五話⑬
「ちなみになんというのか、こういうのはなんか自慢しているようで申し訳ないのだが、身体と科学の第四回講義のレポートがあるだろ?あのレポートはA++の評価貰ったのだ。極秘経路で入手した健介と峰岸のレポートはBだったぞ。このことをどう思う?」
「どこから極秘入手したんだ、良かったな」
陽太は必死な様子で真面目な顔を保とうとして、鼻をひくひく動かして「オホンオホン」と咳払い風に声を出して、結局数秒で堪えきれずに「ぶひっ、ぶふぅー、ぶふぅー」と吹き出した。
「おっと、失礼。これはあくまで俺が二人の今後のレポートが少しでも良くなるようにと思っての親切心から行動したことなのだとあらかじめ理解していて欲しいのだが、悪いと思いつつも二人のレポートを一読した上で講義の担当教授である中西先生からコメントを頂いたのだ」
陽太が一息ついたタイミングを見計らいミナコは「はいっ」と手を上げ発言の許可を求める。挙手すれば陽太はノリであてるからな。切れ目の分からん講釈の時は挙手する方が発言時間が貰えそうだ。
「はい、峰岸君」
「第四回の講義レポートは事前に渡した資料を考慮して講義中に書くように言われました。第三回までの三回の講義に僕は出席していません」
「ふむ。誠に遺憾である。さて」
「はいっ」
「はい、峰岸君」
「そういった前提条件に無茶があったので僕はふざけて書きました。教室から出たのは、ここでは仮にA君としますが、何も書かずに提出箱に入れたA君に次いで二番目に僕が入れて教室を出ました。むしろ、評価対象になっていたことに驚きです」
「ふむ。中西先生はぁ、律儀な方であるからな。無茶ぶりだと思ったのに、わざわざふざけてでも書く君も、相当に、律儀、ですよ、っ。健介君はっ、何かっ、ありますですか?」
「今気づいたんだが、その喋り方は何かの物真似なのか?」
「健介は話の腰を折るな。これが中西先生の物真似だと分かってくれていないとその後に続く健介と峰岸のレポートに対するコメントの臨場感がないだろ?レポートをふざけて書かれてちょっと怒ってる中西先生なのだが」
「というか、別にコメントいらないぞ?そもそもそのレポートのテーマすら覚えてない。スポーツ科学なんとかか?」
「簡単に言うとダイエットについて、という内容なのだが」
「健康への影響を考慮して望ましいダイエットかっこ一般的にそう呼ぶのが適当な習慣かっことじのあり方を述べよ、とのことでした。資料を踏まえてということさえなければおそらくちゃんと密度の高い内容を書くことができました。ふざけて書いたので評価が悪いのだと思います」
「しかしだな、峰岸。実際には上手くいかなかったわけだろ。今後の単位取得を作戦会議する意味でも悪かったところはちゃんと反省を促さなくてはならないのだ。これはいつも峰岸とか健介とかが俺のレポートなんかにいちゃもんをつけるのと同じで、今回は一番成績の良かった俺が指南をしてやるというそういうイベントなのだ。恩返し的な意味もあるしな。共同戦線の補強的な意味もあるしな。まあ、健介のはついでではあるが、ついでにB評価だった健介のレポートもA++の評価の俺が何が悪かったのかをついでに評価して、アドバイスをしてやろうと思うのだ。ありがたく聞いてください、俺の言葉はもう中西先生の言葉だと思ってくれて良いぞ、実際点数の理由とかも聞き取りしてるからな」
「ついでは結構だ。そういう話であれば俺はお前からお返しをされるようないわれがないし、悪かった評価が今更良くなるものでもないだろう。ふざけてやったミナコはともかく俺は試験は真面目に受けてるし、点数を上げたければお前から教えを授かるよりもちゃんと勉強時間を作ることに努める」
「健介、こういうのはな、何も言わずに何も知らんぷりをして厚意に甘えておくのが良いのだ。でないとわざわざコピーしておいたのが全くの無駄になってしまうのだ。健介と、峰岸のために、用意したのだぞ。いらないから受け取らないというのは人道に反すると、私は思いますねっ。とりあえず資料を配布する。これが件の四回講義に提出された二人のレポートである」
陽太は話しながら後ろを振り向き無造作に置かれたリュックサックの中から二つのクリアファイルを取り出した。続いてそれを俺とミナコに配り、両手が空くと半目でやれやれポーズを作った。
朧げにしか覚えていないが、俺はミナコのように言い訳するべき材料がない。悪ふざけでレポートを提出したことはなかったはずであるから、特に内容を指摘される部分はないだろう。あくまでついでである俺のレポートを避けて一緒にクリアファイルに挟まっていたミナコが提出したコピーを眺める。
「まずは峰岸の方だ。中西先生はよく書けていると仰っていた。序論本論結論とよくまとめられており、論旨は明快だ。何か奇妙な感じがして試しに文字をカウントしてみたら気持ち悪いくらいに丁度三千文字で考え方はなんとも斬新である。非常に分かりやすい文章で、読んでいる内に納得させられそうになった」
「非常に誉められているように思います」
「誉めているのだが、こう続く。『しかし、本講義で論じている部分がまるで考慮されておらず、よくよく考えると、とても他人には推奨できない方法が提案されている』」
陽太がやりたがっているようであるし、ミナコも反対したりはしてない。俺自身は陽太のアドバイスが全く役に立たないことは分かっているが、ここまでお膳立てされてはまあ付き合ってやるのが人道に反しない振る舞いだったりもするだろう。
少なからずミナコの提出したレポートというのにはちょっと興味はあった。どうやら論文形式だとB評価というのをつけられてしまうこともあるらしい。講義内容を考慮にいれてと注釈がつくと出席していない場合は失点するのも当たり前だろう。
割と『一般的なダイエット』という括りも緩いし、ふざけて書いたのならなおのこと、心証も悪い、ようには思われるが、……それでも俺と同じ水準の評価を取るものか。
タイトルはこうだった。
『微動だにせずダイエット(減量)!?』
まず、おそらくタイトルが悪い。この時点で採点対象から外さない中西先生の器量の大きさが窺える。そもそも出題内容と別タイトルをつけるべきものなのかすら分からない。だが誇大広告感の否めないタイトルに反して書き出しはしっかりとしているようだ。
『一般に、その他の疾病を伴っていない軽度の肥満症治療には食生活の改善と運動に加えた補助的な投薬治療が勧められることが多い。』
なるほど。
『しかしながら、本論においては僕が今思いついた全く微動だにせずとも日常的に高いカロリー消費を実現し皮下脂肪蓄積型肥満、内臓脂肪蓄積型肥満を解消する方法を示す。』
何故、『しかしながら』と続いてしまったのか。多分思いついちゃったからなんだろうが、それだけが悔やまれる。無難に一般とされる内容を綴るだけでもしかすれば十分な評価を得られたかも知れないのに、思いついちゃったことなんかを書くから、評価が下がったんじゃないのか、これは。
少なくともミナコが思いついちゃったことを中西先生が講義で論じている可能性は相当に低い。
続いて序論に入り、『基礎代謝』、『運動によるエネルギー代謝率』『ストレスと神経性食思不振症』など割と専門的な用語がちらほら見られるようになる。文体は基本的にしっかりとしたものだが、何故だかいきなり口語で解説が入ったりする。
『これを自分の意思だけ継続できる?できません(反語)。』
『(しこうと、しっこうが被ってるわけですね。上手い事言えていますね)』
残念ながら上手いこと言えてたりしない。仮に上手いこと言えてたとして、論述問題の解答にラップ調の標語や解説を求めてたりしない。中西先生はこれをジョークだと判断しただろうか、冷静に、採点を続けていたんだろうか。
続けて、女の子の気持ちというものをやや俯瞰した形で示し、以降に示す方法が『健康』とはかけ離れることを注釈する。
多分、かけ離れちゃダメだったんだろう。健康への影響を考慮してと、出題文に書いてある。とはいえ、スポーツとそのカロリー消費量というのには軽く触れられていた。スポーツの中では水中競技が高いカロリー消費を期待できるらしい。
『とはいえ、この運動を日常的に続けることがそもそもに難しいのだと。ふふふ、だと、思ったか?』
ミナコは、……ふざけて書いたとはいえ、これはひどいな。仮に望みが薄くても普通誠心誠意書いて、温情を期待するものだなんて考え方はしなかったんだろう。だが諦めていたとするなら、陽太の言う通りそもそも律儀に論述する必要がない。
『カロリー消費という面において、キツイ、キツくないはさほど関係ない』、ということが述べられた後、『体温を一定に保つための身体の働きにより基礎代謝分のエネルギーが消費される』と展開された。
要するに、『体温を高めるために、相応の熱量を消費する。そして、消費した熱量は水温によって奪われ、以下それを繰り返す。水泳のカロリー消費量が単純な時間当たりの運動カロリーに比例しないのは、こういった部分に起因する』、らしい。
で、あればだ、水泳をすれば良い。ジムに通ってプールにぷかぷか浮かぶだけでキツイ運動などせず女子などが目指すような筋肉を肥大化させないカロリー消費を期待できる。
俺なら、そう結論付けて締め括る。そう締め括るような準備はできている。なのにだ、ミナコのレポートの結論はこうなっていた。
『お風呂をお湯ではなく、水にします。水道代しか掛からないし、ガス代か電気代が掛からない。(エコである)』
そんな斜め上の解決策が提示されてしまった。折角、整えた舞台を、完全に台無しにしている。プールでちょっとした運動をすることの有用性を述べた後に、何故水風呂がエコだなんて話になってしまうんだ。挙げ句にこれはおそらくふざけたという部分なんだろうが、『※エコ、もしもそれが動物の名前だったら、その動物はかわいい。』と注釈されていた。
きっと、真面目に書いたら、しっかりとした論文だったんだろう。……悔やまれる。俺のレポートじゃないとはいえ、とても残念な、勿体ない仕上がりだった。
「で、まあ、後は最後の文章だな。こういうのは多少強引な結論でも自信を持って書かないと読んでる者を納得させられないと思うのだ。だからここのな、俺が用意したのだぞ、ありがたく追記すると良いのだ。ちなみに三千文字が目安とされていたが、別にオーバーする分には減点はないことも確認してるのだ」
「なるほど。言われてみると、馬鹿は風邪引かないといいますしデブはそんなに低体温にならない身体構造をしているような気がしてきた」
「そうだな。そうなると最後の結論、馬鹿は風邪を引かんから二十四時間水風呂耐久ダイエットをやってみろというのが良いな」
「おぉ、できた。これでA評価である」
「できてるのか、それ……。本当に良くなったのか?」
「けれどもどうなのでしょう。ふざけて書いた部分が良くなかったのでは?」
「中西先生はその辺りには言及しなかったな。関係ないんじゃないのか?」
「関係ないことあるか。そもそも完全にふざけたであろうポイントは分かるにせよ、どこからどこまでふざけてたのかが分かりづらい」
「どこがといったらこの試行錯誤で死刑執行のとこだろ」
「そこだけか?」
「そこは無理な減量は体に悪いという強めの警告を軽い口調で発しています。バランスが取れています。あと、上手いこと言っています」
「…………。そこを、お前……、直すつもりがなくてどこを直せって言うんだ」
「まあ別に、峰岸の主張を根本から変えようという趣旨ではないからな。そこが重要だと言われるとそんな気もするのだ。ただ上手いこと言ってたりはしないな」
「上手いこと言ってるかどうかすら重要じゃないと思うんだが。……ああ、まあ良い。というか一学年下のお前が焦るようなとこじゃないんだろう一科目落としたとしても。それこそ試験の成績のみ考慮で暗記必須の履修すれば全部百点取れるんだろうし」
「となると一番アレだぞ。健介が危ういのだぞ、分かってるのか?」
「お前に危うく思われるようなぎりぎりの戦いをしているつもりはない。レポートの点数がちょっと良かったくらいで調子に乗るな」
「あのなあ、健介なあ。悪いのだが、そもそもこの論文指南を行うに至る経緯を考えると健介の方が重症なのだぞ。健介のレポートはもう結構根本的な部分を変えなくてはならないのだ。中西先生も苦笑いだったのだ」
「……そんな馬鹿な。真面目に書いたぞ、多分だが」
「健介もよく考えて欲しいのだが『これは無理なダイエットは良くないぞ、じゃあこうしなさい』ということを論じるべきものだったのだ。では、中西先生のコメントを発表する」
「いや、いらんと言わざるを得ない。いらんぞ、俺は。余計なアドバイスに違いない」
そう言われると、陽太の表情から考えると、俺もそう大層なレポートを仕上げたりはしなかったんだろう。
ミナコのようにふざけて書いてたりはしないにせよ、何か必要なキーワードが抜け落ちていたり、恥ずかしい漢字の書き間違いなんかがあったりするかも分からん。陽太はそれを指摘するつもりなんだろう。そもそも当初から、余計なお世話としか言いようがない。




