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昔々(3)


 暗い棚の中に隠れて、ふるえるパルマに抱きしめられて、耳をその手でふさがれて。

 それでも、パルマのすすり泣く声も、屋敷のどこかであがる叫び声も、ぼんやり耳に届いた。まるで夢のように。




 その日、屋敷の中は静かで、なぜか使用人の姿もあまり見かけなかった。

 隠れなさい、私の部屋までやってきた父さまがそう言うと、一緒にいたパルマが固い顔をしてうなづいた。それからのことは、よく覚えていない。


 気がつくと、耳をふさいでいた手は離れていて、それでも何の物音もしなかった。パルマが内側から戸棚の扉をあけた。

 視界が突然明るくなった。そして、嫌な匂いがした。とても嫌な匂い。


 ここでお待ちになってくださいね、パルマが言って歩き出した。

 私は一人でじっとしていることに耐えきれず、萎えた足を前に踏み出した。



 まるで。

 あたりは、嵐が通ったあとのよう。カーテンは引きちぎれ、引出しもその中身も床に散乱し。

 焼け焦げたクッションの端を小さな炎がなめている。

 うち倒れた見知った使用人の姿が目に入り――駆け寄ってひざまずいた。


「ああ、おじょう、さま。しんぱ、い、しないで」


 彼はそう言うと、にこっと静かに笑った。

 それから、ゴボっというような音をたて、口から血の塊を吹きだした。

 その血にまみれた手で彼を揺り動かしても、もう何の反応もかえってこない。何も。


 自分の口から叫び声が途切れなくあがるのを聞きながら、走りだした。


「父さま!」


 床にあおむけに倒れた父の姿。そのまわりを、艶やかな赤い液体がとりまいていた。

 冗談のような角度にまがった首。

 重さの感じられない体。


 そう。母さまのときも思ったっけ。亡くなるっていうことは、重さをなくすことなんだ――その体にとりすがることもできず、ただそう思っていた。


 あっと思う間もなく、床が近付いてきた。後ろで誰かが叫ぶ声が聞こえる。

 赤く染まっていた視野が端から順に、まっ黒く塗りつぶされた。






 表向きは、盗賊のしわざということだった。

 実際には、一人だけいい思いをしようとした父さまが、隣家を始めとするこのあたりの豪商を罠にはめようとした報いだという。

 でっちあげの不正を領主様に密告して、同業者を陥れようとしたと。


 もちろん、そんなことは信じない。


 でも、さすがの父さまも、こんなにひどいことになるとは思っていなかったんだろう。自分の正義のために、消える命があるなんて。



 私は遠くに住む叔母の家に世話になることになった。

 最後に会ったのは大分前だったが、小さないとこも何人かころころいて、叔母自体も陽気な人だった。何か、小さな商売をしていたように思う。




 花壇は、さかりを迎えていたミュケの花たちは、踏みしだかれて、見る影もなかった。

 そちらを再び振り返ることなく、一人、私は迎えの馬車に乗った。

 小さな心残りも、それ以外のものも、胸におさめたままで。



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