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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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十一話⑪


 俺が何をどうすれば解決するか、俺が何をどうしたいのか、何をどうすべきだったのか、全て複雑に絡まっている。


 答えを探しながら、俺の気持ちは事実に塗り負かされて、自分で決められることを少しずつ失っていく。


 一つ知るごとに、一つ空想を失って、最後の最後俺の中には何が残るんだろう。


 おそらくだが、俺の空想はきっと輝いていた。市倉絵里が欲しがるくらいには。理想論だったろうか。夢物語だったろうか。市倉絵里は間抜けな俺に、神話を語れとねだっているようだった。


 それは目に見えないものだろう。誰にも観測できないものだ。俺の心の中に生まれた単なる幻像に過ぎない。


 例えば、ミナコには双子の姉妹がいるのかも知れない。姿形も声も同じ、トロイマンと呼ばれる姉妹がいる。ミナコは今たまたまこの町にいないだけで、ここへ帰ってくれば何もかも元通りに、いやそもそも何も変わらずに、俺たちに接してくれる。


 仲の良い三人だった。俺の味方になってくれるだろう。一緒にトロイマンを説得してくれるかも知れない。あのトロイマンと、ミナコがもしも別人だったのなら。


 …………。笑いも零れないほどに、馬鹿げている。それは、事実に反している。


「…………」


 例えばミナコには、世界中の多くの人を病から救いたいという大きな夢がある。そのためにはアンミが必要だった。俺とは偶然に出会っていて、確かに友人だった。


 アンミの行方など実は知りもしなくて、なんとなく勢いでアンミの隠れ家を最初から知ってたような口ぶりをしてしまっただけだ。俺たちとの関係がアンミの件で壊れてしまうことを心底心配していて、言葉や振る舞いとは裏腹に研究をやめるよう誰かから説得されたがっている。


 あるいは、ミナコは高田に騙されている。まあ、……騙されやすい性質だったからな。


 だとすれば、これは元から、思い悩む要素など一つもない。


 ……俺がミナコへの連絡を躊躇するのは、こんな一分と経たず考えつく適当なでっち上げを、本人に否定されるのが怖いからだ。


 そしたら、俺は、また別の空想を考えなくちゃならない。いつまでもいつまでも、繰り返し繰り返し、気に入らない出来事への言い訳を考え続けなくちゃならない。


 いずれ抜け道はなくなって、決定的な一つを認めさせられた時、俺は冷静でいられるんだろうか。


 市倉絵里との通話は切った。だから、俺はしようと思えばいつでもミナコへ連絡することはできる。


「…………」


「ミナコに連絡するのを躊躇ってるニャ?」


「ああ。躊躇ってる。何話したら良いのか分からない。というよりも、何を話しても悪い結果にしかならないような気がする」


「…………。市倉絵里はそうした方が良いと言ってたニャ?」


「言ってた。……言ってたな。意味はあるし、結果的に俺が得すると言ってた」


「健介はそれを信じてないニャ?」


「いいや。まあ、どうだろう。どの程度の得なのか知らんし俺がちゃんと自分で得したと思うかどうかは微妙な気はするな。ただ、それとは関係なく、市倉絵里の言う通り、俺は本人にしっかりとした確認をすべきだった。悪い結果だとして、俺が元通り仲良くしたいと思っているなら、それを伝えなくちゃならない。どうすれば良いのか聞かなくちゃならない。譲歩して貰わなくちゃならない。ただどうやってかはよく分からない。俺は今まで、特に何もしなくても手に入ると思ってたから」


「市倉絵里は、何を話すべきだと言ってたニャ?」


 話していた内容はほぼ聞こえていただろうから、単に俺の背中を押しているんだろう。俺は義務的にそれを言われた通りにこなしても良い。むしろその方が良い。


「文句を言うべきだと言ってた。確認をすべきだと言ってた。というより、俺がそうするだろうと思ってたみたいだ。言われてみればそうだろうな。俺もそう思う」


「仲直りしたいと伝えるべきニャ?」


「ああ。俺もそう思う。お前からも既にそうすべきだったとアドバイスを受けている。もし、他の誰かの出来事だったらな?俺もとりあえず確認して文句を言って、仲直りしたいと伝えろと、そういうふうに言っただろう。それが正しい。というより、それしかないはずだ。俺がなんで、そう決められないか分かるか?」


「まあ、……分かるニャ?健介は、ミナコがどう言うのか不安なのニャ。どんな言葉が正しく伝わるのか考えてるのニャ。仲直りできないと言われないための言葉を探してるニャ。でも、どんな言葉だからといって、結果が逆になることなんてないのニャ」


「そうだな。仮に俺が世界一格好良い台詞で確認したところで事実が覆るわけじゃない」


「どんな言葉でも、何も言わないままでいるより良いニャ。今までの事実はもちろん変わらないニャけど、健介が思い通りにしたいのは、ミナコの気持ちと、これからどう動くかなのニャ」


 ああ、なるほど。確かに、その通りだ。俺が確認したいのは過去の出来事じゃない。変えられるかどうかはともかく、知りたいのは、出来事に隠されたミナコ本人の気持ちだったろう。


 何をどう思ってこうなってしまったのかは分からない。それが願ってのものだったのか、不運と妥協によるものなのかは分からない。俺や、俺たちのことを、どう考えてのことなのかは出来事からは窺えないだろう。


 俺の知っているミナコは、大概不器用で意味不明な行動も多かったから。


「中途半端が一番良くない。……はっきりと、身分を偽って俺を騙してアンミを無理やり研究に協力させるつもりだったと、そう言われている方が俺の立場は固まりやすいだろう。何も悪いことにはならない。俺がどちらかを選ばなくちゃならないとすれば、その一言を聞くだけで、問題が少し簡単になる。最悪、そうだったとしても、俺は問題解決のためのヒントを得られる。文句を言えば溜飲も下がる。諦めていれば冷静になれる。どう転がっても得はする」


「…………。まあ、とにかく、電話しないことにはどうにもならないニャ。市倉絵里の言うようにしばらくの間は電話つながるニャ。なんだったら少し落ち着いてからでも良いと思うニャ」


「いや。……電話しなくて良い言い訳が見つかる前に掛ける」


 発信ボタンに指を掛けて携帯電話を耳に当て、その段になってもまだ何をどう切り出すべきなのか考えている。そもそも話がかみ合うのか、すぐに電話を切られやしないか、そんなことを考えている。


 当然頭の中の整理などまるでできていないし、話の終着点どころか方向性すら定まっていない。それでも俺は、発信のボタンを押した。



『信じる気持ちを失ってはならない。けれど真実を見誤ってはならない』


 多分その時まだ、俺は心の準備ができてなかった。こうなると夢の女のこの、謎の時間延長の能力には感謝しかない。


 俺の準備が整っていないことを完全に見透かして、俺が実はまだ猶予を求めていることをしっかりと汲んでいて、落ち着いて考えられていなかったことを分かってくれている。


『あなたの側にいます。私があなたを操るのではありません。あくまであなたが、私たちと出会うよりも前にどうだったのかを、よく思い出せるように』


 ただしそれは、『よく思い出せるように』であって、新しい発見を与えてくれるものではないようだった。ほんのりと、……何かこう、やはりというのか、夢の女が姿を現したその瞬間から、良くない雰囲気を纏った何かがこの場をうろつつき始めたように感じる。


『俺に』『教え過ぎないように』『誰かが警告を発している』のが俺にも分かった。


 その警告を無視した場合どうなるのかは分からんが、何のペナルティもないなら夢の女がこんなふうに縮こまっているはずがない。


 刃物を首筋に突き付けられながら、……ああ、それでも俺の前に立つのか、そんなふうにして、わざわざ。


『あなたを、操るつもりなど、ありませんでした。あなたに決めて欲しいと思っていました。ただ、知らせるべきこととそうでないことを分けたのは、あなたが、選べたはずのものを、捨ててしまうのが怖かったからです』


『私は、あなたの幸福を願っている』


『あなたが、自ら捨ててしまわないように、目を引く他のものを与えていました。私は確かに、あなたを騙している。あなたが選ぶべき時に、それは元から傍らにあるのだと示すつもりでした。それを裏切りのように感じるかも知れない。けれど、健介、……もちろん私は、あなたの心を知っている。あなたの心を知った上で、あなたを想ってそうしたことを、どうか分かってください』


 言葉も、佇まいも、全てが謝罪に他ならない。


 どうして、『俺のためにしたことを』『堂々と話せないのか』、俺にはその疑問が引っ掛かって仕方なかった。深く繋がっていて、心の内などプラ板一枚挟んだように透かして見せておきながら、俺の見ているこの姿は、実のところ単なるマネキンに過ぎないのかも知れない。


 まとわりついた黒い影が、そう思わせようとしているんだろうか。それとも、夢の女が俺の心を操るのをやめたら、あの安らぐ声は……、元からこんなものだったろうか。


 ……僅かな、隔たりがある。飛び越せない線が引かれている。ほんの少し距離が離れるだけで、心の温度が伝わらない。


「おかしいな……。お前の言葉はもっと、心地よく響いたはずなのに」


『あなたの心も、濁っている。濁らせてしまった。あなたは以前ほど、私のことを信じてはいないでしょう。とはいえ、私が、嘘をついていないことは分かりますか?…………。ミナコを、信じて良いです。あなたと今も、前のように、友人に戻りたいと願っている。あなたと過ごしていたこれまでの全ては、あなたが認識していた通りで間違いありません。だから、……何も怖いことなどないのです』


 まっすぐに、目と目を合わせるのなら、俺が飛びつくような情報じゃなきゃならない。拗ねた子供の前にプレゼントを置くような、あまりにも露骨な視線調整だった。


 最初から信用していた夢の女に限って、今まで特に不自然には思わなかったが……、何故俺に、信用されなくちゃならないものか。


 市倉絵里とは事情が違う。よく考えてみると、この能力の持ち主が、俺を駒にしてなんの意味があるっていうんだ。ああ、怪しい。怪しい。……なのに俺は、ぽんと置かれた、俺に都合の良い情報が欲しくてたまらない。


「お前は一体、何を知ってるんだ?どうして俺に隠すことがある?」


『あなたの味方でいたいと、心から願っているから。あなたの幸せを、何よりも考えているから。あなたのことを、私が誰よりも理解しているから』


「ミナコを、信じて良いんだな?……お前のことも、信じていて良いんだな?」


『ええ、そこに嘘はない』



「もしもし」


「ああ、俺だ。健介だ。お前と、話をしなくちゃならない。お前の話を聞いてやらなくちゃならない」


「アンミちゃんの件でしょうか。もし状況に変化があったのなら私もそれを把握しておかなくてはなりません。どうぞ」


 もちろん、そのことも話すべきだろう。避けて通れるようなことものではないだろう。『もしもし』のたった一秒やそこらの声が、俺の中に響いていた。


 電話口から雑音のようなものは聞こえてこない。しんと静まり返った場所で、ミナコの声だけが高く通る。


 そこに微かな震えは含まれているだろうか。少し早口になっていないだろうか。どちらも、俺には断言できる。声は震えていて、早口になっている。


 そもそも『アンミの件か』という質問の後に、俺の返答を待たず用件を促すのがまさに余裕のなさの表れに違いなかった。普段であれば、ミナコはそんな話し方はしない。


 恐れているんだろうか。何を?さっさと話題をアンミに移してしまいたいんだろうか。どうして?


「アンミの話はもちろんしなくちゃならない。だがそれは後にしよう。後で話す」


「後で?いいえ。すぐに話してください。不審な接触者は現れましたか?それともミーシーちゃんが健介の家を出た後、それをアンミちゃんが追ってしまいましたか?この辺りの確認は緊急を要します」


 その上なんて、……交渉下手なんだろう。ミーシーが家を出たことは把握してるのか。どうやらアンミがそれに続いて家を出たかどうかは分かっていない。それを確認できないとマズイと考えているようだ。


 なるほどミナコは俺からの連絡を受けざるを得ない上に、『話してください』とお願いする立場だったか……。


「分かった。アンミが家にいるかどうかは、後でちゃんと話す。それよりも俺にも確認したいことがあるんだ」


「……つまり、何か要求するということでしょうか。それにはほとんど応じることができない。所内には秘密等級というものがありますが、この場合、外部の人間に公開できる情報は一つもない。特に……、君がするであろう要求や質問には答えを出すことができません。ですがですね、……どうしましょう。……どうしたら良いでしょうか。金銭的な要求であればある程度を融通することはできるかと思われます」


「俺がこの期に及んで、金をせびると思うか?いいんだ……。秘密等級なんて関係ない。俺が知りたいことは、誰かが秘密にしろなんて言ったりしない」


「もしかすると君は私を簡単に騙して情報を引き出せると考えているのかも知れない。所内のことはお話できません」


「お前のことを話してくれ。お前が今どういう気持ちで俺と話していて、これからどうしたいのかを教えてくれ」


「…………」


 呼吸のリズムが変わったことが分かる。一瞬、ため息を吐いたのかと思ったが、多分そうじゃなく、単に呼吸が荒立っただけのことだろう。


 俺がそれを聞くことを想定していなかったのか、あるいは想定していたとして触れられたくなかったのか、どちらにせよ、即答できる様子でもなく、話題を変える手段もなさそうだった。


 これは、どう評価すべきなんだろうか。ミナコには、……トロイマンには、確認しなくてはならないことがある。アンミの状態や所在、不審な接触者の有無をいち早く知っておかなくてはならない。話が横道に逸れてしまって苛立っているだろうか。戸惑っているだろうか。


 それはもちろんあるんだろうが、この間の具合はどこか、『伝えたいことがあるにも拘らず』『良い言葉が見つけられない』というようなもどかしさを感じさせた。


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