六十五話 ヤンデレという言葉は、この世界には存在するのでしょうか
魔法で作ったと思しき部屋にいたのは、人間の姿に化けたデレデレの笑みを浮かべたピィアさんと、どこか疲れたような困ったような様子でされるがままのシェイドさんでした。
シェイドさんは闇の精霊で生まれてすぐに一度だけ会ったことがありますが、その時とあちこちが変わっていました。
前にお会いした時は黒いローブを着ただけの簡素な格好でしたが、今ではこの時代の人間に近い上下に分かれた服を着ています。結局黒いですが。
腰元を縄のようなもので縛ったチュニックに、くるぶしまであるズボンという出で立ちです。足元はなにかの動物の革製らしきサンダルで、普通にしていればその辺の町に溶け込めることでしょう。
元々墨を流したような黒髪はけっこうな長さがあったのですが、今はうなじのところでひとつにまとめられていました。精霊でも疲れることがあるのか、髪と同色の瞳には疲労の色が濃いです。
「え、えぇと……シェイドさん、いったいなにが?」
なぜこのようなことになっているのか読めず訊いてみますと、それを言外に教えてくれたのはシェイドさんではなくピィアさんでした。
「わらわのダーリンに勝手に話しかけるでないわ!!」
「だ、ダーリン……!?」
ダーリン。つまりピィアさんは、自分がシェイドさんと恋仲であると主張しているわけです。
無意識のうちにシェイドさんに目線で真偽を問うと、ドッと疲れた様子で力なく首を横に振られました。ということはつまり、ピィアさんが勝手に言っているだけということになります。
なにをどう、どこからピィアさんに訊けばいいのか悩んでいると、おずおずと声をかけたのはシルフさんでした。
「あー、そのなんだ。ピィアとやら。お前は本当にシェイドと恋人なのか?」
「当たり前であろう。ほれ、こんなにもラブラブなのだぞ!!」
言うが早いかシェイドさんにしなだれかかるピィアさん。シェイドさんはあきらめた瞳でピィアさんを見るばかり。まるで、なにを言ってもムダだと思っているようでした。
「時にピィアさん。あなたたちは、どうしてここに住んでいるんですか? ここには水もありませんし、シェイドさんが住んでいたのは闇恵山のはずです」
とにかくここは情報を得ようと訊いてみますと、尊大かつ聞き逃せない答えがありました。
「そんなもの決まっておろう。わらわとダーリンの愛の巣に、ここが一番適した魔力を宿していたからぞ」
「適した魔力?」
「うむ。ここには空間をねじ曲げた跡があったでの、それを利用させてもらったであるぞ」
空間をねじ曲げた跡。つまりそれは――
「ダンジョンがあったせいですか……」
ダンジョンがあった場所に、空間の歪みが残っていたのでしょう。それを利用してこんな亜空間を作った、というわけのようです。
「一つ疑問なのですが、シェイドさんは自力で帰ろうとは思わなかったんですか?」
それまで無言を通していたシェイドさんが、この時ようやく口を開きました。
「帰ろうとはしたのです。ですが、この者は私たちとは違う系統の魔法を使うので解析ができず……」
「もう、ダーリンってば妙なことを言うのだな! ここを離れないのは、ホントはダーリンがここから出たくないからであろうに!」
シェイドさんが疲れた声で話すのを聞いてもニコニコと笑うピィアさんを見れば、だいたいのことは把握できました。
要するに。ピィアさんは現実を自分の都合のいいようにねじ曲げる、とても困ったヤンデレタイプの方だということです。
この手のタイプは、いくら言ったところでこちらの話を聞きません。正論を言ったところで超理論でかわされるか、自分たちの仲を引き裂く悪いやつだと認識されるだけです。本当にどうしたものやら……
とりあえずニコニコ顔のピィアさんに聞こえないように、私たちは固まって小声で相談を始めました。シェイドさんも参加してもらいたいのですが、現状ムリなので四人だけです。
「どなたか、シェイドさんを穏便に闇恵山に帰す方法思いつきますか?」
「穏便に、はとても難しいと思われます。わたくしが思うに、あの者はシェイドの姿が見えなくなれば、地の果てまで追うでしょう。住処も知られていますし、逃げ切るのは至難の業かと」
そこなんですよねぇ……ここでムリにシェイドさんを連れ帰っても、ヤンデレがストーカー属性を加えてパワーアップするのがオチです。
「さいあく、しょーせーがあのピィアという者のじかんを止めればたすけるのは可能ではありますが……」
「永遠に止めておくわけにはいきませんしね」
それでは死んでいるのと同じです。だからと言って他にどうすると訊かれても答えようがないですが……
これが地球の日本であれば、監禁罪の現行犯なので警察を呼べば方がついたでしょう。警察か鉄格子のついた病院か、行き先はわかりませんが。ですがここではそうも行きませんし、そもそも相手がシンデレラスワンという名の生物で人間ではありません。
それにしてもまさか精霊が相手でもいいとは、いやはや恐れ入りましたよ。シェイドさん、別に鳥っぽくないですからつがいの相手に選ばれたわけではないでしょう。いえそれとも、人間の姿である今なら大丈夫なんでしょうか?
今は考えてもしょうがないのでさておき、ここはどうやって穏便に事を治めるか、が重要になって来ます。
みんなでうんうんうなっていると、元気よく挙がる手がひとつ。
「ルナちゃん、なにか思いついたんですか?」
「はいッス! あたし思ったんスけど、いっそ二人の仲を応援するってどうッスか?」
「それは現状を放置、という方向性ということですか?」
「違うッスよ! あのピーさんに、もっとこうしたらシェ、シェ、……シェーさんに好かれるんじゃないかって誘導するッス!」
「なるほど……シェイドさんのその呼び方はともかくとして、けっこういけるアイディアかもしれません……!!」
私たちはこれからどうするかを、大急ぎでまとめにかかったのでした。




