六話⑤
商店街の入口から左右を、順番に眺めていく。
手芸店とペットショップ用品店と、あと、洋服屋、それからビデオ店、俺の知らぬ間に潰れてさえいなければ、大丈夫のはずだが……、できれば全部並んでてくれるとありがたい。
希望をいうなら本屋も近くにあると嬉しいが、確かそこまで贅沢な配置じゃなかったはずだ。本屋とおもちゃ屋のビデオコーナーは近場だったと思うが、まともな服屋は商店街の奥の方にあったのを覚えている。
手芸ももしかするとそちら方面かも知れないが、……入り口に辿り着いてこうして眺めてみると、そもそもどうやらジャンルごとの区分けがなされているとも言い難い微妙な店の並び順のようだった。
靴屋の隣に花屋があって、花屋の隣に工具店がある。その先に喫茶店がある。そりゃ意志統一して作られたわけじゃないだろうが、慣れた人間以外はまず品物の前に店を探さなくてはならない。
実は存在しないかも知れない店の在り処を探して彷徨っている内に、何を買おうとしてたか忘れたり買い物する気力がなくなったりしそうだ。何の目的もなく適当にぶらついて時間を潰すつもりなら文句もないが、いざ買い物をするとなった時には案内看板の一つも欲しいところではある。
こんなふうだから、スーパーマーケットにほとんど客を取られてしまったんだろう。俺もマイカーを持ってさえいれば効率が悪いと切り捨てる決断をしたかも知れない。賑わっている様子などはなさそうだった。
「シャッター閉まってるところが、……単に、休業日だと良いが、何個もあるな。食料品なんかはこういうとこの方が融通が利くのかも知れないが、量販品など探すのには不向きに思えてならない。ペット用品の店どこですかと聞いても、ウチの客じゃないのかと嫌な顔されそうだ。一つの店であるに越したことがない」
「健介もここ来るの初めて?」
「初めてじゃないし、ペット用品店があることは知っている。ただ、アンミ、そうそう頻繁にここに通っているわけでもないし、案内表示とかもない。見ろ、そして、あれだ。『ふくふく』という看板が出てるな?あれ実は服屋じゃなくて饅頭屋だ。ヒントを出しておいて引っ掛け問題という典型例だ。あんなもの外に商品並べておかないと何を売っているかすら分からん。ちなみに『ずんどこ』という店もあるぞ。アンミは、そこで何を売っているか分かるか?」
「…………。何を?『ずんどこ』?」
「そう、その通りだ。ずんどこを、売っている店に違いない。純粋な俺とアンミは、何かの拍子でずんどこを買いたくならなきゃそのずんどこという店に行くことはないだろう。ただな、ずんどこを買いたくなることなど、おそらく一生の内に一度もないし、俺は二十年生きていて一体ずんどこというのがどういうものなのかすらさっぱり分からない。けどな、そこへ向かう。ペット用品が欲しい俺はどうしてかそこへ向かう」
「ミーシーは分かる?ずんどこって何?」
「すごい昔の歌が好きなおじいちゃんおばあちゃんが店やってるということでしょう」
「そういうことなのかな。一見さんは中々入りづらいが、一度覚えたら簡単には忘れない店の名前してる。店に看板も名前もないとこがあるくらいだから、マシといえばマシなのかも分からん。首輪はそこで買えば良い。割とすぐそこだ」
とりあえず在り処が分からんのは、綿と布だな。途中で見掛けなかったらずんどこで聞くことにしようか。別にミーシーに聞けば教えてくれるかも知れんが、案内役をさせたくて来て貰ったわけじゃないし、それくらいは自分でなんとかした方が良い。
「ミーコ。そして、お前の首輪を買うわけだから、なんか思いついた要望があるなら今の内に聞いておこう。結局具体的な要求というのは聞いてない。他に欲しいものある場合も今の内に言ってくれるとついでに探せて助かるな」
ミーコは今まで一言もなく仰向けに抱かれたままだった。目を閉じていたから寝ているのかと思ったが、俺の呼び掛けにゆっくり顔を起こしてごろんとアンミの腕から飛び出し地面に着地する。
少しばかりふらふらとこちらに歩いてきて、「首輪であれば別になんでも、……ニャ。他は特にないニャ」と眠そうに答えた。
「………、見張りやすいし鈴がついてるやつとか良いでしょう。猫っぽいわ」
「実際見てからじゃないとなんとも言えないけどな。鈴つきの首輪なんて今売ってるかどうか分からんし……、飾りじゃないのはうるさいだけだぞ?猫はほら、人間よりも耳が良いわけだし、チリンチリン動くたびに高い音が耳元で鳴ってみろ。多分結構なストレスになる。色は決まったにせよ、よく考えると機能的にも色々あるだろう。ノミ避けの首輪とか蛍光塗料の夜に居場所が分かるやつとか」
「なるほど、詳しいわね。言われてみればそうだわ」
「……色以外の、他は健介が良いと思うの選んでくれたら良いニャ」
「色ですらあんなに悩んだのにな。青は青でも微妙な色合いの違いとかがあったらどうする?しっかり指定してくれないと延々悩むことになる。しっかりしてくれ」
「健介がしっかりして欲しいニャ。目についたので良いのニャ。一生懸命選んでくれるのは嬉しいニャけど、そんなに私に意見聞かなくても大丈夫ニャ」
「これでも真剣に考えてるんだ。お前が何も意見を言わないから迷ってるんだぞ。いっそこれだ、これが気に入ったと言ってくれたら、それがあんまりにもひどいものじゃなければ良い点を見つけて誉めてやれる」
「自分で選んで良いと言われてて良かったわ。そういうプロセス見てたら確かになんか申し訳なくて服選べとか言えなくなるわね、猫にそんな必死に要望聞いて……。店入って右手側の棚の三段目よ。ターコイズブルーというちょっと格好良い名前に惹かれてそれを買うわ。あなたはしばらく水色のことをターコイズブルーと呼ぶようになるのよ。ちなみにノミ除けというのはあんまり効果ないらしいわ。ノミ取りというのは良くないらしいわ」
「最終的に俺が何選ぶか分かってて店がどこにあるかも分かってて、お前は時間短縮がしたいのか。服だけでもじっくり見ててくれれば良いが、さすがにお前、あまりにも味気ないだろう。店入って一瞬で買い物終わるぞ、そんなんだと」
「服に関してはちょっと時間掛かるし、どれをどうするとか言わないわ。アンミが納得するまで買い物時間でしょう」
ペット用品店に着いて中へ入り、一人で言われた通りの右手側に曲がると、言われた通りテカテカしてない青色の首輪が目を引いた。
買い物の醍醐味であろう迷う時間というのは消失してしまったわけだが、まあ、こうして実物を見てみると、ミーシーは割と善意で俺の背中を押してくれたのかも分からん。
良い物だ。俺がおそらく散々迷って何周か巡って、最後にはこれを選ぶように思う。ノミ除けについても聞いたのかも知れんな。まあノミが出たら洗って天日干しした方が安全で効果が高い気もする。
レジで会計を済ませるついでに手芸店があるかどうかも確認しておいた。『ずっと向こう側』、だそうだ。
「ミーコ、買ってきたぞ。ターコイズブルーだ、まあ、水色だ。そして、ここにな、ちゃんと名前が書けるようになっている。家に戻ったら名前も書いておこう。電話番号もちっちゃくなら書けるかも分からん。お前は交番で道聞いて帰ってくることができるかも知れないが、迷子になった時の予防策としてな。ミーシー、ありがとな。良い買い物が短時間でできた」
「まあとりあえず、つけてくださいニャ」
名前が未記入では迷子予防効果はないだろうが、一応飼い猫だというところまでは分かるようにはなるか。今気づいたが、多分予知中の俺は首回りの長さとか確認するために店出たり入ったりしたかも知れん。
調整はできるがそのままでちょうど程よく余裕のあるサイズだった。キツくならないように指を入れて留めたが、毛の加減で、ミーコが動いてもちゃんと追従している。
「どういたしまして。一人でお買い物できるようになるまで面倒見てあげるわ」
「自分のものならさっと買える。別にお買い物ができなかったり苦手だったりはしないんだ」
「ミーシー、あれ、ええっと、なんて言ったっけ?あの、結婚するときに言うの。健やか、な時も、病める時も、貧しい、時も?」
「婚約首輪ね。貧しいことを誓いますか、でしょう。でもこの男は『前向きに検討します』とか空気読まずに今更微妙なこと言うわ」
「婚約首輪という部分か?中略された部分か?俺のその空気を読んでないとされる発言か?どこをまず指摘したら良い?」
「ミーコはでもこれで、ね?本当に家族みたい。えっと、だから誓いますか?」
「ん、……ちか、違います。せめて誓いの言葉を訂正してから誓うかどうかを聞いてくれ。……どうだ、ミーコ。元から俺たちは家族だ。病める時も貧しい時も愛してやまないお前に俺からの贈り物だ、ありがたく身につけてくれ」
「良かったね、ミーちゃん」
「良かったニャ」
まず一件、ミーシーのお蔭でかなりスムーズな出だしにはなった。あとはもう別行動でも問題ないだろう。
「さて、じゃあ次は二人の服だな。そこの端から服は売ってる。途中にも点在してるとは思う。あとは二人でじっくり選んでてくれ。悪いが俺はその間に別の買い物をしてる」
「じゃあ、アンミ、まずはあの店から入りましょう」
アンミは「うん」と、元気良く返事をしていたがミーシーが指さした店先には、いわゆるお歳を召した方々のお召し物のような……、何と形容すべきなのか。
地味?いや、白地に小さなピンクの花びら模様ジャンパーだったり、茶色地に紺のストライプズボンだったり、地味さや派手さというよりも近代の若者センスからの逸脱ぶりを指標として語るべきジャンルの衣服が並べられていた。
遠慮なく現代風に言うと、『ダサイ』。
そんな商品群が店の最前面に陳列されていた。無難なセーターなどが探せば見つかるかも知れんが、このレベルを足切りしないで見にいくというのなら、おそらく布地が材料として使われているものを置いた店全部を見て回ることになる。
じっくり買い物を楽しむということなんだろう。それなら、俺の買い物の方も余裕を持って終えられそうだ。
「待ち合わせとかはどうするんだ?ミーコの方は俺が監督するが、時間と集合場所決めてくれたりするか」
「こっちの方が時間掛かるから買い物終わったら探すわ。なんだったら先に帰っててくれても構わないけど、それは任せましょう。私はどっちでもいいわ」
「こっちも急いで帰る予定じゃないからな。探してくれるなら先に用が済んでもそこらで時間潰してる。じゃあ。そうだな、あとは任せた。楽しんできてくれ」
俺が二人に背を向け一歩踏み出そうとすると、アンミはミーシーの方をちらりとだけ見て、何か少し慌てた様子で俺の隣まで進み出てきた。
「どうしよう。ミーシーの服は私が選ぶの?それだと健介が気に入らないの選ぶかも」
「ああ、いや。俺が気に入るかどうかじゃなくてミーシーが気に入るかどうかで選んでくれ。大丈夫だ、心配ない。元からかわいい子は何着ててもかわいいもんだ。その、最悪あれとか、あっちのとかでもな」
「うん。それは納得。でも……」
またちらりとミーシーの方を確認して、そして俺の方へと正対する。事前にそれとなく伝えたつもりでいた俺の買い物プランをアンミはしっかり理解していないようだった。
俺は一つ咳払いをして、また改めて説明を始める。まず一つ、俺は俺で買い物をする用事があることを伝えた。アンミは『知ってる』と答えた。
なら、問題ない。続いて、俺に二人の気に入る服を選ぶ才能が不足していることを伝えた。アンミは、『服は?本人よりも?』……、
要点をまとめると、本人よりも他人が気に入るかどうかで決めるべきだ、と弱々しく主張した。
何をどういう理屈でそうなるのか尋ねたところ、おそらくこういうことだった。『何故なら服を着た本人が自分の姿を眺める機会など、鏡の前に立つ時以外にはないわけだから』、『一番よく見てくれる人が気に入る服を選ばなくてはならない』。
筋は通っている、ようには思う。それならなおのことアンミが服を選んでやるべきだと返した。
アンミは首だけは縦に振っていたが表情は冴えないままで、「でも、健介からミーシーにプレゼントなのに」と、小さく声を漏らした。
「…………。今回の、この、買い物の趣旨はな?アンミ。俺はその……、俺がそもそも押しつけがましく服を買えと言い出したから勘違いされているのかも知れないんだが、今までのお礼のつもりで小遣いを渡した。要するに気晴らしに自由に好きなもの買ってくれということで、だが服がいるんじゃないかと思って服を買ったらどうかと、そういう話をした。俺の趣味を二人に押しつけるつもりもないし、俺が気に入るものを着ろなんてことじゃない。むしろ、アンミとミーシーと二人で気ままにあれが良いこれが良いと楽しくショッピングしてくれてたらそれで良い、それだけで良い。だから逆に俺は口を出さない方が良い。俺が口を出さなくて、そうしてようやく買ってきたものがなんであれ安心して好き勝手買い物して楽しんだんだろうと思える。そういうことだ」
俺は、昨日も同じことを言わなかったろうか。




