第26話 視覚共有の向こうで。
第26話 視覚共有の向こうで。
――日本。
六畳ワンルーム。
「……うわ、えぐぅ……」
薬宮トコはベッドに仰向けになり、まぶたをぎゅっと閉じた。
今、視覚はセンとつながっている。
まぶたの裏に見えるのは――ワシントン、地下の豪奢な会議室。
大理石の床、木張りの長机、散乱する資料。
各国の高官たちの顔面が青ざめ、手から書類が滑り落ちる。
「おいおい、どうすんねん……まさか、ホンマに殺すんか?」
トコの心臓が一回、大きく跳ねた。
それでも視線をそらせない。
自分だけに許された『怪物の視界を覗く快感』が、逃れがたく身体を支配している。
★
――ワシントン、秘密会議室。
「わ、われわれは、君と……交渉がしたい」
かすれた声で言葉を紡ぐ者がいた。
机の向こうに並ぶひときわ年嵩の財務官。
顔中に冷や汗がにじんでいる。
「我々は国際金融の安定を守る責務がある。措置は一時的かつ段階的で、目的は秩序回復に限られる」
言い訳と弁明がつらつらと続く。
二十の表、三十の先例、正当性の主張。
どれもが自らを守るための針金細工。
センは、ダルそうな顔をする。
左手の小指で耳クソをほじりながら、
「……うるせぇなぁ……聞いてねぇことをべらべらと。……お前の演説はどうでもいいから、俺の質問に答えろよ。どっちだ? 今かあとか。……それとも、さっきの演説は、『今、死にたいです』っていう遠回しのメッセージなのか? 察しが悪くて悪いな。じゃあ……死ね」
センはそう言いながら、彼に右手を向けた。
財務官は、あわてて、
「い、いえ、めっそうもない!! あとで! 後で死にたいです!!」
声が跳ねる。
その声にビビッて、反射的に誰かが床にひざまずいた。
財務官の必死の弁解――自分だけは生き残りたいという本能が、言葉を震わせる。
「そうか。ま、そうだよな。誰だってそうさ。お前らが『机の上だけで選んだ利己の選択』によって死んでいった連中も、みんなそう。でも、空論だけで、ごちゃごちゃ屁理屈をこねていると、いつもそのことを忘れてしまうんだ。……勘違いするなよ。それが悪いとは言ってねぇ。人間にできることは限界があるからな。……問題なのは、てめぇの無能さすら、へたしたら忘れてしまうってこと。情けない話さ」
センは淡々とそう言うと、腕を伸ばして机上の資料を雑に払いのけた。
紙片が空中でひらひらと踊る。
「……ちなみに、俺、世界征服とか興味あるんだけど、どう? できそうかな? バカな俺じゃ無理かな?」
無邪気な調子。
戯れのような問いだが、場の空気は笑いを許さない。
誰も愛想笑いすらできず、顔がひきつっている。
(な……何がしたいんだ、この悪魔は……人で遊んでいるのか?)
幾人かの瞳が言葉にならぬ恐怖を訴える。
「おいおい、マジな顔するなよ。ちょっとしたシャレだぜ。笑えよ」
硬直して微動だにしない者が数名。
どうにか無理して笑ってみせる者が数名。
笑いは乾いて、すぐ消える。
「場も和んだことだし、本題に入ろうか。お前らに一つ相談がある。聞いてくれるか?」
囁くような期待と拒絶が入り混じる。
「ま、まさか、国をよこせ……とでも?」
「いや、違う。俺を、『この国で最も凶悪な犯人が集まる収容所』に入れてくれ」
言い放たれた瞬間、会議室の温度が変わる。
高官たちは互いに顔を見合わせる。
驚愕と困惑と、どこか失笑に近い感情が交錯する。
「……は?」




