三話⑩
「あなたに、……すごくつまらなさそうな本をあげたでしょう?」
「ああ、ありがとう。まずすごく、お前がそれを自覚してくれてるのが嬉しい。俺がプレゼントにいちゃもんをつける嫌な奴にならないで済むし、俺のセンスが狂っているというわけでもなさそうだ。そういう無駄な葛藤をしなくて済む」
「こう、つまらないものを貰った後だったら、なんていうのか……、ちょっとまともなものを貰ったら、相対的にはすごく良いものに思えたりするでしょう?なんか無意識にバランスを取りたくなるでしょう?」
「ん……。どうだろうな。そうかも知れんな」
いまいちピンとくるわけじゃないが、話の腰を折らないように納得したような素振りはしておいた。変な本の後に普通の本を貰ったら、普通の本を一冊貰うだけよりも嬉しいというようなことに、なるんだろうか。変な本を貰ったら、普通の本というのが恋しくなったりするんだろうか。正直な感想としては、別にそんなことはない。
「アンミは多分、ここでの生活が好きなのよ」
本来であればその言葉は、嬉しく受け取るべきなんだろう。ミーシーがはつらつとそれを口にして、嬉しそうに笑顔を浮かべていたのなら、俺も素直にそれを喜ぶことができた。だが残念ながら実際のところ、ミーシーはむしろそれを不満に思っているかのように言葉を切って言いよどんでいる。
「お前はここでの生活が好きじゃないということか?」
「…………。なんともいえないわ。私もあなたやこの家に不満があるわけじゃないし、アンミが楽しそうにしてるならそれで結構でしょう。……私も好きになるかも知れないわ。何事もなければ、私も好きだとは思うのよ。まあ、ただ、私がどうこうという話は置いておきましょう。今あんまりそれは関係ないわ」
できればその辺りは根掘り葉掘り聞きたいところではあった。肯定的な言葉を見つけることもできるが、ものすごく消極的な並びにはなっている。
何が不満だとか何が好きだとか、そういう今後を見据えた建設的なキーワードはなかったし、今は関係ないとばっさり区切りを入れられてしまった。
俺が「ああ」と短く返した後、ミーシーは黙ったまま体を少し傾けて袋から一枚の紙切れを取り出した。俺の方へ差し出すでもなくだらりと膝の間に腕を垂らし、「あなたにあげるわ」と言う。
「何をだ?相対的に良く見えるものということか?」
「遊園地のチケットよ」
ああ、福引で手に入れたものだったかと納得する。一歩近づいて垂れ下がった腕の先のチケットを眺めてみるが、そんな中でもミーシーは腕を持ち上げようとはしなかった。
あとまあ、変な本を貰った後だからといって、別段、遊園地欲求が高まったりもしなかった。ミーシーが何を目指して遊園地のチケットをプレゼントしたいのかもよく分からん。
続けて「どうぞ」と言うのでそれを掴んで目の前で広げてみる。
「どういうことだ?いまいち、意図が汲めないんだが……」
「好きに使ってちょうだい。あなたにあげるわ」
「そうか。それは、その、ありがたいんだが、なんでくれるんだ?なんか理由があるのか?」
「くっそつまらない本を受け取ったら、損した気になってバランスを取りたくなるでしょう?」
「それはお前の思惑だろう。俺に受け取らせたいということか?」
「そういうことよ」
まさか俺が遊園地好きだなんて情報はどこを探しても出てきたりしないだろう。裏面を見ても表面を読み返しても特に普通の、遊園地のチケットのようだった。特に何かしら仕掛けがあるわけでもない。
割合に、この近辺では名前も知られている遊園地だし変な噂を聞いたことなどもない。かといって、逆に俺が好んで行きたがりそうに思われる理由というのもそうなさそうだが。
「ああ。……?話し合いというのはこれを受け取るかどうかか?」
「まあそうね」
「お前は積極的に行きたいわけじゃないということで良いのか?」
「まあそうよ」
合いの手のように簡単に返されてしまった。じゃあ受け取ろうと言い掛けた時に、ちょっとチケットの表記が気に掛かる。『ファミリーパス』と、印刷されている。
考えてみるに、主婦層をターゲットにしたスーパーの福引景品が単独チケットだったりしたらお客もがっかりだろう。そういう意味で景品選定はしっかりとしたものだった……、わけだがそれとは別に、これが一体、どういう使い方をされるのか、ミーシーが俺に期待するのはそんな部分なのかも知れない。
まあ、実質、二択だろう。俺が何も気にせず友達と遊びにいく時にこれを使うか、アンミとミーシーを連れて遊園地へ行くか、それくらいしか思いつかない。でだ、この場合普通であれば、いくら所有権が俺に移ったとしても後者を選択肢から外すことはない。
というよりも、ミーシーが自由に使い道を決めて、アンミを誘ってお出掛けすれば良いだろう。俺を誘ってくれるなら俺もそれについていく。
「…………?使い道について、なんか要望はあるのか?」
「ないわ、だから好きに使ってちょうだいと言ったでしょう」
深読みすべきなんだろうか。素直に聞き取りすべきなんだろうか。ミーシーがどういう理由で手に入れて、どういう理由で俺に手渡すのかがはっきりとしない。もしこの家の三人で行きたいのなら、単純にチケット所持者のミーシーがそう誘えば良いだけのことだ。俺は多分それを断ったりはしないだろう。
一周巡って、俺が遠慮して二人で出掛けるよう促すことを期待しているんだろうか。確かに、最初から二人でお出掛けプランを立てられたら俺はちょっと疎外感を感じて寂しがるだろう。『いいや、二人で行ってくれ』と突き返す手順を踏まないと俺に悪いと思ったのかも知れない。
「分からん、どういうことだ?二人で行ってきてくれて良いぞ。成人男子が遊園地に執着したりなんかしないだろう」
「それが一番最悪なパターンでしょう。私は今行きたいと思ってないし、アンミはあなたを一緒に連れていきたがるわ」
「ヒントをくれないか?俺はどう使えば良いんだ、これを」
「俺は遊園地が嫌いだとか言ってビリビリに破ってくれたらいっそスッキリするわ」
「意味が分からんな。異常者だろう、そんなことをしたら。それにお前がこれをわざわざ手に入れた理由も、途中で捨てなかった理由も分からない。そんなことをさせるために持ってたわけじゃないだろう」
「私が、行きたくない理由が、ちょっと微妙なのよ。あなたが捨てればあなたのせいにできるでしょう。別に捨てなくても良いわ。あなたのお友達と行くという選択肢だってあるわけでしょう?」
「あるけど……。普通に考えたらお前らと一緒に行くだろう。アンミは行きたがらないのか?」
「…………。アンミは行きたがるわ」
むすっと不貞腐れたように顔を背けてから口を開いた。
「なら、アンミにあげたら良くないか?」
「…………」
無言ではあるが、それは嫌だという返事なんだろう。俺に判断を任せる以上、余計なことは言いたくないということに、なるのかも知れん。
だが現状、ミーシーがどうしたいのかが全く浮かび上がって来なかった。少なくとも俺はこの会話でヒントを掴めない。
「アンミを遊園地に連れていってやりたいのか?でも自分は行きたくないという……」
「それもちょっと違うわ。ねえ私も困ってるのよ。あなたとアンミと二人で行かせるとアンミが私に、行けば良かった行けば良かったとうるさいのよ」
「それは俺の企画力不足のせい、ということか?」
「そうじゃないわ。私が強硬に行かないと言うから雰囲気が悪くなったんでしょう」
「それはお前が、ちゃんとアンミに理由を説明してやれば済むことだろう。アンミも別に強情にお前を連れ出そうとはしないはずだ」
「いいえ。割と強情に、連れ出そうとするし、無理に二人で行かせるとあなたもアンミも楽しそうに帰ってくることはないのよ。じゃあもういっそ行かせない方が良いでしょう」
「こういっちゃなんだが、……お前も付き合ってやったら良いだろう。何を嫌がってる?」
「遊園地なんて幼稚園児が行くとこでしょう。名前が似てるわ」
「そんな偏見で行きたくないのなら強情に断られるアンミが可哀相だ。遊園地は別に大人だって楽しめないことはない」
「それはあなたの頭が遊園地で幼稚園児だからでしょう」
「なあ別に、遊園地は幼稚園児を対象年齢にしてたりしない。名前の音の響きなどあんまり関係ないんだぞ。俺の中学校時代、高志君という男の子がいたが、別に大して高い志など持っていなかった」
「でも、私があなたにプレゼントして、あなたが誰かと一緒に行けば、全部丸く収まるでしょう?アンミは私があなたにプレゼントするのを喜ぶし、納得もするでしょう、……多分」
「多分ってことは確定じゃないんだろう、それは。俺もお前に無理やり参加しろとは言えないが、順当に考えたらこの家の三人で遊園地行くのが最良の解決だ。普通に考えたら俺はそう言い出すだろう、予知してないのか?」
「……予知してないわ。というか、予知して私に批難が集中したからあなたに判断を投げたんでしょう」
「まあ、とりあえず行きたくない理由を言え。それによってはこのチケットはこっそり燃やすでも破くでもしてやる」
「お友達と行くという選択肢もあるでしょう」
「そうだな。だとしてもとりあえず理由を聞かせてくれ。アンミが行きたがるんだろう」
「あんまり言いたくないわ。あんまり言いたくないくらいの微妙な理由なのよ。だから最初に言ったように、あなたが自由に使い方を決めてくれたら良いわ。私は絶対行かないと言ってるわけじゃなくて、行くにしてもあなたに責任被せて行きたいと言ってるのよ。ただあなたがお友達と行くのを推奨してるわ、個人的には」
「で、その理由は?」
「もう三度目でしょう。諦めなさい。言いたくないのよ」
「ノーヒントで判断しろと言われてもな。お前の心情を無視した結論を出すことになってしまうぞ。もし三人で行って遊園地が楽しくないという理由が分かってるなら、それをあらかじめ教えてくれたら良い。原因が分かっているなら対処できないことないだろうし、仮に対処不能な悲劇が起こるというのなら、それを説明してくれたら俺も納得する」
「そうね」
「ああ」
「…………」
「…………。え、何がどうなるとかそういうのはないのか?」
「ないわ。分からないわ」
「じゃあ……、予知、してなくて、いや、というか、お前が一人で留守番をする予知はしてるのに、遊園地に行く未来は予知してないのか?」
「ええ。もうでも、そういう詮索しないでちょうだい。ちょっと嫌な気持ちになってきたわ」
「何でだ?」
「何でっ子はやめなさい。あなたに決めて欲しいのよ。ただそれだけなんだから、余計なこと気にしなくて良いわ」
「じゃあ、……お前と、アンミと、俺とで遊園地に行くと言っても怒らないか?」
「怒らないわ。じゃあそうしましょう」
すごく不毛な、話し合いだった気がする。唯一受け取れた情報は、どうやらミーシーは遊園地を毛嫌いしていると、その程度のことだ。怒りはしないながら、内心不満を抱いているんだろうとは思う。
だが、俺がその意見を引っ込める間もなく、ミーシーは了承してしまった。遊園地に行きたくない微妙な理由というのは、……果たして本当に、どうでもいい微妙な理由だったんだろうか。
絶叫系アトラクションが苦手だというなら、別にそれに配慮した選別をしたって構わない。なんなら遊園地に着いてから別行動したって良いわけだし、アンミも俺も無理に乗り物を強要することはないはずだ。
弱みを見せるのを嫌がって口を閉じてるんだろうか。絶叫系アトラクションを怖がっているなんて知られたくない、ということなら、おおよそ辻褄は合うようには思う。それは意外な弱点で、本人にとっては恥ずかしいことなのかも知れない。
これはちょっと、本人からよりもアンミの証言を待った方が良いな。絶叫系アトラクションはそもそも俺も得意じゃない。アンミからの証言でミーシーも苦手だと確信を得られたなら、俺が先頭立って苦手意識をアピールして誘導すれば良い。
「じゃあ、……貰っておくな。日程については別途協議しよう。候補はあるか?」
「アンミ起こしてアンミに聞きなさい」
「そんな機嫌悪そうにするな。遊園地も楽しみ方次第だ。あと、気持ち次第だ」
俺からの励ましには別に興味もないようでこちらへは振り向かず、隣のアンミの肩を掴んでゆさゆさと揺する。乱暴な動作ではないが、無遠慮というか、アンミが寝てるのにはお構いなしのようだった。




