6050話 代償。
6050話 代償。
――夕暮れ過ぎ。
トコはひたすら、パソコンの前で文章を紡いでいた。
カメラが入っていない刑務所の中のセンエース物語は、
情報に飢えている読者を大いに沸かせた。
ヒッキエスの物語に続いて、チャーリーの章も投入……しようとしたところで、
トコの中に『未来の意識』がガツンとぶち込まれる。
「ぷはぁあ!」
蘇った時のユズみたいに、
肺一杯に酸素を吸い込むトコ。
「はぁ……はぁ……」
心底しんどそうな顔で、天をあおいで、
「くそが……また、負けた……」
トコは机に突っ伏しそうなほどに肩を落とした。
指先がかすかに震え、目の奥には涙が滲んでいる。
息を吸うたび、胸の奥が焼けるように痛んだ。
「しんどぉ……」
血の気が引いた顔は紙のように白く、頬を伝う汗が冷たく感じられた。
だが、その目だけはまだ光を失っていない。
敗北の悔しさを呑み込み、息を荒くしながらも、彼女の瞳には微かな炎が宿っていた。
「まあ、でも……次は行けそうやな……あともうちょい経験値を稼げれば……普通に勝てる……はず」
自分に言い聞かせるように、トコは小さくうなずいた。
深く息を吸い、背筋を伸ばし、指先をキーボードへと滑らせる。
肩の力を抜くと同時に、目の奥に再び闘志の色が差した。
カタカタ、カタカタ――。
打鍵の音が部屋の空気を切り裂く。
文字が怒涛のように画面を埋め尽くしていく。
まるでタイピングの大会で優勝を狙うかのような、正確無比で爆速の打鍵。
トコは書く。
センエースが歩んできた軌跡、掴み取った希望、そして失ったもの――それらを、情緒たっぷりに綴っていく。
そこに迷いはなかった。
言葉は刃のように鋭く、同時に祈りのように静かだった。
文章力が、次元違いに進化していた。
前日に投稿された作品とは、全てが違っていた。
比喩の精度、情景の深み、構成の緊密さ――すべてが異常なまでに洗練されている。
コメント欄は瞬く間に沸き立った。
『天才だ』『覚醒してる』『人間じゃない』――そんな言葉が次々と流れ、世界中の読者が驚愕する。
評論家たちも口を揃えて称賛した。
ノーベル文学賞作家のひとりは、
『こんな文体を前にすると、自分が何を目指していたのか分からなくなる』
と語り、
ある詩人は、
『この文章には魂の震えがある』
と評した。
しかし、トコの顔に変化はなかった。
世界がどれだけ褒めようと、彼女の心は微動だにしない。
理由は単純。
――それを自分の手柄だと思っていないから。
そして、
――世界が爆発的に褒めてくることにも、もう慣れ果ててしまっていたから。




