Act.049:自然な仕草とまじない
「これほど、やりがいがある仕事になるとは思わなかったぜ」
詩織のプロとしての活動歴も、所詮はアイドルで、人より少しは歌が上手い程度にしか考えてなかったはずの椎名も、詩織の生歌を聴いて、少なからず感動をしたはずで、その感動を絶対に映像に映し込みたいとの決意が、そう言わしめたのだろう。
普段の気怠い雰囲気がまったく消えていて、椎名の目が生き生きと輝いていた。
「曲の構成は、今と同じですよね?」
リーダーの玲音が椎名の問いに「そうです」と答えると、椎名は、固定カメラの近くに戻って、メンバーを見渡した。
「今、頭の中でまとめた映像のイメージを話します。まず、イントロはキーボードさんの手元、全体の伴奏が入ると固定カメラに戻して、歌い出しは桐野。もちろん、顔は正面から映さないが、口の動きが分かる程度に斜め後ろから撮る。その後、固定、ベース、ドラムと回して、また、固定。サビに入ると桐野、中間のピアノとギターソロはそれぞれのアップ。最後のサビは固定と桐野、最後は固定という切り替えをざっくりと考えました。もちろん、できた映像を見て、最終的には判断します」
「アタシら、よく分からないから、撮影に関しては、椎名さんにお任せしますよ」
玲音の意見に、メンバーから反対は出なかった。
「分かりました。じゃあ、本番、行きましょうか?」
「よし! じゃあ、やるぜ!」
玲音がメンバーに発破を掛けた。
詩織と玲音、そして奏がアンプやミキサーのボリュームを絞った。前回録音した音源CDをスタジオのスピーカーで流しながら演奏をするためだ。ドラムだけは音が出てしまうが、椎名の準備したカメラは録音レベルをゼロにしていた。
椎名は、イントロでのキーボードの手元を撮るため、奏の近くに行き、カメラを持ってスタンバイした。
「じゃあ、始めるぜ」
ミキサーにつなげている携帯用CDプレイヤーのスイッチを押す前に、再び、メンバーを見渡した玲音が、「奏!」と声を掛けた。
「な、何?」
奏が、少し、びくついて返事をした。
「顔が引きつってるぜ。椎名さんが近くにいるからか?」
「玲音! そんなこと、本人の前で言わないでよ!」
「また、図星かよ」
「ま、まあ、それもあるけど、こんなに近くで撮影なんてされたことないから、それで緊張してるのよ」
「まあ、気持ちは分かるけど、集中しようぜ」
「それは理解してるんだけど……。詩織ちゃんは、こういうの慣れてるよね?」
「そうですね。昔は、追い掛けてくるカメラのレンズを見ながら、ずっと、歌ってましたから」
「緊張しないためのコツは何かあるの?」
「コツと言われても」
「カメラの存在を忘れてください。俺が見えているでしょうけど、いないと思ってください」
椎名が詩織に代わってアドバイスした。
「そう言われても」
「とりあえず、やってみようぜ!」
玲音が、奏の心配を断ち切るように、威勢良く言った。
「分かったわ」
奏も真剣な表情でスタンバイをした。
玲音がCDプレイヤーのスイッチを押した。
ガイド用のクリック音が四回カウントされてから、ピアノのイントロが流れ出した。
奏も、プロのピアノ講師だけに、緊張して、出だしのタイミングや演奏を間違えるということはなかったが、奏とほぼ向かい合わせに立っている詩織は、奏の表情がやはり硬いことに気づいた。しかし、詩織がそれを顔に出すと、かえって奏が気にすると思い、詩織は自分の演奏と歌に全力で集中した。
キューティーリンクは、コンサートはもちろん、歌番組でも口パクはしていなかった。これは事務所の方針でもあり、歌が好きな詩織が、曲がりなりにも三年近く在籍していたことの理由でもあった。もっとも、PVの撮影では、録音と録画のそれぞれのスタッフをいつまでも拘束しておく訳にはいかないから、今と同じような別録りをしていて、録画は口パクであった。
しかし、今、詩織は、再生されている自分の声に負けないように、実際に歌った。この曲に込めた想いは、口パクでの映像では通じないと思ったからだ。
椎名が、話したとおりの順番で、メンバーの間を縫うように移動していたが、詩織は、それがほとんど気にならなかった。それも、昔、二、三台のカメラで囲まれても、平然と歌っていた頃にできた耐性だろう。
また、玲音と琉歌は、バンド活動自体が長いことから、PV撮りの経験も何度かあるのだろう。椎名の存在が、それほど気になっていないようであった。
しかし、ロックバンドなど高校生以来の奏は、PVの作成をしたことはないはずで、結局、曲の最後まで、その表情が和らぐことはなかった。
曲が終わった。
「奏、表情が硬いぜ」
玲音が情け容赦なく奏に指摘した。
しかし、それは、バンドのリーダーとして当然のことだ。
「ごめん。自分でも分かってる」
奏が元気なく答えた。
「切ないバラードですから、無理に笑顔になる必要はないですけど、カメラを意識しすぎですね」
椎名からも駄目出しされてしまった。
「さっきも言われて、自分ではそのつもりだったんですけど、どうして意識してしまって」
「奏さん、何回もやっていたら、慣れますよ! とりあえず、もう一回、やりましょう!」
詩織は、奏を励ますため、できるだけの笑顔で言った。
一時間ほど撮影を続けて、休憩時間となった。
一番年下の詩織が気を利かせて、全員分のジュースを待合室の自販機で買って、スタジオに持ってきた。
「はい、椎名さんはコーラですよね」
「俺の好みを憶えていてくれたのか?」
「いつも仕事をさぼって飲んでますからね」
「オーナーには内緒な」
「分かりました。玲音さん、ビールじゃなくて、コーラですけど良いですか?」
「ありがとう、おシオちゃん! ビール飲むと確かに馬力は出るけど、乱れすぎる危険性があるからなあ」
「うふふ、琉歌さんもコーラですよね」
「ありがと~、以心伝心だね~」
「琉歌さんの部屋には、コーラの空き缶がいつもありますもんね」
「もっと掃除するようにするよ~」
と言いつつ、絶対に掃除することはないことを白状している琉歌の笑顔に、詩織も笑顔を返すと、椅子に座って黄昏れている奏に、紅茶のペットボトルを差し出した。
「はい、奏さん。奏さんは、お酒以外では、紅茶が好きなんですよね」
「……ありがとう、詩織ちゃん。それで、ごめんね」
「全然、大丈夫ですよ」
「自分でも、ここまで蚤の心臓だとは思わなかったわ」
そう言うと、奏は、「はあ~」とため息を吐いた。
「今、思い出すと、音大時代も普通の演奏会とかだと、そうでもないんだけど、コンクールとか、それもビックタイトルに限って、緊張して普段の力が出せなかった気がする。昔からプレッシャーに弱かったんだね、私」
「奏さん、気にしないでください。ライブまで、まだ、時間はあります。今日、絶対に撮り終えなきゃいけないって訳じゃないですし」
「でも、椎名さんに何度も来ていただくのも申し訳ないし」
「俺なら、そんな心配は無用ですよ。どうせ、しがない学生なんで、作ろうと思えば、時間はいくらでも作れますから。それに、さっきの桐野の歌を聴いて、このPVは絶対に作り上げたいと思ってますから」
奏を慰めるために、椎名が気を使って言っているようではなかった。
「本当にごめんなさい」
奏が椎名に頭を下げた。
そんな奏に、椎名が表情を変えずに話し掛けた。
「藤井さん。桐野に聞いていると思いますけど、俺、大学の映研で自主制作映画を作っているんですよ」
「はい、聞いてます」
「当然、金がないんで、一流の俳優や女優に出演してもらうことなんてできなくて、うちの大学の演劇部とか、街でスカウトした子なんかに出てもらっているんです」
「スカウトもしているんですか?」
「ええ、登場人物のイメージに合う役者が演劇部にいなければ、街で行き交う人をじっと見ていて、これぞという人に声を掛けるんですよ。女性の場合、AVの撮影かと誤解する人もいますけどね」
「……」
「そんなスカウトした人は、演技は素人ですが、そこは演出次第で何とかなるんです。しかし、カメラに撮られていると思って、萎縮してしまうと、そもそも、自分達が欲しかったイメージすら台無しになることもあります」
「そうでしょうね」
「そんな人に、ときどき、俺がするおまじないがあるんですけど、試してみますか?」
「おまじないですか? ……そうですね。少しは気分が紛れるかもしれませんね」
奏は、立ち上がり、「では、お願いします」と、椎名に頭を下げた。
「分かりました。じゃあ、目を閉じてください」
「こうですか?」
不審げな顔をしながらも、奏は目を閉じた。
その奏に椎名が近づいて行き、その両手を奏の肩に置いた。
奏も、突然、肩に手を置かれて、びくついていたが、目を閉じたまま、じっとしていた。
「じゃあ、行きますよ」
次の瞬間、椎名の唇が奏の唇に重なっていた。




