13話 ヘドで溺れそう。
13話 ヘドで溺れそう。
センの眼差しは氷のように冷たかった。
「……勘違いがエグすぎて吐きそう」
その言葉が、すべてを断ち切った。
空気が張りつめ、毒谷の背筋に冷たいものが走る。
「武力で勝てないからといって、俺を『ヘドで溺れさせようとする』とは、なかなか狡猾じゃないか。一本とられたね」
「い、いえ、そんなつもりは、まったく――」
「……最初に言っておくが、俺が一番嫌いなのは日本だ。もっと言えば、日本政府と官僚だ。優れた国力をまったく生かせず、汚職ばかりを繰り返すクズども」
毒谷の心臓が跳ねた。
だが、一瞬気圧されただけで、本気で恐れていたわけではない。
なぜなら、毒谷は、『自分は殺されない』と強い自信を持っていたから。
彼も汚職は散々やってきた。
しかし、何重ものペーパーカンパニーが自分を守ってくれる……と信じている。
責任を押し付けるために、名義だけ貸した理事、幽霊役員、書類上の代表――そんな『スケープゴート』を丁寧に狡猾に何人も用意していた。
たとえ、どんなにハックされても、自分の名が直接浮かぶことはない。
だから、闇川総理のように粛清されることはない――そう確信していた。
だが、センは一切のためらいなく告げる。
「復興基金を迂回させ、実態のないNPOとペーパーカンパニーを通して中抜きしたな。表に出るのは『名義だけの理事』や『幽霊役員』。お前は安全圏から金を吸い上げ、全部そいつらに押しつけてきた」
毒谷の顔色がみるみる蒼白になる。
正面から捉えていた毒谷専用カメラのレンズが、一瞬だけぶれる。
カメラマンが『これは撮っていいのか』と迷ったのだ。
だがSPの鋭い視線に気圧され、再び毒谷の顔へと焦点が戻る。逃げ場はない。
「ゼネコンや下請けに『財務省の承認印』を盾に口利きを強要した。断った会社は徹底的に潰し、逆らった役員は見せしめのように自殺に追い込まれた。全部、『替え玉』に責任をかぶせてな」
「ど、どうして……! わ、わかるわけ――」
「部下へのパワハラも同じだ。決裁印を握って脅し、『自分がハンコを押さなければ予算は下りない』と。耐えきれず辞めた若手職員は山ほどいる。退職金も出さず、『自主退職』に追い込んだ。お前は、それを笑いながら見ていた」
報道カメラが、そのやり取りを克明に映す。
群衆のざわめきが、警備線の外で爆ぜる。
SNSは一瞬で埋まった。
【SNS】
〈ペーパーカンパニー……完全に汚職じゃん〉
〈だから財務省は信用できないんだ〉
〈センがいなきゃ絶対表に出ない真実〉
毒谷は震える声を絞り出した。
「ま、待って……! ちがっ……私はただ制度を――!」
「黙れ」
センの声は静かだった。
だがその静けさは、雷鳴よりも重い。
「闇川もお前も……なぜそこまで腐ることができる? 金と権力だけあったって幸せになれないってことが、どうしても理解できないか?」
掌を一振りすると、空気が裂けるような小さな音がした。
次の瞬間、毒谷の右腕が肩口から無残に引き剥がされるように吹き飛んだ。
スーツが裂け、関節の軋みのような鈍い音。
血が噴き出し、専属カメラのレンズに赤がはねる。
カメラマンの手が一瞬震え、報道ヘリの風切り音が耳をつんざいた。
「ぎゃあああああッ!」
血を撒き散らしながら地面に転げ回る毒谷。
センは一瞥すらくれず、冷たく言い放った。
「中抜き用の算段をしている暇があるなら、死ぬ気で国の再建を考えろ。俺という存在は、日本にとって最大のチャンスのはずだ。それを利権にすり替えようとするお前のようなゴミが、日本を腐らせてきた」
毒谷は、センの言葉などまったく聞いておらず、
「ひぃ! ひぃいい!」
顔を蒼白にし、血を撒き散らしながら這うようにして逃げていった。
センは、去りゆく背を見送ることもなく、低く吐き捨てる。
「……この期に及んで、まだ、醜い豚になれるとはな……人の醜さにはおそれいる」
そこで、センは、上空を飛んでいる報道ヘリに向かって指をさす。
テレビカメラが自分を抜いていることを確認してから、
「――財務省。今から行く。首を洗って待っていろ」




