4話 命令の権限。
4話 命令の権限。
作業場の通路を、熊みたいな影がふさいだ。
マーカス・ロウランド。
通称ベア。
分厚い腕、丸太みたいな足。
大量の濡れた布を片手で担いだまま、近づく。
「具体的に言えよ。それがお前の仕事だろ」
リーダーであるベアの命令は絶対。
「情報統制が厳しすぎて、ほとんど何もわからなかった……が……どうやら、噂によると……『キング〇ングとスーパーマンを合わせたみたいなやつ』が暴れているって話だ」
「バカか、お前。程度の低いジョークを言いやがって。逆に面白かったぞ」
ベアは鼻で笑い、網袋を作業台に投げた。
ラットは、不愉快そうな顔で、
「お、俺だって、別にそのまま信じているわけじゃない。ただ、そんな噂が流れるような何かがあったのは間違いないんだ」
洗濯槽の水面みたいに、胸の底だけがざわつく。
――乾燥機の扉が、またひとつ閉まる。
覗き窓の小さな丸ガラスがカタリと鳴った。
まだ、監獄内の受刑者は、誰も知らない。
その『キングコ〇グとスーパーマンを合わせたみたいなやつ』が、
いままさにゆうゆうと、門をくぐったことを。
★
――正門をくぐると、センはそのまま管理棟へ回された。
廊下は緑のペンキが鈍く光り、古い蛍光灯が低く唸っている。
扉が開き、所長室のプレートが視界に入った。
机には書類の山と、型落ちの多機能電話。
所長は細い眼鏡を押し上げてから椅子を立った。
「ひとつだけ約束してくれ。ここで暴れないでほしい」
センは笑った。
「俺に『その命令をしていい権限』が、自分にあると思うか?」
所長の喉仏が小さく上下する。
センは続けて、
「俺は自由に生きるさ。渋谷だろうと監獄だろうと。誰も俺を『本当の意味で拘束すること』はできない」
沈黙が数拍だけ措かれ、所長は諦観するように、短く頷いた。
そのまま、『同席している刑務官主任』に視線を向けて、
「受刑手続きを通常どおりに進めろ」
刑務官主任が頷いたのを確認してから、
所長は、センにチラと視線を向けて、
「……ようこそ、サン・クエンティンへ。……来てほしくなかったがね」
心底しんどそうに、この災害を受け入れた。
★
休憩時間の鐘が鳴り、空気が一段ゆるむ。
潮の匂いと砂の粉っぽさが混ざり、午後の光が鉄条網で裂かれた。
ヤード(運動場)の中央に輪ができ、『痩せた男』が背中を丸めていた。
――彼の名はヒッキエス・トレージ。
センが来る少し前に収監されたばかりのピッチピチの新人。
ハーバード卒の金融コンサル。
筋肉は薄く、眼差しだけが観念的に鋭い。
――新鮮なニュービーの彼は今、監獄の洗礼を受けていた。
「も、申し訳ないが、面倒事に巻き込まないでほしい。おれは穏便に刑期を終えて出ていきたいだけだ。誰の邪魔をする気もない」




