157353話 心殺す、そろそろ飛ぶスロース。
157353話 心殺す、そろそろ飛ぶスロース。
骨も血も、悲鳴も祈りも、全てが一瞬で押し固められた塊となり、
――闇川の巨大に広がった口へと消えていく。
声にならない声が、空気の震えだけを残してすぐに途切れた。
そのあまりにキモい光景を見て、トコはまたゲロを吐きそうになった。
胃の奥がぎゅっと縮み、喉の奥まで酸っぱさがこみ上げるが、歯を食いしばってこらえる。
肩を震わせながら、視線だけはそらさず、その悪夢を見届けていた。
止める間もない速攻の大量捕食。
その凄まじさは、異能の戦闘というより、自然災害の発生に近かった。
ほんの一瞬、世界がまばたきをしたと思ったら、もう全てが飲み込まれている――そんな速度。
トコは、『ただでさえ追い込まれていた精神』をゴリっと削られるような感覚に襲われ、胸の奥に冷たい手を差し込まれたように、息が浅くなる。
大量捕食の結果、闇川の中で、『スロース』が進化する。
実のところ、ヴァルハラ軍団だけでは、スロースがうまく機能していなかった。
ただの模倣と怠惰の塊にすぎなかったものが、
いま大量の捕食によって、闇川の内側で奇異な革命を始めていた。
――スロースの力は、
『力を安易にコピーする』だけではなく、
『敵の心を削る力』もある。
圧倒的な捕食で肥大したスロースの力が闇川の内側でうねる。
闇川から放たれる視線一つ、呼吸一つが、トコの心をじわじわと蝕んでいく。
視線が合うたびに、胸の中に沈殿していた不安や疲労が、かき混ぜられ、増幅して返ってくる。
知らぬ間に奪われていたやる気が、じわじわと底から漏れ落ちていく感覚。
トコは肩を震わせた。
足元から力が抜けていくような錯覚に襲われる。
呼吸が乱れ、肺の奥に入り込む空気さえ重く感じられた。
トコの戦意がゴリゴリと削れていく。
気づけば、握り締めていた拳の力も緩み、
背筋に冷たく細い汗が一本伝い落ちる。
「……っ……なに……これ……」
倒れそうになるトコを、センが支えながら、
「おっと……これは……『イタズラな領域外の牢獄』か……」
「なに……それ……」
「心を殺しに来る魔法みたいなもんだ……やばいな……このエグさ……俺ならいけるが、お前じゃ無理だ」
「……」
ナメるなと言いたかった。
しかし、事実として、心が抵抗を拒絶する。
「これ……ほんま、えぐい……ぶっちゃけ、今、全部投げ出して死にたい……セン、あんたは、ほんまに――」
「ああ、大丈夫だ。俺なら耐えられる。お前は寝てろ。俺がどうにかする。ここまでくれば、流石に俺案件だ。他人には任せられねぇ」
センはそう言い捨てながら、静かに一歩前へ出た。




