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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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最終話⑫


 そうだったろうと思う。夢の女の言う通り、ミナコはそれを、こうも簡単に解決したかったわけじゃないはずだ。それが後悔の象徴に見えるのは俺にも同じで、そして何よりも、歩み続けてきた道の先にそれを見出せなかったミナコを、悲しく思う。


 そう、できなかったわけじゃない、だろうに。そうなれなかったわけじゃないだろうに。


 少なくとも、俺はミナコの側にいてやることができた。それはほんの一欠片で、ミナコの欲しかった全部には到底足りないのかも知れないが、でも、それは本来ならそうして、俺がいて、ミナコがいて、互いの気持ちがあって、ようやく成り立つものだろうに。


 夢の世界のミナコは、実際には、両親に願われた姿でもなければ、田原栄子が願った姿でもない。眠りについたミナコの姿を前に、俺や陽太は、それをどう嘆くと思っているのか。


 ああ、それとも、俺もまた、俺が願う世界に溶け込んで、そんな機会も訪れないものなのかも知れない。


 ミナコよりもよっぽど無様に、世界を願うのかも知れない。


 ずらりと並んだ中から一冊を抜き出して、後悔の付箋を指で撫でてみる。


 パラパラと、指で撫でて、続けてページを捲ってみる。


 けれどどこをどうすべきなのか、何かを書き換えたところで、結末が変わるようには思えなかった。その付箋は、その当時の俺の後悔であって、今の俺が持つ感想とは少し種類が違う。


 もう少し見つめられたら良かったと思った。ミナコと違って全てを作り替えることなんてできそうもない気がするから、俺はせいぜい、どこか一つを、やり直すことができたら良い。


『ええ、あなたも、世界を願って良い』



 はっと気づいて自宅からまた大学までを駆け足で戻り、講義室の裏口の扉を開けた。わざわざ急いで忘れ物を取りに戻ったのは、昼休みが終わってしまえばまたごちゃごちゃと人が席を埋めつくす可能性が高かったからだ。


 そうすると講義中にその机を漁らせてくれと言い出す迷惑な奴になるか、講義が終わるま外でそわそわ心配しながら待ち続ける奴になるしかない。


 どちらも嫌ならこうして昼寝をキャンセルして講義室に戻ってくる他なかったわけだが、そこにはぽつんと一人、そして偶然なのか故意なのか定かではないが、わざわざ俺が座っていたであろう席を陣取っている人物がいた。


 それだけならまあ、講義が終わったのに講義室にいる単なる変な奴に声を掛けるくらいのことなんだから、俺もそう躊躇することなく正直にありのまま、忘れ物を探させてくれ、多分その辺りだ、と伝えただろう。


 が、……困ったことに、こちらにまるで気づきもしないそいつは、金髪の、女の子だった。


 そうなると俺の声を掛けるべき相手は、髪を金色に染めるちょっとヤンチャ気質な子か、あるいは純粋に、外国人だという可能性もある。


 とりあえず振り返って貰わないことにはどちらであるかの判別もつかないと思って、わざわざ足音を立てながら、そしてちょっと風邪気味のようなふうを装って咳をしてみた。


 そして悪い予感というのはどうしてか当たるようで、それがどうやら、外国人であるらしいことが分かった。ちらっとこっちを見た時、瞳の色が青かった。


 彫の深い顔立ちだったら暗い講義室で色の見分けなどつかなかったろうが、目はぱっちりとしていて、こちら側へ瞳を動かしていたから、およそそれは間違いない。


 金髪碧眼の、女の子が、俺が忘れ物をした席を陣取っている。


 ……一人で。


 それはいかにも奇妙な状況で何を理由にそうして座っているのかも分からないし、挙げ句に、こちらを一度確認した後、その女の子はまたすぐに、『なんだ気のせいか』と言わんばかりに俺を無視してまた前に向き直ってしまった。


 俺からにせよ、相手からにせよ、一言くらいあっても良かっただろうに、俺は『何をしているんだ』というのを英語でどういうのかが一瞬では出てこなかったし、女の子は女の子で……、外国とかでは、そういう振る舞いが普通なのかも分からん。


 ともあれ、待っていたところでその女の子が席を移動してくれるなんてことはなさそうだったから、やむなく俺も、言いたいことを頭の中で英語で組み立てて、極力馬鹿にされないよう発音に気をつけて心の中で繰り返し唱えてみる。


 何とか中学英語で伝わりそうなものだが、英語力に自信のない俺などにとっては大層勇気が必要な作業だった。


「ぃ、ィクスキューズミー?」


「んっ?びっくりした、誰ですか。私のことを知っている人ですか?」


「……日本語上手いな」


「?そちらこそ」


 そちらこそ、というのは意味の分からん返しではあった。だがどうやらこの様子なら普通に、日本語で話しても問題なさそうな流暢な発音をしている。


「ええと、もしかして英語は話せないのか?」


「いいえ。どういうことですか?出身地を聞いていますか?」


「ん?ああ……、そう、なるのかな?」


「英語を話すのを禁止されている地域の出身ではありません」


「?じゃあ、英語は話せるのか?」


「?どういうことですか?相手によっては英語で話します。英語が母国語ですか?」


「俺がか?いやお前の話をしているんだぞ?やはり日本語は不自由か?発音も、なんかちょっと考えると、なんか違う気がしてくる。疑問系で?じゃあ質問を変えよう。日本語は理解できるんだよな?」


「百パーセントとは言いませんが……。どうなのでしょう。通じてますか?通じていないのでは?まるで話を理解できない」


「…………。ええと、いや、ん?通じて、るとは思うんだが」


「いや?普通に他の人と日本語で会話できるので、私の日本語が変ということはないのですが、日本語が不自由ですか?イズイツベテァトゥトー……、いや?なら何故日本語で話しているのでしょうか。何がしたいのでしょう?日本語の練習ですか?」


「俺の日本語が下手だと言いたいのか?何がしたいんだという質問に答えるが、あのな、忘れ物を、取りに来たんだ。お前のちょうど、今座ってるとこの机に、忘れ物をしたから、俺はそれを取りに来た。それだけ分かってくれたら良い」


「分かりました。ここに?忘れ物をしたのですね。では私は一つ後ろの席に移動をします。そしてもし必要なら探すのを手伝います」


「ああ、ありがとう。いや、手伝って貰うようなことじゃないんだ。ええと……、あれ?」


 俺は一回、ウトウトしながら自宅に帰って、ベッドで寝ようと思った時に、忘れ物に気づいて、わざわざ慌ててここに取りにきた、わけだが、忘れ物?財布は、持ってる。じゃなきゃ家の鍵を開けられなくてそのタイミングで気づく。


 携帯は、今持ってる。ここになかったら学務に連絡して落とし物に届けられてないか確認するつもりだった。


 だが、ところで、『俺は一体、何を忘れたんだ?』


「意味が分からん……。忘れ物をなんだ、俺は馬鹿か?」


「…………。ああ、では?そう、ですね」


「独り言だ。俺が馬鹿だと?……そ、そうだな。なんだ俺は、夢を見てたのか?」


「何を言っているのかが本当に分かりません。大丈夫ですか?」


「……これはな、俺はな、うっかりしていただけだ。ちょっと待ってくれ。すまんが少し静かにしててくれ。もしかすると夢じゃなく、本当に何か忘れたのかも知れない。何を忘れたのか忘れただけで、忘れ物をしたのは夢じゃなかったということもないことはない。だが……」


 当然机の中を覗き込んでも何も見つけられない。一列前を覗き込んでも何もない。さすがにここまで、前の方には座らないだろうと確信できるまでそれを続けて、もう一度女の子のいる辺りまで戻り、今度は後列を覗いてようやく俺は、諦めがついた。


 そもそも俺は、何も忘れ物などしていなかったらしい。


「悪かったな。なんなら元々座ってたとこ戻ってくれても良い」


 一応学務の方も巡ってみようかと思って裏口からではなく、正面側のドアへと足を向けると、その女の子は「ちょっと待ってください」と言った。


「一緒に探しましょうか?」


 それが本心からの思いやりの言葉なのか、それとも俺が断ることを前提とした建前なのかはよく分からなかった。


 仮にその厚意に甘えようにも、探しようなどないんだ。それをどう伝えたものか熟考した末に、「いや、大丈夫だ」と答えた。


「ええと、例えば、このペンなどは前から三列目の辺りに転がっていました。これなどを探していましたか?」


「いやそれじゃないな。気持ちはありがたいんだが、探しても見つからん気がするからとりあえずはもう大丈夫だ。…………。で、よく考えたら、お前は何をしてるんだ?」


 まあ、持ち物からすれば、分厚い本を、どうやら読んでいたみたいだった。ちらっと見ただけでは内容はまるで理解できそうにない。


 びっしりと外国語が詰まっていて、地味な装丁から察するにストーリーを楽しむ類の小説ではないんだろうなと思った。整理すると、この女の子は外国人か、ハーフかで、少なくとも母国語と日本語ができて、しかも難しそうな本を読んでいる。


 一人で、昼飯の時間だというのに、わざわざ無人の講義室で。


「何をしているかというとですね、時間を潰しています」


「まあ、そうなのか。自習なら図書室の方が……、良くないか?あっちの方が椅子の座り心地は良いし、机も広いし、ここよりエアコンがちゃんと効いてる。あと、……これも人それぞれだとは思うんだが、みんな今学食だろう。飯はもう食ったのか?」


「ご親切に。ありがとうございます。まず名前を名乗っても良いですか?」


 まず、も何も、俺などはこういう場面で名乗るつもりも名乗られるつもりもなかった。継続的に顔を合わせるわけじゃないんだから、名前を聞いても意味がない。呼ぶ機会など訪れないであろうし、そうするとすぐに名前も思い出せなくなる。


 まして外国人の名前などなおのこと……、覚えてられる気がしない。


 ということで、できることならご遠慮させていただきたいんだが、『まず名乗っても良いですか』というのは日本語の教科書に載っていておかしくない定型染みた文句に聞こえた。


 外国では二言三言話す前に名乗るのが当たり前なのか、ともかく一言で言うと、断りづらい雰囲気だった。まあ考えてみれば、忘れるのは仕方ないにせよ、どうせ忘れるから名乗らなくて結構ですというのは、失礼だろうな。


「ああ。そうか。俺は、高橋健介、だ」


 こんな自己紹介を、することってあるのか?俺は今までどうやって人の名前を知って来たのかすごく不安になった。俺の名前を知ってる奴は一体どうやって俺の名前を知ったんだ。さすがに人生の中でここまでひどい自己紹介をした覚えなどない。


「高橋健介さんこんにちは。僕のことは峰岸ミナコと呼んで下さい」


「えっ……、ああ、こんにちは?家族構成は、どうなってるんだ?お前は」


「…………?家族のことを聞きますか?ええと、お父さんはお医者様です。そうですね、おじいちゃんもお医者様です。ということは代々お医者様の家系ということになります」


「ああ、良いとこの子だな。そういうことじゃなく、いや、金髪だから……」


 と、言った途端に、その女の子はちょっとぴくりと反応してから下唇を上げた。長い髪はさらさらと揺れていて、頭のてっぺんから少し下辺りで赤い髪留めで束ねられている。


 そんなふうに表情が変わらなければお世辞のように『きれいな髪だ』とまで続けられたんだろうが、どうやら割と、本人はそれがコンプレックスだと感じているのか、それとも俺の発言を人種差別的なものだと感じたのか、とにかく、俺はそれを誤魔化そうと言葉を止めた。言葉を止めなければ何かしら口を挟んできたはずだ。


「すまんなんでもない。医者の、そうか。ええとな、じゃあさぞかしお前も賢いんだろうな」


「ええ。ええそうです」


 単に素直だと評するべきなのか、謙虚さというのは持っていないらしい。幸いなことに、女の子は先までの表情からすぐにっこりと嬉しそうに笑顔を作った。


「そして忘れ物はどうなりましたか?思い当たる場所はありますか?ここではないのなら」


「いや、……違うんだ。忘れ物は、俺は、夢を見てて」


「忘れ物をした夢を見ていたわけですか?そういうことはまあ、あるかも知れません。僕もトイレに行かなくてはという夢を見ていたのに、起きてからトイレに行くと何故トイレに来たのか分からない時などがあったりしました」


「それはお前……、布団は大丈夫だったのか?夢で、見ただけだ。大切に、してたつもりだった。盗られるようなものじゃないが、ただ、なくすのが嫌で、俺はその忘れ物をわざわざ起きて家からな、大学まで取りに来たんだ」


 夢だとするなら、それまでだった。単に全くの無駄足に違いなかった。見つからないものを、そもそも存在しないものを、俺はわざわざ探したりしない。


 でもどうしてか、俺は、ここに、忘れ物をしたような気がしていて、ここにそれを探しに来たような気がしていて、しっかりと探せばもしかすると、見つけることができるようにも思えた。


 何を探しているのかすら、分からないままだと言うのに。


「夢で、見たんだ、夢で、忘れ物をした夢を見た」


「こういってはなんですが、もし単に夢で忘れ物をしたと思ったら大学に来るまでにそれが夢だったことには気づくのでは?」


「そんな気もする」


「では、まあ本当に忘れ物をした可能性もあります。もしくはすごく馬鹿なのかも知れませんが、とりあえず座ってすごく落ち着いて瞑想などをすると良いかと思います」


「瞑想、な……」


 そう言って俺は、俺が忘れ物をしたであろう席に座った。ただまあ、女の子に背中を向けるわけじゃなく、通路側に足を出して横向きに腰を下ろして、それでゆっくりと気持ちを落ち着かせてみる。


 まあただ、そんなことに意味があるようには俺自身全く感じていなくて、女の子の気分を害さないように言葉に従ったふりをしたに過ぎなかった。


 どちらかというなら、女の子が飽きて本を読み始めてくれないかと期待していたし、どういう言い訳をして誤魔化すかを考えていた。


 左手で頬杖をつきながら、のそりと首を傾けて見ると、やはり女の子はこちらから視線を逸らすこともない様子で、俺の行動を興味深そうに観察している。最後には俺の呆けた顔を見てぱちくりと瞬きをした。


 暇だから、本を読んで暇つぶしをしていたところに、間が悪く忘れ物を忘れるという珍しい人間が登場して、どうやらその馬鹿は次にどんな馬鹿をやらかすのか、そんなことに興味が移ってしまったようだった。


 俺も確かに、そんな奴がいたらちょっと興味が湧くかも分からん。


「分厚い本読んで、英語も日本語もペラペラで、代々医者の家系なら、さぞや頭が良いんだろう」


 特に悪気もない感想を呟いたつもりだったが、少しばかり皮肉混じりに聞こえるものだろうか。どちらかというと俺が相当馬鹿に見えるだろうという自虐的な意味合いでそう言ったつもりだった。


「どうなのでしょうか。僕も忘れ物をする人くらいはいるのだろうと思っていました。忘れっぽい人などはいてもおかしくはないと思っていましたが、まさか忘れ物を忘れる人がいるという発想には至りませんでした。そしてもしかしてそれを今……更に忘れて違う話をしていますか?」


「ほぉ……、そうかもな。だが一応言っとくが、お前もちょっと馬鹿っぽい話し方をしていることを自覚すべきだろう。本当に頭の良い奴というのはな、相手のことを考えて相手の気持ちを汲んだ発言をする」


「なるほど。まあそうだと思います」


 と、言って、その女の子は、机に、数式を、書き始めた。


『1+1519321W』


「ところで僕の名前は覚えていますか?」


「……峰岸ミナコだろう。そんなすぐさっきのことを忘れたりはしない」


『0>1∀21W』


「では、健介。ええとですね……」


 ここまでなら、俺はもしかすると慎重に考えようとしたかも知れない。だが、スラスラと、続きがどんどん増えていく。『1+1519321』は、『多分、1519322』だろう……、だが、その先からもうよく分からない。


「書いてる途中に悪いんだが、ええとAを逆さまにした記号ってどういう意味だったっけ?数学でそんなのあったか?」


「任意のあるいは全ての、という意味です。全称限定子と呼ぶそうです。要するに、全部がその条件を満たしますという数理論理式の記号です。それがどうかしましたか?」


 まずもって、読む気も失せる汚い字だった。挙げ句に、数理論理ときて、『それがどうかしましたか?』と来た。


『’√a∧a√of』


 ルート……、しか分からん。論理式だとすると、アンドかな。


『pua!√f hw』


 プア。プアってなんだ。ビックリマークは階乗だとして、ルート?いや、ん?字が汚い……。


「あのな、文字しかないぞ……」


「ええ、文字を書いています」


「……そうだな」


『aq ∩oh pl∩om』


『’pua!√f √∩oh aq o+ a>1!┃ pl∩om [ alq!ssod f]』


 もう、この段階では、机を見ているというより、女の子が机に書いてる、というのを見ていた。


「どうでしょうか?……答えは?」


「答え……。答えか。まあ、ちょっと待ってくれ」


 俺は立ち上がり覗き込むようにしてそれを一応眺めたふりだけしてやって、そうして『分からん』と、そう答える、はずだ。


 答えを聞いたところでそれが何か、俺の知りたかったことを明かしてくれるわけでもないだろう。


 この数理論理式とやらは、女の子が俺を馬鹿にするためにわざわざ難しい問題を書き出して見せ、俺の無学を笑うための遊びに使われている。


 その証拠に、ほんの少し前には名乗った名前を覚えているかなどと質問したりもした。


 だから、これは、ミナコが、俺を、馬鹿にするために、机に?書いた、んだろう。


 ミナコの隣に立って、俺はようやく、どれだけ遠回りをしたことか。


 ああ、なるほど。


 だから答えは、『サー』なのか。


 確かに、そして、『分からない』も正解には違いない。


「俺が前の席に座ったからか?」


「……?どういうことですか?」


「ペンを貸せ。答えはたった三文字で済む」


 そして、机に、『sah』と一文字ずつ慎重に、書いてみせた。


「?どうして逆さまに書きますか?」


「お前が逆さに書くからだ。いらない気遣いを、しやがって……。そんなな、文末から?、文字を逆さに、すらすら書く奴いると思うか?いるわけないんだ、普通は。しかもなんでわざわざ英語で、机に、書いたんだ」


「もしかすると日本語があまり、通じていないのではないかと危惧しました。机に書いたのは、……僕は英語が母国語ではありませんので発音しづらいのと、それと口に出して言うのが少し恥ずかしかったからかも知れません」


 ほんの、それだけのことだったのかも知れない。それが俺の知りたかったことで、俺が欲しかったもので、俺がここに置き去りにしたまま忘れていたものなのかも知れない。


『If possible I would like to be your friend. Would you be my friend forever.』


「英語は苦手だ。日本語で言ってくれ」


「できたら、僕と友達になってください。ずっと友達でいてください」


「……ああ、そうしよう」


「えっ本当ですか?ずっとですが?」


「ああ、ずっと、何があっても、友達でいよう」


 俺が席に座ったまま、ミナコが書き終わるまで待っていれば、それはとても簡単なことだったんじゃないだろうか。


 そうすればミナコは別に、俺が気に入るように不器用に笑って見せたり、不器用に取り繕って見せたり、そんなことをする必要はなかったんじゃないだろうか。


 ありのまま、約束通りに、ずっと、友達でいられたら、夢の中の俺になど願わず、すぐ隣の、俺の手をこうして握ったんじゃないだろうか。


「えへ、えへへ。友達ができました。しかもずっとです。良かった。勇気を出してとても良かった。本当にですか?嘘ではなく?」


「嘘も隠し事もしない。お互いそうあろう。そしたら多分……」


 俺は多分その時、実際は、『意味が分からん、そんなのは分からない』と言ってミナコを一人置いて講義室を出た。


 扉を閉める時に一瞬だけ、お前のことを、寂しげに目を伏せて、机にもたれて、また本を読み始めるお前の姿を、ちらりとだけ見て、家に帰った。


 実際には、……そうだった。



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