9話 倫理。
9話 倫理。
ここで動かなければ自分を誇れないという正義感に突き動かされる刑務官。
世の中、決して、クズばっかりじゃない。
自分の職務に『強い誇り』を持つ者も一定数は確実に存在する。
――覗き窓のスライドがシャッと開く。
「ど、どうしたぁ!?」
中を見て、刑務官は言葉を飲む。
最初に、『両手で目を覆っているベア』が視界に入る。
続けて、センと目が合った。
センはにこやかに微笑んで、
「どうやら、目が痛いそうですよ。ちなみに、俺は何もしておりませんので」
刑務官は、言葉を失いつつも、ここで『人としてすべきこと』を考える。
いまだ、頭の中で、上からの命令がリフレインしている……が、
それでも、刑務官は迷わず無線の送信ボタンを押した。
「医療コール。二階東、個室E-12。受刑者が急性の視覚異常を訴えている」
数秒の沈黙。
どうやら、向こう側でも逡巡している様子。
この状況で医療コールが鳴って、『センエースの関与』を疑わない者はいないだろう。
『センエースの問題には関わりたくない』
『上からもそう命令されている』
……『動かなくていい理由』が先行するが、
しかし、しばらくして、スピーカーが声を返す。
『……医務搬送を許可。補助一名を付けるように』
刑務官は短く『了解』と返す。
そこで、刑務官はセンに視線を向けて、
「私一人で大柄のマーカスを医務室まで運ぶのは難しい。……手を……貸してほしい」
助けを請われたセンは、にっこりと微笑んで、
「はい、よろこんで」
ベアの肩に簡易保定ベルトが掛けられる。
手錠と腰鎖を追加。
センと刑務官、二人でベアの両脇を支える。
医務室までのルートが一つずつ開いた。
ほどなくしてストレッチャーが廊下に出てくる。
サポートにきた3名の刑務官が、センエースをチラ見しつつ、ベアをストレッチャーに乗せた。
刑務官の背後に追従してきた看護師が瞳孔ライトでベアの眼球を確認。
その間に、刑務官が、上に報告をいれている。
「対象を医務室に収容。状態は不明。眼球に傷などはなし。……ま、まるで『魔法』のように、視覚を奪われている」
刑務官の『抵抗』のような報告。
彼の視線の端にはセンエースがいる。
彼は暗に、上へ『センエースが魔法で視力を奪ったのだろう』と報告したのであり、上もセンもそれを理解している。
ドアが閉まり、インジケーターが緑から赤に変わる。
通路には足音だけが戻った。
★
知らせは早かった。
医務室のドアが閉まる前から、噂は疾走。
鉄と鉄のあいだを跳ねて、全棟に広がった。




