、何とかしようとしている。
それでも、何もできずに苛立つその姿が、胸に深く刺さった。
「本当に……大丈夫か? 俺に何かできることがあるのであれば、無駄に遠慮せずに言え。横でジクジクと苦しまれているぐらいだったら、『なんか買ってこい』みたいな感じでパシリを命令される方がまだマシだ」
そう言いながら、ゼンは自然に、そっと手を伸ばした。
指先に魔力を集め、シグレの顔に回復魔法をかける。
淡い光が頬を包み込む。
だが、呪いそのものに変化はない。
痛みが完全に消えることもなかった。
それでも、触れられているという事実だけが、確かな温度として残る。
ただの気休めだと分かっていても、その行為は誠実だった。
シグレは脳が熱くなるのを感じた。
胸がいっぱいになる。
息が詰まるほどのときめきが、抑えきれず込み上げる。
この想いを、もう胸の奥に押し込めておくことができなかった。
シグレは、自分の呪いを口実にしてでも、ゼンに近づきたいと思ってしまった。
「ほな……エッチしよ」
「……無駄にボケろとは言ってねぇ。チョケれるほど元気だと言いたいのは分かったが、逆に痛々しい――」
「一ミリもチョケてへん。『抱いてくんなまし』と、懇願しとるんや」
真正面から向けられた視線。
冗談の入り込む余地は、どこにもなかった。
そこで、それまで、シグレの頭で大人しく黙っていた『ニー』が、
「ちょっと用事を思い出しから、ニーは外に出ているね」
などと言って、シグレの頭から飛び降りて、ぴょんぴょん跳ねながら部屋から出ていく。
「謎の配慮なんかしなくていい! おい、戻ってこいニー!」
ゼンは必死に呼び止めるが、ニーは決して振り返らなかった。
シグレがニコリと微笑んで、
「ほんま出来のええスライムやで」
などと言いつつ、ソっとゼンに近づくシグレ。
――ゼンは状況判断ができないほど愚かではない。
彼女の想いが、本気だということは分かっていた。
だからこそ、
「……アホなこと言って、童貞の中坊をからかっている場合じゃねぇだろ。その呪いに関する話に全神経を集中させやがれ。つまり、今は冒険者試験でクリアすることが最優先。それ以外で脳容量を使うことは大罪に等しいと俺のコスモとガイアがうなって――」
いつもの調子でファントムに言葉を重ね、空気を逸らそうとする。
これ以上踏み込ませないための、必死な防御策。
だが、その途中で、シグレの手がゼンの手首を掴んだ。
ぎゅっと、逃がさない力で。
ゼンは言葉を失い、その場に縫い止められる。
「冒険者試験に落ちたら、あたしは死んでまう。それはまあ、最悪別にええんやけど……」
「……いいわけねぇだろ。頭わいてんのか、殺すぞ」
「そうやな。けど、どうせ、人はいつか死ぬやろ? 遅いか早いかだけで……だから、それ自体はええねん」
「……」
「問題なんは、何もできずに死ぬこと……やるべきこととかやりたかったことを全部成してから死ぬんは、正直、別にええ。この感情はわかるやろ?」
「それに関しては、わからんでもないが……とりあえず、近いので、ちょっと離れてくれない?」
言葉とは裏腹に、シグレは距離を詰めてくる。
肩が触れ、体温が伝わり、呼吸が近づいた。
ほとんど絡みつくような距離だった。
ゼンは身を引こうとしたが、シグレの視線と動きが、それを許さない。
ゼンの制止を完全に無視して、シグレは続けた。
「死ぬほど惚れた男に抱かれた想い出があれば……最悪、今回の試験で落ちて死んでも、後悔はない。というわけで、頼むわ。あんたの全部をあたしに刻んで」
言い切ると同時に、シグレはゼンをベッドへと押し倒した。
一切の迷いがない動きだった。
男前と言うほかない求愛。
ゼンの顔が、みるみる赤く染まる。
「わかった。シグレ姉さん、了解だ。あんたの想いは理解した。何があっても、絶対に冒険者試験には合格してやる。絶対にだ。俺の命と誇りにかけて誓おう。というわけで、もう十分だ。もうそれ以上――」
言葉は、最後まで続かなかった。
シグレが身を乗り出し、ゼンの唇を塞ぐ。
むさぼるように、奪い取るように。
朝チュン。




