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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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最終話⑧


『私の、過ちを認めなくてはなりません。あなたを信じていれば良かった。あなたに、私など要らなかった。もう、遅いですけれど、これをどう、詫びましょうか。もう終わってしまう世界で、あなたにどんな言葉を伝えれば良いでしょうか。あなたの望むように、……私もせめて、誠実でありたい』


 俺は結局、扉に鍵が掛かっているのか確認しようとすらしなかったし、ただベッドに横たわって目を閉じていた。


 夢の女が、過去の俺たちの何をもの悲しく思うものなのか、それは今もって言葉にはならないようであったから、俺はそれがいつ語られるのか、それとも語ることなく終えるのか、そんなことを気にしていた。


 一方で、トロイマンと高田の向き合う光景というのは、鮮烈で、克明で、おそらく今現在に進行中の出来事であろうことはなんとなしに察したが、もはや映画のワンシーンのように現実感が薄い。


 ミナコの感情はとても言葉で分類できそうにないほどに何もかもを混ぜ込んでいる。例えば迷彩服を、何色と、一つで答えられないのと同じように、暗く濁った色ではあったとして、それが、後悔や怒りなどと、一つに表すことはできそうにない。


 果たしてそれが、ミナコの望む方法であるということだけは夢の女からなのか、子供の声からなのか、俺にも知らされていて、そうであるなら、俺の立ち入れる場所ではないらしかった。


『それが彼女にだけ訪れる夢だったのか、あるいは少しずつ浸透していく世界の組み変わる始まりだったのかは、もう私にも分からない。あなたが夢を見るのも、その始まりなのかも知れないし、私の願いもまた、あなたに寄り添って満ち足りている内には訪れないだけで、いつか形を変えてしまうものなのかも知れない。確かに彼女の思う通り、誰にでも、願う世界はあるのでしょうから、それだけは私にも痛いほどによく分かりますから、それを間違っていると咎めようはないのかも知れない。ほんの一夜で覚める夢なのかも知れないし、永遠に終わりなく続く世界なのかも知れない。どちらにせよ、私もまた、せめてこうして寄り添うように眠りにつきたい』


 目を閉じたままの俺の胸の辺りに、確かに軽く、温もりがあった。俺以外の、体温があった。



 もしも緒方マナが、愛に無関心な平凡な人間でいられたなら、あるいは彼女に限らず全ての人が皆そうであったとしたら、誰も何一つの不幸を抱えることもなく、安らかに人生を終えることができたに違いない。


 でも、水の中にいるように苦しいことを分かってください。だって、息ができなかったら人は死んでしまう。


 何日も何日も、何も口にせず痩せていることを分かってください。体はどんどん冷たくなって指先一つすら動かせなくなってしまう。


 彼女が何故こうまでしたかあなたなら、少しくらい、分かってあげられるのではありませんか?


 一つ屋根の下、両親に愛されていた彼女。学舎の中で田原栄子が気に掛けてあげた彼女。見も知らない異国に置き去りにされたとしても、フィリーネ・トロイマンやルーカス・クローゼが彼女を見つけてくれた。


 誰から嫌われようと早川忠道が道を示して支えてくれた。セラが救い出そうとした彼女。峰岸昭一が優しく微笑み掛ける愛すべき、愛されるべき彼女。


 とうの昔に、忘れてしまって良かったのかも知れない。とうの昔に諦めていて良かったのかも知れない。


 でも、ただ一度ですら忘れることもできず、ただ一度ですら諦めることができず、だから彼女は、あなたと出会った時にそこにいた。


 まるで、あなたと出会うためにこそ、そうであったかのように。


 あなたはそれを愚かしく思う。折れた釣り竿を必死に振るうように滑稽に映る。わざわざ重りをつけて水を掻くように不格好に映る。


 一体、何をどうしたいんだろう。そんなことを試みたところで、きっと何も手に入れられないのにも拘らず、どうしてそんなに不器用に生きていなければならないんだろう。


 彼女はたった一言だけ、こう答える。


『掛け替えのない、大切なものがあります。これは、替えがたい』


 今のあなたと、まるで同じように。今あなたが、彼女を失うことを恐れるのとまるで同じように。


 そんなあなたにも、やはり彼女を咎めることはできなかったでしょう。


 誰にでも、願う世界があるのだと説かれて、それに頷く他なかったのでしょう。



『水楽アンミの願う世界』


 あなたは尋ねるまでもなく、私がもの悲しく思う理由に至らなくてはならない。


 今であれば、……私が隠そうと思わない今であれば、彼女の振る舞いがいかに不自然だったのかも分かるでしょう。


「ミーシー、親切で、優しい人を探して」


 それが全ての、アンミの願う世界の始まり。当然その時点では、アンミはどんな事態で村を出るのか説明を受けてなどいない。


 けれども、いつかそんな時が訪れるのではないかという、漠然とした予感は、常にあった。


 というのも、彼女は、仮にどんな問題が起ころうと、スイラやミーシーが、助けてくれることを信じていた。


 信じていたが故に、願われる世界がある。


 あなたは裏切られたというよりも、最初から、ずっと騙され続けていた。アンミはあなたとのおしゃべりが楽しいかどうかなどどうでもよく、洋服のプレゼントなんて迷惑以外なんでもない。


 家事を引き受けて、アルバイトを引き受けて、あと、遊園地に付き添ってみたり、結局彼女は、当初願った以外を、あなたに求めるようなことはなかった。


 その日々はいくらか、アンミを幸福にしていたのでしょうけれど、彼女本人はあくまで、その色合いを、その艶を、愛でて楽しんでいたに過ぎない。まるで何事もないかのごとく、平穏を作り育てようとした。


 その違和感が、その願われた世界が、ミーシーを著しく不快にしていたことは言うまでもなく、ミーシーが気づかないわけがなく、そうして二人に別れの時が来た。


 アンミはどうして、ミーシーを引き止めようとしたのでしょう。追われているという事情を知らぬふりをしておきながら、何をミーシーにねだったでしょう。


 それを私は、とてももの悲しく思うのです。


 あとは、あなたの知っている通り、きっとそれでも、あなたは幸福になれた。だから、私は、あなたがそれに気づかないように、努めようと思いました。


 もしもあなたが良い方法を思いつかなかったことが市倉絵里を死に至らしめたと考えているのなら、それは私だけの責任なのですから、あなたが気に病むようなことは、何一つありません。私もそれを、願う他なかったのですから。



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