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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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三話⑥


 二千円で一枚福引券が貰えるということらしい。二十周年お客様感謝キャンペーンとかそんな感じのことが印字されていて、店の入り口の方にはその看板も立ててあった。


 おそらく雨だから、だとは思うんだが、店内もさることながらその一角もまるで賑わっていたりしなくて、福引コーナーの店員さんは何もすることがなさそうにぽつんと一人で立っている。繁盛してないと、なんともいえない負のオーラさえ感じるが、出口へ抜けるまでに死角がないし、これだけの量をぶら下げておいて、福引券を受け取ってないふりもできない。


 会計済みの買い物カゴを台へ移して袋へ詰め込む最中、福引はどうしようかと悩みながら目線を上げると、あちらの福引コーナーの店員さんもちょっと身を乗り出す形でこちらを見ていて、一瞬、多分、目が合った。そのまますぅと後ろへ引っ込んだが、無視して素通りするのはちょっと気が咎める。


 ちょうど三人で三枚あるから一回ずつやろうとも提案できるが、俺自身はあんまりああいう形態の福引大会に参加したくない。残念賞として残念な商品を受け取って残念がられるだけの遊びを積極的にやりたいと思う人も少ないだろう。まあ賑わっているのならそれに吸い込まれる人々が参加するんだろうが、この惨状ではそんなことは期待できまい。よほど自分の運に自信のある人間なら一人であっても突撃するかも知れない。が、少なくとも俺は福引でリターンを期待することはない。


 一方で、そういう事情から無視されがちなあのおっさんをちょっと哀れには思った。


「あのな」


 食材を袋に入れるのを手伝ってくれているアンミに向けて声を出す。アンミはくいと首だけを持ち上げて何度か瞬きをして手を止めた。ミーシーは構わずきびきびとこれまた上手に食材を袋に詰め込んでいる。


「ええと、福引券を貰ったんだが、で、あそこで福引ができるみたいなんだが、アンミは興味あるか?ミーシーも」


「やりたくないのなら捨てれば良いでしょう」


「普段ならそうするかも知れん。とはいえ……、あっ、またこっちを見たぞ。あのおっさんが寂しいんじゃないかと、俺なりにちょっと気を使ってという部分もないことないんだ」


 せめて何等かを当てて良かったねと言われる分には問題ないが、三回、チャレンジできてしまう。一回目に、『次があるよ』と聞く。二回目、『次こそいけるよ』と聞く。三回目……、さて、どう足掻いてもクールに去ることなどできまい。


 期待に胸を膨らませた客に来て欲しいものだろう。俺が『そんなに期待してないんですよ』と言ったところで皮肉めいて聞こえるだろうし、かといって程よく残念がるなんて微妙な演技を上手くこなせる気がしない。


「いや、子供がな。ガラガラを回す分には微笑ましいもんなんだろうと思うが、俺くらいの歳になるとちょっと見栄えが良くない。俺は欲深な人間だとも思われたくないし、薄情な人間だとも思われたくない。だからこれをな、ちょっとやってくれたりしないか?」


「今そういう優柔不断なところも見栄えは良くないでしょうが。じゃあ寄越しなさい」


 袋詰めが一段落したところでミーシーは俺の手から三枚の福引券を掴み取り、俺たち二人を残してキャンペーンコーナーへと歩いていった。俺も一応後を追うためにザザッと適当に残りの食材を袋に詰め込み傘を持つ。アンミが袋を一つ持とうとしたが、それを抑えて俺一人で持つと宣言した。左手に袋の持ち手を通して急ぎ足で福引コーナーへと向かう。


 これなら、良いかも分からん。荷物持ちとしての役割をこなす力持ちとして、少しは俺の株も上がるだろう。そして、差し当たっては、両手が塞がっていて福引には不向きな人に見えるはずだ。ミーシーが福引を楽しそうにやるかは定かじゃないが、子供をあてがえばあのおっさんの寂しさも紛れるだろう。仮に三回連続残念賞だったにせよ、そうか。『また来てね』とにこやかに手を振ってくれたら良い。


 と……、思っていたが、ミーシーはどうやら全くの無言で福引の店員さんの前に福引券を置いたようだった。加えて、間近に迫ってようやく判明するが、この福引おじさんは、あんまり、来て欲しくなさそうにそわそわしていたようで、というか、もしかすると俺たちが初めての来訪者で慣れていないのか、ミーシーを前にして急に背筋を伸ばして体を揺らしながら抽選器を用意し始めた。


 福引おじさんは、くるりと体を捻った際に机の上にあったハンドベルに手をぶつけてコロコロガチャンとやかましく音を鳴らして、それにうろたえて、あわあわと床を這う。


 机の下から手だけを出して「どうぞ」と、その失態を恥じてなのか心細そうに声を絞って、しばらく何故かその体勢のまま、屈んでいる。ミーシーがガラガラ抽選器のハンドルに手を掛けた時にそろりと頭半分だけを机の上に現して、俺とアンミの顔色を窺った。別に誰もそんなことで怒りはしないと思うが、……あんまり向いてないんじゃないだろうか、こういう、イベント事の担当には。


「じゃ、じゃさ、んかいですねおじぃちゃん」


「…………ああ。そうですね。ミーシー、三回だ」


 ミーシーが完全に無言のままだから、もう分かりきっている説明を繰り返して間を繋ごうと努力してみた。おじいちゃん、というのは多分、お嬢ちゃんと、言おうとしたんだろう。もしかしてこの接客下手がたたって閑職へ追いやられたのかも知れない。


 さあどうぞとなお、顔半分で手のひらだけ出しガラガラを指し示す。一度そこでミーシーへ視線を移した……、ここで、クシャリとレシートと一緒に丸めてポケットに入れるなりごみ箱に捨てるなりしなかったことを後悔した。そうすると福引おじさんを無視して帰ったような後ろめたさがあったろうが、ちょっと、多分、ミーシーがイライラしているようだ。


 明らかにつまらなさそうというか、不満そうというか、そんな表情を浮かべている。福引おじさんの存在など気に掛けるつもりもなく、ハンドルを掴み直してぐるぐるとそれを回し始める。ため息やら舌打ちやらが今にも聞こえてきそうな緊迫した空気がミーシーの方から流れ出ている。


 それはさすがに俺のせいじゃなく、福引おじさんの接客下手に起因してだとは思うが、今までの無表情がいっそかわいらしく思えてくるほどに、嫌悪を態度で表している。


 せめてその不満を言葉にさえしてくれればなだめる言葉も浮かぶだろうが、ただただ、嫌そうに、ハンドルを回し続けている。ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐると、回し続けて回し続けて、ガラガラ抽選器はハムスターの回し車のように回っていた。


 福引おじさんもそれに困惑しているのか視線を泳がせた後、助けを求めるような目で俺のことを見た。『そういう遊具ではないです』と止めるべきなのかも知れんが、店員の立場から中々それも言い出しづらいだろう。


 とはいえ、俺も一度ミーシーの表情を見た後となっては言葉を選ぶのに時間が掛かる。俺も福引おじさんと同じように、ちらりとアンミへ目線を送ることしかできなかった。アンミにとっては違和感もないのか、平然とその場に立っている。


 俺の葛藤のさなか、とりあえず何でも良いから声を掛けようと決めた瞬間だと思うが、ようやく、コトンと、玉の落ちる音がした。


「…………。ん、えっ。あ、しまっ……」


 なるほど、ああ、こうなるのか。ミーシーの手元を見て、ぞわりと悪寒が走った。


 言い掛けた言葉と共にゴクリと唾を飲む。続けて、もう……、なんだろう。見るまでもないことだとは思うが、台の奥に貼られている説明書きを確認する。


 金色が……、一等なんだろうなと、思いながら見た。それが果たして、道徳に反する行為なのかは分からない。ただしこうまでなると知っていれば、俺はまず間違いなくここを素通りしただろう。一応、もう一度、念のため転がり出た玉の色を見る。黄色とかだったら良いなと思いながら見た。しげしげと、眺めてみるが、まあ、黄色ではないな。金色だなこれは。


「いっ、一等?えっ」


 福引おじさんも少し遅れて玉の色を確認して俺と同じように玉と説明書きとを二度見、三度見して確認している。


「出ちゃ、いましたお買い物券です、おめ、おめでとうござぃまぁす」


ハンドベルの存在など忘れ去られていた。


「ミーシー。それはその……」


「嫌よ」


「……何が、嫌なんだ?何か機嫌が悪いのか?やりたくなかったならやりたくないと言ってくれたら良かったんだが、何か怒ってるのか?」


 俺が話している最中もミーシーはハンドルを握り続けていて、店員の合図も待たずにまたそれを回し始める。


「お前にやらせたのは、……別にこういう」


「ちょっと黙ってなさい」


 そして、コトン。俺は淡い期待を抱きながら、それがこう、……控えめなせめて不自然じゃない当たりだったりすれば良いなと、思って、目線を上げた。


 店員はもうわけが分からないくらいにパニックに陥っていて、ぐるんぐるんと首を左右に振り回し、終いに目を回してだろうがその場で転げた。


「二等……っ?さっき、一等って、え?」


 俺がミーシーに福引券を渡したのは、こういうことを期待していた、わけじゃないことを、分かってくれてるんだろうか。分かってない気がする。


「ミーシー、あの……、あ、はは。何かの間違いかな。こんなに運が良いなんて、もしかして人生の運を全部使い切ったのかも知れない、ですね。はは。……ミーシー?」


 かろうじでまだ、確率的なことをいえば、ゼロというわけじゃない。だろうが、既に呼吸すら荒く立ち上がることすら困難な福引おじさんにはミーシーを制止する術がない。俺がなんとか誤魔化そうと言葉を発した時にはもうミーシーは三度目のガラガラを回し始めていてそんなすぐには思い止まらせるための台詞なんて出てこない。


 ミーシーの横に立ちおろおろしている間にまたガラガラガラガラ、コトンと、玉が出た。一つ大きく深呼吸をしてから、半ば放心状態で看板を見た。ああ、もう取り返しがつかない感じなんだな。不正を不正と悟られない努力すら、感じられない。当然のように、三等を引き当てていた。


「さんとう、です。あ、三等かぁ。……はぁっ、はぁ、ふぅぅ、夢ですこれはぁ、差し上げますが、夢ですこれはぁ」


 福引おじさんは机に手を掛けてなんとか立ち上がりふらふらと展示されている景品の前まで歩いていき、まず、紙ペラを二枚机に載せた。


 視線も定まらないまま、暗闇を手探りで歩くように腕を彷徨わせ、置いてある米の袋を持とうとしたところで、腰を抜かして床へへたり込んでしまった。


「あの、大丈夫ですか?」


「はあっ、はあっ、大丈夫?です。おそらく夢ですからぁ。これが、その景品ですので、ちょっと、はあ、私歳食ってますので、……あるんかなあこんな。どうしたんだろう、腰がね、足がね、力がちょっと入らない、んですよぉ」


「いや、多分何かの間違いですし、景品は結構です。俺もまあ、なんだろう、珍しい体験したなあということで」


「……いやぁ、開店前にちゃんとチェックしてますしぃね、はあ、ふぅ、そのぉ、玉とか戻せないですし。そんな不正は逆にぃ、ふぅ、ふぅ、お断りされますと、こちらとしても処分しようがないですし、しぃ、それに、ほら、お客様感謝ですしぃ」


 過呼吸……、じゃないのか、これは。被害者が出てしまった。


 俺が「大丈夫ですか」と聞いても「申し訳ない申し訳ない」と言って米を指さすばかりだった。景品は不要だと伝えても、傾いて机に寄り掛かりながら「どうぞ、私ちょっと休憩に……」とその場を去ろうとする。


 というか、ふらふらよろよろ、去ってしまった。追い掛けて引き止めるのも気の毒なほどによろついている。


「さあ。荷物なら任せろと息巻いてたでしょう。私はちょっと買い物してくるわ。米は上着結んで背負いなさい」


 良いんだろうか。玉を押し戻せないか試してみたいなと思ったが、ミーシーは机に置かれた景品の紙ペラを持ってまたスーパーの奥へと歩いていってしまった。アンミはその後ろ姿を見た後一度こちらへ振り返ったが少し考えてミーシーについていくことに決めたようだ。


 ……元はといえば、俺がやらせた、わけだから、罪を背負うか。とりあえず一旦買い物袋を下ろし、上着を脱いでみる。上着を広げて米袋をその上に載せ、ファスナーを上げてみた。


 こうするとより一層に泥棒感が溢れ出るが、まあやむを得ない。もうあんまり深く考えずに運べるようにだけしよう。


 買い物袋と傘を残したまま再度レジの方へ戻りビニール紐を切ってまた戻る。裾をすぼめて念入りに縛り、両方の袖を持ち少し揺すってみる。これをあれか、首に巻きつけて背負って帰るのか。俺はそうなると、余計なことを言ったな。


 しばらくの間、なんとか持ちやすくならないかと試行錯誤していたが、ミーシーの買い物というのはやはり手早いようで、一つビニール袋を提げて二人で戻ってきた。まだ上着の強度にも不安が残されているが、結局背を丸めながら首もとで二重に結んで背負うことにした。


 これは正直、目茶苦茶苦しい。というのも、ちょうど結び目が喉仏を押し込んでくる。よほど背を丸めるか顎を極端に引かなくては常に気道を潰されながら歩くことになる。一時間この調子で立っていろと言われたらそれこそ泣きべそかいて前言を撤回するしかない。


 なんとかさっと、帰るしかない。アンミは俺の様子を見て「大丈夫?」とだけ確認した。大丈夫じゃないぞと、言おうとして、一歩動いて首が絞まる。


 その一つのタイミングの遅れが、俺の今日一日の発言内容を思い出させてしまった。力とかあんまり関係なく喉が苦しいんだが、それでもこれに耐えるのが荷物持ちの、ひいては力持ちの紳士としての、役割なのかも知れない。


 表情は歪んでいたに違いないが、「大丈夫だ」と一拍遅れて返した。買い物袋を三つ、左手に通し、右手は傘を持つ。


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