七十四話 一人きりになるのって、すごく久しぶりです
「まさか一人になってしまうとは……」
こんな風に一人でぽつんといるのは、どれくらいぶりでしょう。ナノさんたちが生まれてからは、一度もなかったのは確かなので……もしかして千年クラスとかですか?
「いくら明るいとは言え、こんなところでぼっちはちょっとさみしいですね……」
ナノさんたちが生まれて以降、特にここ最近はとてもにぎやかでしたから。こうやって一人になってしまうのが久しぶりすぎて、よりいっそう不安になります。
「ここでつっ立っていてもしょうがないですし……とりあえず、進むしかないですよね」
壁際に進んで一周すれば、なにか手がかりが一つくらい見つかるはずです。
そう思って泉の底を一周したのですが、なにも見つけることができません。
「あっさりスタート位置に戻って来てしまいました……」
どうしましょうねこれ。体感時間では、すでに二時間くらい水の底にいることになります。ここではなぜか呼吸が可能なようですから、二人が無事の可能性は高いことが救いです。
もしこれでここが普通の水の底だったら、クロノスくんはともかくルナちゃんが大ピンチに陥っていたことでしょう。あの子だけは実体がありますから。
「まさかこんなところで、実体のあるなしが問題になって来るとは……」
精霊さんたちが実体化しているのとは逆に、霊体化的なことはできないんでしょうか。方法があるなら、今度ルナちゃんに教えましょう。そうすればたいていのピンチに対し、時間稼ぎが可能です。
「一番いいのは本人が自力でどうにかできるようになることですが……それは難しいですよねぇ。少なくとも、一朝一夕にはムリでしょう」
一応、詠唱ありなら魔法は使えます。であれば、誰かに協力してもらって魔導書のようなものを作ってもらいましょう。呪文の一覧があれば、ルナちゃんでも簡単にたくさん魔法が使えるようになるはずです。
「いっそ、魔導書があればいちいち詠唱しなくても魔法が発動できるようになればいいんですけど」
私には必要なかったので、そのへんのこと全然考えてないのです。というより、こんな状況になるだなんて予想外でしたから。吉田さんも面倒なことをしてくれたものです。
「とにかく、今は二人を探すことが先決です。なにか、周囲を探れるような魔法を作った方がいいですかね」
まずは物は試しと、魔力をそのまま周囲に拡散してみました。反射して戻って来た魔力を解析すればなにかわからないかと思ってやってみたのですが、結果は失敗でした。
「魔力をそのまま撃っても、物体を透過しちゃうんですね……」
反射してくれなければ、解析もなにもあったもんじゃありません。となるとここは、適当に音波でも撃つのが妥当でしょう。
というわけでやってみると、どういうわけかこれも反射がありません。
「音が返って来ない……? でもクロノスくんと会話が可能でしたし、振動は伝わってますよね……」
ならどうしてでしょう。水であれば、普通に音は伝わります。むしろ、地上よりもしっかり伝わるはずです。なのにそれがないということは……
「もしや、私はとんでもない勘違いをしていたのでは……」
そもそもこの場所が、泉の底でないという可能性を考慮すべきだったのです。いえ、厳密には違いますね。ここはおそらく泉の底で間違いないです。でも。
「泉の底にあるのが、水とは限りませんよね」
そうです。考えてみれば、これだけ時間が経っているにも関わらず、ウンディーネさんが様子を見に来ない時点で異常なのです。ウンディーネさんなら、まず間違いなく一度は探しに来ます。
「であるなら、ここに来ない理由はただ一つ。来ないんじゃなくて、来れないんです」
ある一つの可能性を思いついた私は、周りを漂う水だと思っていたものに魔力ではなく、純粋なマナをぶつけてみました。
するとどうでしょう。水だと思っていたものが、盛大にゆらいだではありませんか。
「ビンゴ、ですね」
魔力はマナを精製して、魔法を使いやすく加工したもの――だと、以前フィーマさんが言っていました。つまり、マナに不純物を混ぜているのです。
「たしか、自らの精神力だとか言ってましたが……そのせいで、形質が変化したのでしょう」
生命力そのものであるマナを精神力で方向性を与え、魔法を使いやすくするとかなんとか……まあ要するに、マナと魔力は別物なわけです。魔力には反応しなくても、同じマナ同士はぶつければ干渉しあう、というわけですね。
「なら、このマナを揺らしてその揺らぎそのものを解析すれば……!!」
そう当たりをつけて実行してみたところ、ようやくなにが起きていたのかを理解しました。
ルナちゃんやクロノスくんが移動していたのではなく。私が、ただ一人底へと勝手に落ちて行っていたのです。
「いえ、この表現は的確ではないですね……全員、水底にはいるわけですし」
誰もいないのにわざわざ口に出してしまうのは、やっぱりさみしいからですかね。
まあ私のことはさておき、なにが起きたのか。つまりは、私だけドンドン沈んで行ってしまっていたのです。水の底にではなく、ずれた時空へと。
クロノスくんが生まれた時の影響が残っていたのか、この場所は異様にマナが濃いのです。そのマナのせいで時空が歪み、このような現象が起きたのでしょう。
マナの密度がもっとも高く魔法的な意味で質量の重い私だけが、マナの濃い方へ濃い方へと、勝手に引っ張られてしまっていたわけです。
「逆に一番密度が低く、魔法的な意味で軽いルナちゃんはすぐに沈まなかったんでしょうね……」
クロノスくんは途中までついて来られましたが、そのうちに限界に来たのでしょう。
となると、帰る方法は簡単です。ただ――
「それやると、ウンディーネさんが悲しみますよねぇ……」
泉の水を全て抜くのが一番簡単なのですが、さすがにそれは申し訳ないです。ならあとの方法は一つ。
「周囲のマナ濃度を減らせばいいんですが……あとで、影響が出ないことを祈りましょう」
色々と諦めた私は、魔法を発動させました。魔法で周囲のマナを圧縮し固め、この泉をただの泉に戻そうと考えたのです。
「せーのっ!」
そんなかけ声とともに。私は、魔法を発動させたのでした。




