九十七話 いざ尋常に、なんてできません 2
巨大化したルナちゃんの踏みつけ攻撃は、とても有効なものでした。おかげで十分以上逃げ回っているというのに、一向に反撃ができません。
「数秒でも動きを止めてくれないと、魔法が撃てないんですけど……!!」
厳密に言えば魔法を撃つのは可能ですが、しっかりと制御して撃たないとルナちゃんに被害が出ます。こうして話している限り、ルナちゃんがなにかしらの魔法でおかしくなっているのは明白。ならば手荒なマネはしたくありません。
「氷魔法、は加減を間違えると足が砕け散りますし……植物、は操ろうにも近くにはほとんどないですし……風、はあの巨体では効果が薄いでしょう。あと、周辺被害がヒドイことになりそうですね……あと、どうにかできそうな魔法というと……」
パッと思いつくのは、水辺りでしょうか。でもルナちゃんの動きを止められるような量の水では、それはそれで周りが押し流されてしまいます。どこかにウィルちゃんやクロノスくんがいるかもしれない以上、あまり派手に壊すわけにもいきません。
ならあとは一つしか攻撃手段が思いつきません。ただこれには問題があります。一番加減が難しいんですよね。
「……とりあえず、そこそこの威力を撃ってみますか!」
ビルとビルの間を縫うように移動していた私は、ルナちゃんが足を持ち上げた瞬間を狙いその下をトップスピードでバックしました。
「喰らうといいです!!」
一瞬でルナちゃんの後ろに回った私が放ったのは、相手を麻痺させるための雷魔法でした。
バチンッと静電気を何百倍にもしたような音が、辺りに鳴り響きます。
「アイタッス!?」
かなりの音がしたのですが、ルナちゃんのリアクションはそれだけでした。わずかにフラついたようにも見えましたが、すぐに体勢を立て直しこちらを追いかけて来ます。
「ああもう、ムダに頑丈ですね!!」
「やったッス、センパイに褒められたッス!!」
「褒めてないですよ!!」
「またまたぁ、照れないでいいんスよ?」
「あなた皮肉って知ってます!?」
称賛と言えば称賛ですが、私としては大迷惑なんですよその頑丈さ。どこまで大丈夫か、少しずつ威力を上げていけばわかりますが……下手に上げてルナちゃんになにかあったらと思うと、下手に踏み切れません。
「本当に、相手が魔物だったらどれだけ楽だったか」
今戦っているのが実はルナちゃんではなく、そっくりな魔物や幻覚の可能性もあるにはありますが。その可能性を考えたところで、状況は好転しません。このルナちゃんが本物である可能性が例え微粒子レベルの存在だとしても、ゼロではない時点で本気なんて出せるはずもありません。
「他に、ルナちゃんの動きを止める方法、または降伏してくれる方法は……」
ルナちゃんが自分の意思で降参してくれるのが一番話が早いのですが、そもそもルナちゃんに話を聞くが毛頭ないのでこの案は成立しません。
動きを止めるいい方法……ある、にはありますね。ですが、失敗した時のリスクがけっこう高いです。でもここで迷っているヒマは、もうなさそうなんですよねぇ……
辺りを逃げ回っていて気がつきましたが、この辺には結界のようなものがあって一定範囲内から出られないようになっていました。どっちかと言うと、その範囲しか作られていないといったニュアンスの方が近いでしょうか。
つまり、どうやら私は行き止まりに追い込まれかけている、というわけでして。
「仕方ありません、ここはイチかバチか……!!」
この世界の境界へとたどり着くと、私を見下ろすルナちゃんがとても楽しそうにニヤリと笑みを浮かべました。
「ふふん、あたしの勝ちッスよセンパイ。もう逃げ場はどこにもないッス!! というわけで、大人しくおわなをちょうだいするッス!!」
「大事なとこ噛んどいてなに言ってんですか」
ただやみくもに追いかけていたわけではないところは、評価します。ですが、こういう時油断するのは負けフラグだということは覚えてなかったんでしょうかね?
グワッと視界を覆い尽くすほど大きな足の裏が迫る中、私は水の魔法を発動させました。
普通の人間であれば余裕で全身が入るような大きさの水球でしたが、今の大きさのルナちゃん的にはバスケットボール大がせいぜいでしょう。ルナちゃんもそれを最後の悪あがきととったのか、意にも介していません。
ですが、ルナちゃんの動きを止めるにはそれで充分でした。
「が、がぼぼぼっ!?」
ぼこぼこという音が聞こえて来るのは、だいぶ上の方からでした。
「ぼぶ、ぼぼぼっ、ぼぼごっご!?」
ジタバタと暴れるルナちゃんの頭は、水球でスッポリと包まれていました。あれでは、呼吸をすることはできないでしょう。
案の定苦しそうにもがくルナちゃんに、早めの勧告をします。別に甚振りたいわけではないのです。
「大人しく降参するのであれば、その水球を解除してあげます。その場合は右手を挙げてください。降参しないのなら――」
「ぼぼごっ!!」
「即答ですね!?」
多少は粘るかと思いきや、とてもアッサリと右手が挙がりました。
すぐに水球を解除すると、その場にへたり込んだルナちゃんの目が合いました。
「うう、やっぱりセンパイの強さは反則級、っていうかもはや反則ッスよー……」
しょんぼりとそう言ったルナちゃんの右手には、どこからか取り出した白旗が握られていました。




