表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
262/289

十一話㉓


「境遇はな。だが素敵な人と出会って家族になれた」


「ならば良かったけれども実際のところ、『家族になれた』という感想には共感できません。家族というのは、『なる』ようなものではありませんし、何かを条件として『なれた』と言い張るものでもありません。家族ではなかった状態であったから、家族らしく振る舞うよう努めていたという表現が正しい。更に加えて言うのなら、アンミちゃんがスイラお父さんやミーシーちゃんに抱いていた気持ちというのは、家族に向けるような気持ちではなかったのだろうと推測します。素敵な人でなかったとしてもアンミちゃんは同じように振る舞ったと思われます。見た目で言うのなら、家族のようですら、なかったのだと思われます。そして、これはどういって良いのか、素敵な人であったからこそ、それは上手くいきようがありません。健介はそうは思いませんか?」


「何故、素敵な人だと上手くいかないなんてことになる?素敵な人と出会ったアンミは幸運だった」


「…………。気持ちの持ちようだとは思います。要するにですね、たとえるのなら私と健介のようなものでしょう。王子様と結婚したい女の子は一杯いますが、どうやってそれを真実の愛だと証明できますか。下心を抜きに語れない関係で繋がったように見える以上、どう取り繕っても言い訳のようにしか聞こえません。家族とはなんでしょうか。たくさんお金をくれたらそれは素敵な人で幸運な出会いですが、でもそれは、家族になりたい理由として不純です。ただしそれを抜きにして、家族になりたい理由など、挙げようがありません。どうでしょうか。そんなふうに引き取られて、その子は何も証明できません。不幸だとは思いませんか。いっそだらしなくて世話をしてあげられる人間に引き取られた方が幾分かは愛を証明できたでしょう」


 ミナコらしからぬほどに、分かりやすいたとえ話ではあった。同時に、アンミの生活環境が悪いという誤解がないことも分かる。


「お金でといわれたら不純に思えるかも知れないが、スイラさんの場合は、愛情そのものだろう。それをお金にたとえて卑しい関係だというのはたとえ話の作り方が間違っている」


「間違ってはいません。愛情そのものだとして同じことがいえます。愛されていなくても愛するのが愛情なのでは?だからアンミちゃんが、もしも本当のご両親を愛しているというのなら、それは実際に家族の絆や愛と呼べるのだと思います。決して、本当のご両親を愛しているから他を愛してはならないというわけではありませんが、スイラお父さんとアンミちゃんでは、ええ、アンミちゃんは何も証明できたりしないのです」


「……?愛されていないことが愛の条件なら、愛し合っている人間など全て愛を証明できなくなるだろう。そんな謎の理屈でアンミが、……要するに打算的に家族関係を演出してるふうだと言い張るつもりか?」


「打算的に家族関係を演出しているなどとは言っていない。アンミちゃんの場合はあまりに一方的に利益を享受してしまって対等な関係性ではなかったために、何かを決められるような立場にはありませんでした。スイラお父さんを選んだのだとさえ言えません。それを可哀相で不幸だと言っています。意味は分からなくても良いです。上手く言えてるようには思いませんので」


 アンミが、スイラさんに引き取られて、可哀相で不幸だった、なんていうのはミナコの妄想に過ぎない。ただ、内訳についてはそう受け取ることができてしまうような何かがあってもおかしくはなかった。


 あまりに愛情を与えられ過ぎて、それを返しようがなくて嘆いている。だからなんでもかんでも家事を引き受けていたのかも知れないし、ミーシーのためにできることを探していたのかも知れない。


 上手くできなかったことを恥じ入る必要なんて普通であればなかったのかも知れない。純粋に、家族として接していたのなら、無償の愛に、対価を用意しなくてはならないと焦るはずがない。


 アンミ自身、そこに負い目はあったんだろうか。自由なミーシーと比較して、確かにアンミは、人のためにあり過ぎたのかも知れない。


「……そして、アンミだけの話じゃない。俺とお前が、どうやって真実の愛を証明できるか、お前が仮にアンミを目的として俺との関係を築いたとしても、……いや、まずそれはお前が俺を何らかの方法で調べ上げて例外だからと接触してきたならという仮定での話だが、そうだったとして、それでも俺は構わない。俺は、お前に、愛されていなかったとしても、今までお前が演技でそれらしく振る舞っていたとしても、お前と一緒にいた時は、俺にとって疑いようがなく心安らぐ時間だった。何が真実だったとしても変わらずに俺の人生にはそう刻まれてる。お前のために、何かしてやれるなら、俺はそれこそ無償の愛を用意しよう。お前にどうしろと言ってるわけじゃない。俺が、お前の、役に立ちたいんだ。もし与えられる物があるなら」


 ただし、まあやはり、釣り合いなどが問題になるようには思えなかった。お互いが与えたいと思うかどうかの話でしかない。心が安らかであるかの話でしかない。


 俺は例えば、ミナコからの見返りを期待するわけじゃなかったろうし、ミナコに何かしらを与えてやれたと胸を張れたりもしない。けれどでも、そう与えたい気持ちだけはあった。


 その安らぎを与えられたものだと思っていた。それは些か強引な話題転換ではあったろう。少なくともミナコは俺との関係について自分から語り始めることはない。


 そしてかなり傲慢な物言いでもある。俺がアンミの件でミナコに……、要求をするのが不可能だと分かっているから求めないだけで、実際のところそれ以外の、今までの優しい振る舞いをねだっている。


 言葉を掛けてもそれが一方通行になってしまうのなら、俺だっていつか諦めてしまうだろうに、無責任に与えてやると、言った。


 それは結局のところ、トロイマンでなくミナコは、ああして俺と一緒にいた時こそが本当の姿であるに違いないと確信していて、側にいればまた、同じように笑ってくれることを期待しているということに他ならない。


 俺が例外だから接触したとして構わないというのは、そういう意味では、嘘に近かった。振る舞いは、求めている。


「それはなんとも……、的外れな返事です。私が私と健介とをたとえたのは、むしろ逆で、つまり要するに、私が何も証明できないので健介は何かを根拠に私のあり方を述べられないということです。同時にアンミちゃんはスイラお父さんに対して……」


「お前はそんなもの証明しなくて良い。理由があったかどうかなんて……、意味ないんだ。最初がどうだったかなんて重要じゃない。これからの約束をしよう。ほんの一瞬どうだったかじゃなくて、これから何十年の話をしよう」


「…………アンミちゃんはだから、結局、今の私程度にしか汲んで貰うことはできなかったでしょう。ほんの一瞬のことでしかなかったでしょうが、その時そうであったことは永遠に残ります。証明できずにどの程度であってもどうでもいいと言うのは、そうして悩んだり苦しんだりして抱えているものが、何の価値もないのだと言っているのと同じなのではありませんか。アンミちゃんならこう思います。対価を支払って得たのでない以上、受け取ったそれらの優しさはおそらく自分以外の誰であっても与えられていたであろうもので、自分の想いやら生き方によって手に入れたものではない」


「あのなあ……、家族とはそういうものだ。お前は一体どうだったら良いっていうんだ?優しくされるために妥当な対価を払っていたら満足してるとでもいうのか?優しくされていないのに愛しているといえたら満足なのか?」


「分かりません……。もう何も分かりません。多分難しい問題なのだと思います。それに何かが違う以上、その何かが変わらない以上、お互いそれを受け入れて理解することなどできません。聞いていてもイライラするだけなのだと思いますっ」


「やめてくれ。それは違う。なあ、聞いてなかったんだ俺は。お前がどう思うかも、どうしたいのかも。お前の望むようにしてやることだってできたはずなのに、何も聞かなかった。俺はそれを後悔してるんだ」


「アンミちゃんと、健介と……、というよりも特質症の研究とお友達のどちらかを諦めろと言われたら、僕は、お友達を諦めます。どうかお元気で。……さようなら」


「おい、……」


 あとほんの一秒通話が切れるのが遅かったら、少なくとも『待て』と叫んだ。かすれた音が思考を凍らせて首を締めたから、俺の喉から引き止めるための言葉が出なかった。出たとして、捕まえることなどできなかったろうが。


「待ってくれ、ミナコ……」


 さようならの五文字が、こんな音だったなんて、俺は知らなかった。多分俺は、正しい意味での別れの言葉を、人生で今まで一度も聞いたことがなかったんだろう。


 こんなにも強い言葉だというのに。


『さようなら』かすれるほどに低く、指で撫でて払うほどに弱々しい。


 なるほど終止符など、軽くペンを立てて突くだけで、否応なく一瞬で幕を下ろして終わりを知らせる。


 もっと替える言葉があったろうに、それでは足りないとばかりにミナコは、こんなにも在り来りな、たった五文字を俺に突き付けた。


「でも健介は、ちゃんとミナコを相手にしてるつもりで話せるニャ?」


「そんなことない。上手く分けられてない。切り替えたりなんてできないだろう。ごちゃ混ぜにしてる」


「ちょっとは元気出たかニャ?」


「どうだろうな。確かに、もやもやしてた時よりは良い。まあでも、次に俺の発作が起きた時に電話出てくれる感じの切り方ではなかったし、見通しは暗いかも知れんな」


「心配ないニャ健介は」


『こんなやり方は、あなたに百も千も害を与えるのでしょうけれど、今をおいて他にないのならどうしても私は、鞭を振るわなくては』


『諦めさせるわけにはいかない』


『悲しむことがないように』



『諦め難いであろうことと共に、諦める必要などないことを、強く固めておかなくては』


 それは少なくともこの段階では、さすがに余計なお節介だといえるほどに、過保護な思慮に思えた。ミナコのことはいかに予断ならない状況であっても一時保留して差し支えのない事件だろう。


 何故なら、俺はほんの少し前に、ミナコと一歩踏み込んで答えを探り合うことができたからだ。ミナコなりの心の一端を見つけて、後はそれを手繰り寄せるだけで良い。


 多分それは、向かい合ってさえいれば、時間を掛けてさえいれば、いずれ程よい落とし所を見つけられるに違いない。アンミの件を抜きにして語れば、それは難しい問題じゃない。


 単純で、力任せで、根気比べな問題なんだと思う。だから、俺は今むしろ、どちらかといえば安心していた。ミナコにはまだ、俺が見ていた通りの形が残っている。紐がある。


 なんなら俺はそれに引き寄せられても良いのかも知れない。手のひらに食い込むのを耐えても良い。その先にミナコが繋がっていることだけが、重要だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ