昔々(2)
「いいかい、カロル。もう、お隣のウィルとは今までみたいに遊べないかもしれない。それに、近所の人たちに、心ないことを言われるかもしれない」
かがみこんで、私の目を見ながら、父さまが静かに言った。
「今度の誕生日で、いくつになるのかな?」
「十になります」
「じゃあ、もう分かるね。おまえには責められるようなことは、何もない。私も、自分が間違っているとは思わない。だから、胸を張って、ね」
いつもの父さまと違う。この感じは、似ている。母さまが亡くなる前に私に話しかけたときの感じに。
そんなつまらない考えを振り払って、にっこり笑って見せた。
「うん、分かった。私は大丈夫。でも、ウィルと遊べなくなるのは嫌だな」
よく分かっては、いなかった。でも、最近なんとなく屋敷の中に不穏な気配というか、騒がしい気配があるのは感じていた。だからきっと、それと関係があるのだろう。
「じゃあ、お庭で遊んできます」
「ああ、行っておいで。でも、暗くならないうちに中に入るんだよ」
自分の屋敷の庭は素通りした。私の面倒も見てくれている若いメイドのパルマが、苦笑いで見送ってくれた。
いつものように、隣の敷地まで歩いていくと、柵の壊れたところ――壊れたというよりウィルが目立たないように壊したのだが――から、中にもぐりこんだ。
そこはもう、ウィルのお屋敷の庭。うちのより少し広いが、ミュケの花は植えられていない。もっと豪華な花がたくさん咲いている。
私は早く、これからも遊べるよね、と確認したかった。
「頑固な子だこと。とにかく、もう隣のカロルとは会ってはいけません。絶対よ」
屋敷の戸口の方から苛立ったような声が聞こえた。そこに自分の名前を認めて身をすくめ、それでも耳をそばだてた。
「なんでだよ。カロルたちが、何をしたっていうんだよ」
「子どものくせに、なんて生意気なことを言うの。いずれにしろ、男爵位を授かろうっていううちとお隣とでは、家の格だって違うのよ。あんな下品で卑怯な一家とはね。あっ、これ、お待ちなさいっ」
大きくため息をつくような気配を最後に、会話は途切れた。
その場で立ちすくんでいると、走ってきたウィルと目が合った。肩で息をしている。
「カロル・・・」
「やっぱりもう、遊べないの?」
「立ち聞きしてたのか」
「立ち聞きって・・・。ひどいよ、うちのことを下品で卑怯って言うなんて、ウィルのお母さんの方が下品で卑怯だ」
もともと、ウィルのご両親は少し苦手だった。ウィルとその両親や兄弟は、見た目も、それ以上に性格も、あまり似ていないように思えた。実際、ウィルはもらいっ子だとささやかれていた。
でも、そんなことはどうでもよかった。ウィルはウィルだったし、そんな噂をする人の方が卑しいと思っていた。
思っていたのに・・・
「何よ、ウィルなんて、もらいっ子のくせに」
言った瞬間、しまったと思った。私の知らない目の色をして、ウィルがこちらを見返していた。
傷ついた、目?
傷つけたくなんか、なかった。それなのに。
「ウィルなんか、嫌い。もう、遊ばない」
いけないと思うのに、くるりと背を向けて、壊れた柵を目指して逃げだしてしまった。言った自分の心もえぐられている。ウィルの心は、もっとずっと。
次に会ったときは、絶対。絶対に、あやまろう。いっしょうけんめい、あやまろう。たとえ、許してくれなくても。
でも、あやまる機会は、二度と訪れることがなかった。




