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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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十一話㉕



 ……もう、いいと思う。


 俺はミナコのことが大好きだったろう。そんなことは『知ってる』。だからミナコを諦めるようなことは、何があってもあり得ないと思っている。


『何があっても』というのが、すごく曖昧で、……要するに今回においていうなら、俺が『アンミが高総医科研に引き取られることになっても』、と、決められないでいることが不満なんだろうか。


 どちらも諦められないでいると、結局どちらも失うことになると諭すつもりなんだろうか。


「服を女の子に買ってやるというのはな……。すごい難しいことだ。今の時期まだマシかも知れんが、夏場なんかはなお難しい」


「…………そうなのかニャ?」


「何の気なしに似合いそうだと思った服を買ったとするだろう。だが、受け取った方は色々考えるはずだ。透けてるとか、ぴちぴちだとか、胸元が空いてるとか……。自分が着てるわけだからそりゃ気になるよな。本人の好みとかサイズとかが分からん状態で俺がそいつにプレゼントしたとして、相手も相手で一度は着て見せなきゃ悪いとか思ったりしそうなものだ。つまり、プレゼントだからこれを着ろと俺が強要して、あまつさえそれが透けてたりぴちぴちだったり胸元が開いていたりする」


「別に、じゃあ今の季節なら買ってあげても良いニャ?」


「今はな?そうかも知れん。夏場はそういうのしかまともなのがなかったんだ。なかったとしても、他になかったんだと言い張るのもおかしいだろう?一応探せばおとなしいのだってどこか遠くにはあるだろうし、あったにしてもなかったとしても俺は結局そういう言い訳をした上で、着なきゃ悪いみたいな状況を作り出して厚意を押しつけて着たくもないかも知れない恥ずかしいかも知れない格好を強要することになる」


「探してれば良かったかニャ?」


「例えば今お前の首輪がスカートだとかズボンとか、そういう種類のだったとしたら、お前は『買って貰ったものだから仕方ないけど足見せてやるか』ということを思ったりする。仮に思わなかったとしても、折角買ってやったのにこいつもしかしてそんなこと思ってないだろうかと俺は心底不安になる。……損をする性質だろう、俺は」


「考え過ぎなのニャ。健介は、買う時に不安だっただけで、普段そんなふうに考えたりしないニャ」


「まあな。でもその時買えなかった」


 延々と、くだらなくて、意味のない愚痴を続けてしまいそうだった。ミーコは都度相槌をしてくれるが、感想もアドバイスもあったものじゃないだろう。どちらかといえば、俺が話し続けられるよう促すための言葉ばかりだった。


 積もり積もった後悔がどれくらい続くだろう。いくら聞いて貰えば心が晴れるだろう。なんにせよ、俺の愚痴は手助けが必要なことじゃない。


 俺自身がどうにかしなくちゃどうにもならない問題で、こうして話すのはむしろ、地面を掘り起こして地中に潜っていくような作業だった。


 そして、どれくらい掘り進んだのかもう分からない。


 上を見上げて駆け上がるのとは真逆に、俺は日の差さないほど地中深くまで沈んでいて、ようやく『そこが』『腐っている』ことを見つけた。


「俺を現実へと引き戻したのは、……あの静かな、悪夢だったことを、今でもよく覚えている」


 その上に今までが積み重なっていることを、こうして延々と話して、ようやく見つけた。


「正夢とはまるで逆で、もう起きたことを俺はまた同じように夢でも見たんだ。これは夢だろうと自分に言い聞かせながら、これからどうやって生きたら良いのか分からないまま、仏間の戸をゆっくり開いて、座布団に正座して、慣れていないのがすぐ見て分かるくらい不器用に、両手を合わせて俯いてる」


 俺はこの出来事を、思い出しているというよりは、客観視している。だからまだ冷静でいられる。


「直前までもしかして姉さんと連絡を取ってた人がいたかも知れない。そういう人間はそろそろおかしいと思う頃だろうなとか、そんなことを考えてた。人がいつか死ぬなんて当たり前のことだと思ってた。いつか、死ぬんだ。いつかというのは、そのいつかは……、どうしたって必ず俺の目の前に訪れる。おかしなことだ。誰もそんなことを気にしてたりなんてしない。今日じゃなくて、明日じゃなければそれで良いと思ってる。俺はな?そんな『普通』じゃいられなくなった。気にせずにはいられなくなった」


 ミーコはこんな話を聞かされて嫌気が差すだろう。もう、終わったことだこれは。


「だってあまりに、……やり残したことが多過ぎる。俺はその準備を何一つ終えられていなかった。失うっていうのは、『そういうことだった』。夢だ夢だと自分に言い聞かせながら目を覚まして俺は気づいたんだ。ああ、それはもう、何日も前にあったことなんだ。もう俺は自分で料理もするし、洗濯もするし、ごみ出しもしてる。何日も前に、それは終えたんだ」


 ミーコは、何も言わない。どこを見ているのかも分からない。


「…………。俺がどれほどがっかりしたか分かるか?それが単なる夢で、姉さんがいつも通り俺を起こしに目の前に現れたら、俺は抱きしめて言い尽くせない感謝を拙い言葉で伝えられただろう。今まで生きてこられたのは姉さんのお蔭だと、そのことをちゃんと俺は伝えていなかったと謝っただろう。人は失敗して、それから悪夢を見て気づく。そして一度取り返しのつかない失敗をした人間は、それが怖くて仕方なくなる」


「なら、今いる人に、感謝の言葉を、拙くても良いから伝えるべきニャ健介は」


「いや。……そんなのは普通じゃない。だからな、その土台の、深い部分が、腐ってるんだ、俺は。だがな、いや、だから?俺はミナコに執着してるのか?アンミとミーシーの別れが耐え難いのか?」


「健介がミナコのことが大好きで、アンミとミーシーのことが大好きだからニャ」


「……そうだな。その通りだと思う。それは変えがたい。でもな、何故そう思うのかというのに気づいた。俺は誰かがいないとダメな人間だということだ」


「みんなそうだから、相手のことをお互い大切に想い合ってるのニャ。健介だけじゃなくて。私と健介の例で考えてみると良いニャ。私も健介がいないとダメニャ?当たり前のことをマイナスに考えても仕方ないニャ」


「だが切り替えられるもんだったりするのかも知れん、普通は」


「じゃあ健介はそうなりたいかニャ……。私がいなくなっても探しもしないで、アンミのことも放っておいて、ミナコから嫌われたらそれで諦めて終わりにするかニャ?健介はどの道、どっちだったとしても不幸せな考え方してるのニャ。やりたいことがあるのにやらないでいるからつらい気持ちになるだけで、最初からやらないような人間に憧れたりするはずがないニャ?違うかニャ?」


「…………。ありがとう。本当に良かった、お前がいてくれて。……お前が正しい」


 ちょうどそんな、鼻声になりかねない時に俺の携帯に着信があった。別におちゃらけた着信音が鳴り響いたわけではなく単にブブブと震えるだけだったわけだが、しんみりとした空気はどこへともなく消えていって、ミーコと抱擁するイベントはキャンセルになってしまった。


 手に取って着信が陽太からだと分かるとなおのこと少し引きつった笑いが零れて、画面を見つめたまま何度かのコールを聞く。


 まあ、なんだろう。ミナコのことを聞かれるかも知れないにせよ、そこは上手く躱すことができそうな気がする。あるいは部分的に正直に、仲違いをして陽太に迷惑を掛けてると、そんなふうに謝っても良い。


 多分、なんだろう。悪い知らせではない。悪い知らせじゃないんだ。だから俺は電話に出ることができる。


「もしもし?陽太。お前はなんか、割とまともな時間に電話するようになったんだな。よく考えると最近夜中に電話してきた記憶がない」


「なんだと?夜中の方が俺らしいというなら夜中に電話しても良いのだが、健介が出ないせいで結局二度手間なのだぞ?」


「まあそうだな、出ない時もあったか。今後は起こされた時にもちゃんとメール打って用件聞こう」


「逆にこの時間なら電話出るとか初耳なのだ。健介はちなみに夜行性の対義語がちゅうこうせいだということを知ってるか?」


「言いたいことは分かるが、中高生の対義語が大学生ってこともないだろう。で、……どうかしたのか?どうかしたんだろうなあ。まあ多分、電話してきた理由には思い当たる」


「そう言われると言いたくなくなるな。健介が今全く予期してないわけの分からん話とかをしたくなるな」


「あのなあ、……ミナコの件じゃないのか?電話が繋がらないというか」


「あれ、話が早いな健介は。じゃあもしかして健介も連絡つかない感じなのか?」


「うん……、まあ、全く連絡つかないわけじゃないんだが、ごめんな陽太。ちょっと間、ミナコとは連絡しても繋がらないかも知れない。一応事情があるんだがかいつまんで、すごく単純にいうと、俺とミナコの問題だ。結構ややこしい問題で、その巻き添えでお前も今ミナコと連絡がつかない」


「連絡がつかないと俺が何とかしてやるとも言いづらいとこだな。まあ事情が分かってるのなら全然良いのだ。こっちもこじれてるとこに首突っ込む話題で電話してたりしないしな」


「まあそれはともかくそういうことだ。本当にごめんな。できれば早い内に解決したいとは思ってる」


「ううむ、放っておいても良いんじゃないのか?峰岸はそんなポリシーとかないだろ別に。ケンカして言い合いになっても健介と峰岸となら普通に健介の言い分の方が正しいと思うのだが?」


「……いや、そうでもない。なあ陽太。お前にもちゃんと感謝を伝えておくべきか?ちょうどまあ今、そういうことに決まった時にお前から電話が掛かってきた。俺は今ミナコと仲違いというか、そういう難しい状況にあるわけだが、お前と一緒にいた時は、なんていうか、楽しかったな。お前と友達になれて良かった。お前は友達想いだし、ムードメーカーだったから。そしたらな、俺の気分が多少落ち込んでたとしても、お前のお蔭で元気になれた。何度も救われてる。電話出なくてごめんな、陽太。お前は多分、心配して、元気づけようとして、電話してくれたんだろう。だからそれはすごくありがたい」


「…………。なんか深刻なあれなのか?全然想像つかないのだが。健介は突然そんな気まずいこと言うのだな。手伝って欲しいことあるなら言ったら良いぞ?なんならちょっと峰岸と距離置いて二人で遊んでたって良いと思うのだ。時間が解決するとかそういうのもあるからな」


「いや、それは俺が、責任をもって解決する。ただ……」


「健介の好きなようにしたら良いのだが、……だがまあそんな気負うようなことないのだ。残念会やるか?」


「まあ待て。残念な結果になるとは限らないわけだ。準備もしなくて良い。とにかくありがとう。それと、ごめんな」


「何がなのだまったく。まあ分かったのだ。とりあえず健介なりに仲直りしようとしてるとこということだな?だったら俺もそんなに心配しないで待ってることにするのだ」


「ああ。じゃあな」


 こうして支えに手を触れると、今までよろめいていたことが自分でよく分かる。もっと前向きで良いんだろう。『前向きに生きよう』と本に一文書いてあったところで説得力などたかが知れているというのに、人の声はこんなにも俺を納得させてくれる。


 ありがとうがすんなりと言えた。ごめんなとすんなり言えた。それを陽太がどう受け取るかはさておいて、抱えていたものを下ろして、一つやり終えた気分になることができた。機会がなければ渡しそびれたままになっていたはずだ。


「できれば全員に電話したいくらいだ。落ち着いた気がする。店長とか……、まあ、今度会った時に、それはちゃんと伝えよう。じゃあアンミと話してこようと思う。今日の深夜にちょっと出掛けて貰うことにはなるわけだから、その辺を説明して準備を整えておかなくちゃならない」


「行き先とかは私が決めてて問題ないニャ?」


「そうだな。むしろ臨機応変にお前の判断に任せた方が良いはずだ。一緒に来てくれ」


 アンミは普段よりゆっくり風呂に浸かっているんだろうか。二階へ上がってきた気配というのはなかった。


 洗濯物はもうアンミと俺だけの分しかないから、その片づけをして、もしかすると明日の朝食の手順の確認をしてたりするのかも知れない。階下を見るとまだ明かりが点いていた。


「あ、アンミ?」


「……健介?あ、私ちょうど今、健介のこと考えてた」


「そうかまあ、俺もアンミのことを考えてたとこだ。俺の何について考えてたんだ?」


「色々?全部。今まであったこととか」


「良い思い出だと良いな」


「ありがとう健介。すごく楽しかったんだと思う」


「俺の方こそ……。楽しかった。ありがとうな。それに……、助けて貰った。迷惑も掛けた。多分今までも何度もありがとうと言ったと思う。でもそれよりも心を込めて、今までのことを、本当に感謝してるんだ」


 アンミは多分風呂から出てそれほど経っていないんだろう。ドライヤーを使う習慣がないのか、髪は水気を含んでいて、なお一層赤みを増して艶めいていた。


 ソファに座って首を少しこちらへ動かしただけで、それ以外で体の動きはない。背筋は伸ばしていて、くつろいでいたようにはあまり見えない。


 だが、昔のことを思い出しながらぼうっとしていたということなんだろう。その結果の『ありがとう』『楽しかった』はとても嬉しい言葉ではあるんだが、当のアンミは微かに頬を上げただけで何らボディーランゲージ的に喜びを表現したりはしなかった。


 しんみりとじんわりと、心の内側へ届く温かさというのがあるんだと思う。劇的な非日常というわけでなく、ただ一日が素敵だったと、そんな感想を俺も抱いていた。


『何が?』と問われれば、その一日の全てが。何を条件に成り立つものなのかは分からないが、とにかくアンミたちといた一日一日は、風車に程よく風が吹いてくれるような、平和でなめらかに進む時間だった。


『足りない』と感じさせない日々だった。


「アンミ。だから今日、決着をつけようと思う。もう眠かったりするか?」


「ううん?まだずっとこうしてたい。今までのこと思い出してたい」


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