四話②
「おはよう……、ミーシー。遊園地に行く準備、何かあったりするか?」
「おはよう。寝癖直して歯を磨いて顔を洗って眠くならないように早朝ランニングしてくると良いわ。…………。あと、絶叫マシンに乗るでしょう?オムツがいるかも知れないわ」
「誰用のだ?そんなもの買わなくても乗る前に済ませておけ」
「飲み物は水筒一つで足りるかしら。場合によってはあと、何本かいるかも知れないわ」
「それは一つもいらない。自販機とかが向こうにあるはずだ。冒険家なら何本も予備を用意するんだろうが俺たちの目的地は遭難するような危険度の高い場所じゃないだろう」
「遭難……。バスに乗るでしょう。バスジャックとか、ばすばすばふばふが、起こるかも知れないわ」
「バス……、ガス爆発か?起こらないな、言えてないな」
「遊園地には爆弾が仕掛けられてるわ。頂点に辿り着いた観覧車が次々と爆発して不運にも巻き込まれた乗客は刻一刻と迫る最期の時まで神に祈るのよ」
「本気で言ってるのか?犯人は誰だ」
「犯人は……、悪の組織でしょう、常識的に考えて。国際テロ組織ワルカイダーの仕業でしょう」
この期に及んで駄々をこねるのか、こいつは。そんな無差別テロ事件が起こるとは思えない。ましてや、ワルカイダーなどというどこかで聞いたことがありそうな悪の組織が関与してたりなどするはずがない。
「あなたは観覧車の中に取り残されて……、辞世の句を、なんちゃってポエムを作るでしょう?最期だから一生懸命に作るのよ」
「作るでしょう?……ってなんだ。作らんぞ。一か八か観覧車から飛び降りるなり必死に助けを求め続けるなりしてるはずだ。最期のポエムを必死に作るのか。潔いな、お前の中の俺は」
「そしたら、警察はあなたが残したダイイングメッセージだと思うはずよ。特別捜査本部のエリート刑事が感情を込めてあなたのポエムを朗読するわ。報道もされるわ。もう……、黒歴史でしょう。漆黒の闇歴史でしょう」
「行きたくないのならアンミに言え……。ついでにワルカイダーの計画を阻止するために警察にも連絡を入れておけ」
ミーシーは長いため息をついた後、目を瞑って眉間にシワを寄せた。昨日の段階ではある程度納得していたはずだが、一晩眠って気が変わってしまったのか。ただ、意味不明なでまかせを俺に伝えても意味がないことくらい分かっているだろう。
本気で出掛けたくないと思っているのならアンミに一言『行きたくない』と言えば良い。それでどうなるかまでは分からないが。
「アンミもアンミだな。何故お前の遊園地嫌いの理由を知らないんだ。というか、行きたくなさそうにしてることくらい見ただけで分かりそうなものだ」
「……別に遊園地を嫌ってるわけじゃないわ。行ったこともないのに」
「ん、だが、結局人ごみとかそういうのが嫌いなんだろう。俺だったら無理にそういうところに誘ったりしないぞ。今回はアンミの希望で全員で出掛けることになったわけだろう。最終的には。もし意見があるならアンミへ言ってくれ」
「意見なんてないわ。アンミと仲良くして満足させてあげなさい……。アンミだけだと不安でしょう、アンミがゴネたらしょうがないでしょう。買い物だって、行く必要ないなら行きたくなんてなかったわ。意見なんてないのよ。ただ、爆弾が仕掛けられてるかも知れないと言ってるのよ」
「それはお前が行きたくないということだろう。留守番したいのか?」
「留守番することにはならないわ。アンミはあくまで三人で行きたいのよ。ここに来てからアンミはずっとそうよ。買い物とかもちょっと前までだったら一人で行くと言ってもおかしくなかったのよ。でも三人で行ったでしょう?」
「三人で行ったな」
「アンミにどういうつもりか聞いてみなさい。アンミは私とあなたをイチャイチャさせたいのよ」
「イチャイチャ……、買い物はお前が行きたがったんだろう。それに、……三人で行くと言ったのはアンミだ。それはな、こういっちゃなんだが、俺とお前の関係をアンミが心配しているということだ。アンミは誰とでも仲良くできるだろう。イチャイチャしろと言われたんじゃなくて、俺と仲良くしろと言われたんだろう」
「私とアンミで行動しようとすると嫌がるわ。あなただけで行かせようとしても嫌がるわ。でも別にあなたと私とでそう仲悪くもないでしょう?」
「それは、……あくまで全員でという話だろう。嫌がるというか、一人だけぽつんと残したら可哀相とかそういう気配りをしてるだけだと思うぞ。俺とお前は仲悪くなかったか。良かった」
まあ、仲が悪いというほどに何かがあったりはしない。およそ初対面の頃から俺への接し方は特に変わってないわけだから、そういう意味では常にニュートラルな人間関係なのかも知れない。
ニュートラルがそれだからアンミに心配されるんだと言った方が良いんだろうか。
「それだけじゃないわ、アンミが手伝いさせようとするのは変なのよ。あなたと一緒に料理したりしないかとかアンミから言われたわ。私をクッションにしてアンミにべたべたデレデレしないでちょうだい。それこそ私一人除け者みたいでしょう」
「…………?身に覚えがない。まああり得るんだろうが予知と現実をごっちゃにして話すな。それはアンミが一人で家事してたら手伝いたくもなるだろう。俺がアンミと比べて下手くそだからアンミもそれに付き添うことにはなる。お前も手が空いてるなら何かやろうということになる」
「ならないわ。少なくともこの家に来るまでアンミは自分の仕事がいつの間にか終わらされていたら、その辺りを残念そうにうろうろしてるような子だったわ。誰にでもできそうな仕事なら間違っても誰かに譲ろうとしたりなんてしなかったわ。私が掃除しても、アンミは必ず同じ場所をもう一回掃除したわ」
「……そりゃ、お前の家でどうだったという話、なんじゃないのか?ある程度、家自体も勝手が違うし、言いづらいが……、お前の仕事が雑だった可能性もある。二度目の掃除をしたのは」
「そう、そういうことを言う。確かにあなたが掃除してたらアンミはすんなりOK出すでしょう。でも前は違ったのよ」
要するにあんまりアンミとべたべたするなという要望なんだろう。俺にアンミを取られた気になってヤキモチを焼いているのか。実際のところヤキモチ焼かれるような出来事は全然ないんだが、ミーシー視点だとそう思えても仕方ないのかも分からん。
それくらいに、アンミはミーシーの感情というのか気分というのか、そういうのを蔑ろにしていたりはする。今回、ミーシーの様子を眺めていて、普通、追加の話し合いもなしに遊園地予定決行とはしづらい。
……まあ、追加の話し合いは実現せずとも予知の中で済んでいるという可能性もあるだろうが。予知の中にせよ、強情に、頑なに、三人で遊園地に行きたいとアンミが言うのなら、ミーシーは不貞腐れながらも言葉を飲み込んで死んだふりをするしかなくなる。
おそらく、アンミ側にも相応の理由というか思惑というのがあるだろう。アンミとミーシーは元から仲良しであるから、そもそもアンミが気遣うのは俺とミーシーの関係性という危険部分しかあり得ない。少なくともアンミが特別俺に好意を向けているようには感じなかった。誰にでも親切な人間が、極々自然に、料理だとなんだのをしてくれている。
俺がミーシーに嫌われるか、あるいはミーシーが俺から嫌われることを懸念している、と、いうことになる。
「要するに俺が邪魔だということか?それならそれで俺がちょっと遠慮すれば済む」
「試しに……、遊園地で別行動したいとか言ってみなさい。アンミはすぐ嫌がるわ。あなたのことがお気に入りなのよ。連れションしましょう。絶叫マシンに乗る前に。三人で」
「あのな……、というかな。アンミは単純に俺とお前が仲良くするように努めてるんだ。お前と俺が何の問題もなく仲良しだったらアンミは何の心配もしないし文句も言わないし変に気を使ったりもしなくなるだろう。俺もアンミからミーシーと仲良くできそうか?と聞かれた。つまり、……つまり、あれ」
つまり、なんだったか……。まあ、つまり、俺とミーシーが仲良くするように、アンミはある程度俺とミーシーをセットにしたがるし、アンミは、俺とミーシーが上手くやれてるか監視……、することにはなるんだろう。
「つまり……、まあ、そうだな。少しの間お前が我慢してればアンミの不安も解消されるだろう。俺は別にお前と仲が悪いとは思ってないが、遊園地もアンミなりに考えた仲良し作りの一環みたいなもので、だから、楽しい思い出でも一緒に作ってアンミを安心させてやれば良い」
「…………」
「アンミのことで俺を目の敵にするお前の理屈も分かるが、それは逆効果になりかねない」
「アンミもあなたも言い分は分かるわ。でも?別に?私もあなたと仲が悪いとは思ってないし、……?それはアンミも分かってるでしょう?と、思うのよ」
「そういや、……まあ、確かにそんなことも言っていたような気がする。機嫌悪い時はお前は喋らないから別に怒ってたりしてないとか……。だが、何だ、お前から本を貰っただろう。あの時とかもアンミは俺たちを見て嬉しそうにしてたし……」
そうして指摘されると確かに、ミーシーの言う通り、赤の他人が端から見て俺とミーシーが仲良しに見えるかどうかというのならまだしも、アンミから見て俺とミーシーが仲良しに見えるかが問題になっているはずだ。
アンミが、俺とミーシーの関係性をどう評価するのかという部分について、どうしてか、ミーシーは自信を持っているようだった。順当に考えるなら、アンミはミーシーの機嫌の善し悪しについてはある程度は正確に把握していておかしくない。ミーシーは楽しそうにしてるよとか、そんな発言すらあった。
……もしかして、俺の態度が悪いのか。多少ひくつくことはあったりするとしても、俺は別にミーシーのことを嫌っているような態度を取ったつもりなどない。俺が原因だとすればそれこそ俺が誤解を解く必要があるわけだが。
「アンミが、不安がるとしたら、……俺側か、よく考えたら。いや、待て。お前が実は俺のことが大嫌いで、それをアンミが察していたという可能性も捨てきれないが……。アンミもお前も俺に対して嘘をついているという……」
「そんな悩んでくれなくて良いわ。アンミが心配しているというのなら仲良ししましょう。夜な夜なあなたの部屋に忍び込んでアンミに聞こえるように変な喘ぎ声上げればきっと満足するでしょう……。練習しとくわ」
「やるなよ……。俺は全員に公平な誤解のない解決を望んでいる」
「ところで、遊園地の準備に何が必要か聞きにきたんでしょう。あんまりこうやって言い合いしてるとまたアンミに余計な心配されるわ。アンミが早起きして昼のお弁当を準備してるし、ミーコの晩御飯用に油を切ったツナ缶も置いておくことになるわ。だからもう特に何も準備するようなものもないのよ。必要だと思うならオムツだけ用意しなさい。それも最悪なくてもなんとかなるわ。仮に漏らしても良い汗かいたなあとか言っておけば私は気づかないふりしてあげられるわ」
「絶叫系のアトラクションは苦手だが、漏らすようなことはない。それともお前の予知では漏らす未来が訪れるのか?本気でそうなら備えるが、オムツを準備するんじゃなくて絶叫系アトラクションに乗らないという選択もある」
「予知はあんまりあてにしないでちょうだい。私はあくまで心配したりアドバイスしてあげてるだけだわ。そうね、周りに気づかれない内に急いで下を脱いでおいて堂々としてなさい。『ズボンどうしたの?』と聞かれた時には、『そんなの最初から履いてなかったよ』と言い訳するのも良いと思うわ」
「そんな心配はいらない。アドバイスもいらない」
そうこうやり取りをしている間に朝食の準備は整った。アンミがこちらへ顔を覗かせてしばらく俺たちの様子を窺った後、「ご飯できたよ」と言った。ミーシーは特に返事をするわけでもなく、俺と仲良く話していたふうを装うでもなく無言で席へ歩いていき俺も軽くアンミに返事をして食卓につく。
「いただきます。初めてだな、朝食、全員集合してというのは」
「いただき、ます?え?そうだったっけ?あ、そうなんだ」
「いてもいなくても気づかないわ、いただきます。本人がそう言うなら初めてなんでしょう」
「俺だけか、全員だなと思うのは。まあ、ミーコはいないが」
さすがに俺がいるかいないかくらい分かってたはずだが、どうやら二人とも俺が増えることにさしたるめでたさを感じてはいないようだ。頑張って早起きしたかいもない。




