157366話 アンサー。
157366話 アンサー。
キーボードの上に乗せた指先で、無意識にエンターキーの端をトントンと叩きながら、丁寧に彼我の差を計算していく。
数字を頭の中で並べ、ラストとセンエース、そして自分のドラフトの出力を比べる。
そこに情緒や願望は一切混ぜず、現実だけを冷たく積み上げる。
「これまでの1000倍以上……タイムリープできるか?」
自分に問いかける。
虚勢抜きで、リアルに、自分の限界と向き合う。
頭の中に、分かりやすい比喩が浮かんだ。
――仮に、すでに2分ほど息を止めているとする。
視界の周りが暗くなってきて、顔はパンパンで、今にも酸欠で倒れそう。
そのタイミングで、『あと三日息を止めてください』と言われて。
『できる』と言えるかどうか。
それが今のトコの心境。
「無理やな」
トコは、冷静に、自分の底を推しはかる。
唇が乾き、笑う余裕すらなく、小さくそう結論づけた。
「……あたしには期待できん。けど、ゴリゴリの出力さえ確保できれば、センエースはラストに勝てる……」
理解と現実を重ね合わせていく。
センエースがどれほどバグった男かは、自分が誰より知っている。
その暴力的なまでの適応力と、理不尽をねじ伏せる根性を、何度も何度も文字にしてきた。
「となれば……」
トコは決断を下す。
迷いの隙間を、自分で潰すように。
そのまま、机に向かって、転生文学センエースを書きなぐった。
画面のエディタを新規作成し、指が追いつかないほどの速度でキーを叩く。
これまで以上に、徹底的に、センエースの本質を描いていく。
恐ろしくバカで、性根が腐っていて、言動がイカれていて、
――そして、この世界で最も高潔で美しいヒーローを描き切る。
文字数カウンターがぐんぐん伸びていく。
保存のショートカットキーを、これでもかというほど連打しながら、トコは、ひたすらセンエースを書いた。
★
――トコの背後で空気が割れた。
パソコンの排気ファンの音とはまるで違う、世界そのものが悲鳴をあげるような音。
バチバチと火花のような音を立て、部屋の中心あたりの空間そのものが、グニャリと鋭敏にひずむ。
蛍光灯の光がふっとにじみ、壁の輪郭がうすく溶けて、その一点にだけ、色が吸い込まれていく。
部屋の温度が一瞬で変わる。
冷たくも熱くもない、しかし現実感のない風が、床をなでるように流れ込んだ。
トコは、黙ってそれを見つめていた。
モニターの電源はすでに落ちていて、黒い画面には自分の姿すら映っていない。
静まり返った部屋の中央で、
――トコは完璧なオシャレ状態で佇んでいた。
髪も、爪も、服も……全てを人生最高の極限状態にまで仕上げている。




