73655話 死期折々に揺蕩(たゆた)いて。
73655話 死期折々に揺蕩いて。
目の奥に宿る光も鋭さを失う。
まるで娘を気遣う父親のような……状況を測ろうとする色に変わっていた。
トコは、死んだ目で天井を見つめながら、
「これは……キッツいなぁ……」
声は乾ききっていて、感情の温度がどこにもなかった。
燃え尽きた灰が、口の形だけを借りてしゃべっているような、そんな響きだった。
「はぁ?」
センは眉をひそめ、トコの言葉の意図を測りかねる。
その反応すら、トコには遠い世界のことのように思えた。
「あんた、これを何百兆年もやったってマジ? なんで、耐えれたん?」
「……何言ってんのかわかんねぇ。幼稚園児にも分かるようにかみ砕いてくれ。俺はお前と違って、頭が悪いんだ」
「……あかんわ、これ……心、えぐれる……」
トコは、呼吸を整えることすら忘れたように呟き、
椅子の肘掛けにすがりながら立ち上がった。
足元がふらつき、床に影がゆれる。
その動きには力がなく、重力に引きずられるようにセンの方へ近づいていく。
そして、子供が父親に縋りつくように、
トコはセンに抱き着いた。
細い腕が、震えている。
センの胸元で、トコの額がこつんと当たる。
体温が如実に伝わる距離。
「……何の真似だ?」
センは戸惑いと困惑を混ぜた声で問い返す。
怒りでも威圧でもなく、本当に意味がわからないという調子だった。
トコは、震える息のまま、
「だまっとれ、殺すぞ」
と言い放った。
その言葉に、感情は乗っていなかった。
ただ『涙の重みに耐えかねた心』が、パリンと割れて弾けただけ。
「お前が? 俺を殺す? それは厳しくねぇか? 俺は核でも死なねぇぞ」
「知っとるわ、ぼけぇ」
そこで、トコの目から涙があふれる。
堰を切るように、ぽたり、ぽたりと落ちていく。
それは静かで、しかし止まらなかった。
我慢していた想いが、限界を超えてあふれ出した。
彼女の涙で、センの羽織が濡れた。
青い布地に、小さな点が次々と染み込んでいく。
センは、困惑を隠しきれない表情で、
「情緒、どうした?」
と問いかけた。
問いながらも、トコの背に手を添えるでもなく、ただ立ち尽くしている。
どう扱えばいいのか分からず、動けないという様子だった。
トコはセンにしがみつき、ひたすらに泣いて、
嗚咽して、
声にならない空気の震えを何度も吐き出した。
ついには、こみ上げるものを抑えきれず、
「うぇえ……」
と、センの羽織に吐いた。
温かい液体が布越しにじわりと広がり、
酸味の強い臭いが、部屋の空気を一変させた。




