157359話 大事なもの。
157359話 大事なもの。
トコの震えは小さいのに、必死さが痛いほど伝わってくる。
彼女の震えを前に、センの心も揺れる。
人間的な脆弱さに押しつぶされそうになる。
けれど、センは奥歯をかみしめ、深く息を吐き、惰弱な感情を押し流す。
顔を上げた時には、いつものヒーローの面構え。
わざとらしいほどの軽口で世界をケムに巻こうとする。
「ワガママ言うな、トコさんよぉ。ここまで自力でやってきたんだから、フィニッシュも『自分の手で決めたい』という、その気持ち……分からないではないが――」
「あんたが死ぬんは嫌やぁああ言うてんねん、ぼけぇええ!」
叫んだ声は掠れていた。
涙で濡れた瞳が、必死にセンを捉え続けている。
センは、笑う。
「……そうか。変わってんな。まともなヤツは、俺みたいな変態を見かけると死んでほしいと思うものなんだが」
どんな極限でも道化を演じるイカれた閃光。
トコは、
「まだ……なんかあるはずや……タイムリープに制限はない……まだ、いくらでも挑戦できる……だから……」
涙を拭うことも忘れ、ただ縋るように言葉を重ねた。
彼女の肩は震え、息が乱れている。
そんな彼女に、センが真摯な声で、
「お前のタイムリープ……本当にノーリスクか?」
「……」
センの静かな問いに、トコは目を伏せた。
沈黙が、何よりも雄弁にその重さを語っていた。
「なんかあるんだろ? 教えろよ。どうせ、タイムリープしたら記憶はなくなるんだ。教えてくれても、不都合はねぇだろ」
その言葉に、トコは唇を噛む。
伝えるべきか、黙るべきか。
心の奥で揺れるものに耐えきれず、
最終的に彼女は、
――合理性皆無の感情論を優先した。
「大事な記憶が……薄れる……」
「なるほどな。ちなみに、何を思い出せない?」
「あんたと初めて出会った時から、その後いろいろあったこと……全部忘れた……」
「……」
センは、黙った。
その意味が分からないほど鈍くはない。
喉の奥に、ひどく重いものが引っかかる。
トコはセンの表情を見ながら、ぽつり、ぽつりと続けた。
「直近数十回ぐらいの出来事はだいたい覚えとる。記憶の消去は、ロケットエンピツみたいに、古いのから実行される。せやから、事前のループで経験したこととかはほぼ忘れてへん。けど、数百回ぐらい前に、あんたと何を話したかとか……そんなんは完全に消えた……心が折れてあんたに頼ったんは今回だけなはずがない。大事な会話とかも一杯あったと思う……たぶん、それまでのどこかで、あんたから、同じように、『任せろ』『大丈夫』って言ってもらったことがあるんやと思う。けど……覚えてない……なんにも……覚えてない……なにも……なにもぉ……」




