16話 応接室の審判。
16話 応接室の審判。
センは椅子に腰を下ろした。
背筋を伸ばし、静かに口を開く。
「……お前らが最高クラスに有能なのは理解している」
その言葉に、下を向いていた高官たちが思わず顔を上げた。
一斉に視線がセンに注がれる。
「主計局の予算査定は芸術だ。主税局の制度設計も一級品。理財局は国債を市場に流し続け、国際局は圧力に耐えて交渉の席に立ち続けた」
幹部たちは息を呑んだ。
センの言葉は罵倒ではなく、本心からの評価だった。
眼鏡の奥が滲み、唇を結ぶ顔もあった。
一瞬、肩の力が抜ける者があり、ペンを握る手がふっと緩むのが見えた。
書類の端が小さく波打ち、机の上のコーヒーの表面が波紋を広げる。
張り詰めていた心の奥が震え、こらえていた感情が揺らぐ。
「だが――お前らが見てきたのは『国民』ではなく『海外』だ。IMF、OECD、アメリカ財務省。彼らの要求に従い、消費税を上げ続けてきた」
沈黙。
時計の秒針だけが響く。
やがて理財局長が、深く疲れた声を漏らした。
「……は、敗戦国に権利はないのです。われわれは永遠に戦後を生きなければならない。当事者は誰も残っていないのに、一生、責任を取らされ続ける……。格付け会社に怯え、米財務省に呼び出され、OECDで叱責され……。我々は、戦後ずっと清算を続けさせられてきたのです」
主税局長がうつむき、低く続けた。
「消費税は痛みでした。だが、あれがなければ政治は海外の圧力に耐えられなかった。何とかしようともがいてきた。それでも――国民に恨まれるのは、いつも我々です」
主計局長が唇を噛み、声を震わせる。
「徹夜で査定を重ね、省庁と戦い続けた。国を持たせるために必死だった。だが、その果てにあったのは……国民に痛みを押し付ける仕組みだった。私だって国民の一人だ。その痛みは、理解している……」
応接室に重いため息が広がった。
それは嘆きであり、告白でもあった。
センは静かに頷いた。
「お前らは、この国を守るために戦ってきた。だが勝てなかった。海外の力が強すぎた。敗戦国の枷は、お前らの腕を縛り続けてきた」
幹部たちは顔を上げられなかった。
だがその沈黙の奥に、わずかな安堵が宿っていた。
目先の責めから一瞬解放されたように、目元がゆるむ者がいる。
「今日から変われ。今後は国民のために働け。海外に怯えるのはもう終わりだ。お前らの能力は、本来、この国を救うためにある。それだけの力がある。お前らの知性は、事実として、この国の頂点だ」
その言葉は雷鳴のように胸を打ち抜いた。
恐怖ではなく、心の奥を揺さぶる衝撃として。
幹部たちの瞳が揺れた。
屈辱か、恐怖か、それとも解放か。
長年背負わされてきた鎖が、いま外れていくように感じられた。
センは背もたれに軽く身を預け、視線だけを鋭く切り替えた。
机の上の書類にのった眼鏡のレンズが、蛍光灯を淡く反射する。
「言っておくが、今後、少しでも売国的な動きを見せたら問答無用で殺す。地獄を見せてから殺す。それを念頭において仕事をしろ。お天道様は見ているってやつだな」
その言葉が落ちた瞬間、応接室に凍りついた空気が走った。
書類をめくる指が固まり、呼吸が一つ詰まるのが伝わる。
一番上座にいた事務次官が、
反射的に椅子を蹴り飛ばすように立ち上がり、
次の瞬間にはセンの足元にひざまずいていた。
「……はい……従います……神よ……」
その額は床に擦れ、両手の指が畏怖で震えていた。
他の幹部たちも声を失い、
誰一人として逆らう素振りを見せなかった。




