十一話⑨
「それは俺が『隠し事はしないでくれ』と言ったことに対する言い訳か?隠し事をしていたとしてそれを責めたいわけじゃない。質問を変えよう。例えば、お前が研究所の中のことなど知らない俺の立場だとして、お前から受け取った情報だけで冴えた方法に辿り着くことはできるのか?」
「ええ……。そうね。私が健介君の立場だったら、今私が考えている方法が、一番だと思ったでしょう。ただ……、まあただ、それはあくまで私が健介君の立場だったら、という話で、『私が健介君だったら』、その方法に気づかないとも思うわ。気づかないか……、気づいたとしても、それだと決めるにはまだ足らない」
「?……どういうことだ?足らない。話はかみ合ってるか?別に『俺だったら』というのは、俺の思考レベルまで落としたらという話じゃない。方法を組み立てるための部品が揃っているかどうかという話だ」
「私は揃っていると思う。ねえ、健介君。私は、健介君が思いついたことを聞きたいの。私の方法は、必要な時に伝えたら良いでしょう?」
「揃っている?お前はついさっき足りてないと言った。足りてないのはなんだ?もし不足してると思う情報があるならそれを教えてくれ」
「その足りてないものを、直接会って、教えてあげる。意地悪でそう言ってるわけじゃなくて、そうしないと健介君には良い方法を決められない」
「何度も確認して悪いが、……その良い方法は、誰かを不幸にしたりしないんだよな?この件を完全に解決する方法なんだよな?」
「『この件を、完全に、解決できる』ことを、約束する。ただ、細かに何がどうなるかは伝えない。方法についての質問も受け付けない。アンミちゃんもミーシーちゃんもスイラお父さんも、もちろん健介君も、全員が幸福になれる良い方法がある。誰も不幸にはならないし、別れを悲しむようなことにはならない。健介君はミナコちゃんとまた前のように仲良くできると思うわ。その結果をもって、これが最良の方法だと、健介君に知らせる予定でいる。ミーシーちゃんが家を離れてしまっているなら少し時間は掛かるでしょうけど、健介君が協力してくれるというのなら特に問題にはならない。確認はこれで終わりにしましょう」
「高田誠司やトロイマンはその方法で納得するのか?」
「質問は、受け付けない。健介君は私の方法にこだわるべきじゃない。これは伝えることを約束しているのだから、別の方法を考えてくれた方が良いの」
「そこまで冴えた方法にどうしてもならない。俺は、アンミ側か、トロイマン側のどちらかが、いや、どちらにも譲歩を求めるような解決だと思っていた」
「ええ。それがもしかして良い解決策になるかも知れないわ。何か思いついたのなら話して?それが実現可能かどうかは私に聞いてくれたら良いわ」
「ああ。例えばだが、……高総医科研がアンミを閉じ込めなきゃならない理由を、俺なりに考えてみた。多分だがそれは、……違うなら違うと言って欲しいんだが、研究所内にアンミの命を狙う裏切り者がいると、高田誠司やトロイマンが思い込んでいるからだ。そうするとアンミを外に放っておくわけにはいかないから、安全を確保するためにアンミを閉じ込めなくちゃならない。ただ、当然、スイラさんやミーシーがそんなことに納得するはずがなくて、今回こういうことになってる」
「ええ。そういう見方もある。高田やトロイマンはアンミちゃんの安全を最優先に考えるでしょう。研究所内に裏切り者がいると考えていてもおかしくはないし、その裏切り者の目的が分からない以上、アンミちゃんを放っておくこともできない。まあ普通であればミーシーちゃんもスイラお父さんもいるわけだから研究所の裏切り者くらい、放っておいてもそう不安全ということはないでしょうけれどね」
「裏切り者の存在が懸念材料だから、アンミを閉じ込めるという強硬手段を取ろうとするわけだが、そのせいでアンミ側とトロイマン側が対立するような構図になった。逆にいえばだ、もし裏切り者なんていなくてアンミを外に出しておいてもなんの心配もないなら、アンミを閉じ込める必要がない。閉じ込めようとさえしなければ、アンミ側とトロイマン側でそこまで強く反発しあうこともなくなる。協力する度合いを決めて、なんなら謝礼の交渉でもすれば済む。俺が聞きたいのは、研究所の中に、アンミの命を狙うような人間か集団か、そういうのがいたりするか?仮にいたとして、それを止めるための材料はあるか?これがとりあえず、俺なりに考えた現実的な解決策だ」
「研究の妨害をしようと考える者もいるかも知れない。アンミちゃんの命を狙うというのも、まああり得ない話じゃない。でも、……どうなのかしら。裏切り者が一人もいなくても、それを証明することは難しい。絶対に安全だと思い込ませるのも簡単じゃない。それに、私も、人が何を考えてどう動いているかまでは決めつけられないけど、……そうじゃないと思うわ。私が勝手にそう思っているだけでしょうけど、高田は裏切り者がいようがいまいがアンミちゃんを手元にはおいておきたい」
「アンミ本人が、周りに危害を加える可能性を心配してたりするということか?」
「…………。健介君が周りをよく観察して、答えを出せることだと思う。私の勝手な推測で他人の考えを話しても健介君の考えの邪魔になってしまうわ。そうね、健介君の言う方法も、健介君が考えた通りの前提なら、実現不可能な話ではないでしょうね」
「だが、実際には実現不可能な理由があるんだろう」
「いいえ。高田やトロイマンが、健介君の思うように考えているなら、裏切り者がいないことを証明してアンミちゃんに危険がないことを示すだけで説得はできるのでしょうね。まあ、ただ、簡単な方法ではないわ。トロイマンはともかく、高田が説得を受けて納得するように思われないというだけ。実現不可能とは言わない」
「トロイマンは、それで納得する可能性があるのか?」
「…………まあ、そうね。健介君の場合、高田はともかくトロイマンなら、説得する機会はあるでしょうし、なんなら直接それで納得するかと聞いてみたら良いのではない?私からトロイマンへは、そういう話はできないけど、健介君なら、ミナコちゃんを経由して高田へ意見を届けることもできなくはない」
「こんな理屈で納得する可能性は低い。お前の知る範囲で、研究所内にアンミの命を狙っている人間はいない。そういうことで良いんだな」
「私が、研究所の裏切り者ではある。一人、今回の件で協力して貰っている人がいる。ただ、私も、私の協力者もアンミちゃんに危害を加えるつもりは全くない。私が知る範囲で他の人間がアンミちゃんの命を狙っているという話は聞かないわ。ただ、これは色々と……、禍根のある話だし、高田が裏切り者がいると思っていても不思議ではない。『いない』とは言えないし、高田が『いる』と思っていておかしくない」
「どうしていると思っている?どんな禍根がある?」
「そうね、例えば……、アンミちゃんが研究所からいなくなった時、『セラがアンミちゃんを連れ去った』というふうに説明されたけど、高田がそれをすんなり受け入れたかははっきりとは分からない。研究所内の魔法対策は正常に働いていたはずだったし、研究所の外のカメラには『アンミちゃんが一人で外を歩いている映像だけ』が録画されていた。研究所内は、……今は少し事情が違うけれどね、当時は所内に監視カメラがなかったから、その時の出来事が分かるのはその外のカメラの映像だけだった。トロイマンは『セラを見た』と証言していたから除外するとして、……私もまあセラが単にカメラに映らなかっただけだと思うけど、高田や他の所員は『所内の人間がアンミちゃんを外へ出す手伝いをした』と疑っていてもおかしくはない」
「実際に所内の人間がアンミを連れ出す手伝いをした可能性はあるのか?そんな人物がいるならこの件での味方になり得る」
「ないと思うわ。ただ、できたかできなかったかでいえば、『できた』というだけ。一応言っておくと、やろうと思う人間がおそらく『いた』。閉じ込められているアンミちゃんを所員が不憫に思っていたなら、セラ村を受け入れ先として外に出すという選択はあり得た。状況から推測するに、所員の手引きである可能性は極めて低い、けど、内部の裏切り者への備えを考えるきっかけにはなったかも知れない」
「どうして可能性が低いなんて断言できるんだ?」
「……なんでと言われると難しいけれど、人が関与した証拠が一つもなかった。それに仮にセラが連れ出していなかったら、トロイマンの証言は嘘ということになる」
「いや?低い?……低いも何も、セラが連れ出したというのはトロイマン一人が証言しているわけじゃないだろう?誰も見てなかったということはないはずだ」
「そこね。後になって『セラだ』とはっきり証言したのはトロイマンだけだった。ただ、別にこれは不自然なことではなくて、……なんというか、他の所員も『それらしき気配とアンミちゃん』の姿は目撃している。セラはそれこそ姿を見せる見せないは自由だったでしょうし、アンミちゃんが連れ出された時点でセラという存在を知っていた者はほとんどいない。だから『何者かがアンミちゃんを連れ去った』と、……まずそういう話にはなる。ただ、所員はアンミちゃんがいないことに、後で気づいたわけじゃないのよ。その場にいた人間はすぐに警報を鳴らしたし、それこそ何重にも壁を下ろした。もちろんその操作記録というのは残っているし、アンミちゃんが外に出るまで、……映像はないながら、少なくとも不正な操作をされた痕跡がなかった。白昼堂々、万全のセキュリティのまま、アンミちゃんが連れ出された。さすがに証拠も残さずにとなると、人の手では不可能だとするのが妥当で、そうすると『セラが連れていった』ということで一応矛盾なく整理はされる。私を含めて何人かはトロイマンから直接そういった『セラが現れた』という証言を聞いているわけだけど、資料だけに目を通すと他の所員の証言しか記録されていないし、かなり細かくまで読み込まないとセラなのか、それとも内部の人間の工作なのかははっきりと答えが出せない。詳しくまで把握してなければ、内部の人間のしでかしたことかも知れないという疑いは抱く。内部の人間が関与していれば証拠は残ったでしょうし、証拠を残しても構わないのなら、所員はおそらく、アンミちゃんを外へ連れ出すことはできた」
「なるほど……」
「禍根というのは、大きくまとめると早川のことね。アンミちゃんが連れ出されるよりも前のことだけど、早川を自殺へ追い込んだのはトロイマンなんじゃないかという、別に根拠はないけど、そういう噂があった。私はトロイマンにそんなつもりはまるでなかったことを分かっているけど、それを本気で信じている人はトロイマンの研究を妨害しようと考えていてもおかしくはない。今でも早川の……。まあ、こんな研究さえなければ、あるいはトロイマンさえいなければ、早川が研究所を去ることはなかった。あるいは早川を研究所に復帰させることができると考える者はいるかも知れない。トロイマンはともかく、高田はさすがにそういった人がいることくらいは知ってるでしょう。直談判ももちろんあったでしょうから」
「……トロイマンに、早川を追い込むつもりがなかったというのは証拠が何かあったりするのか?」
「逆ではない?追い込んだという証拠なんて一つもないし、そもそも早川がいなくなったことでの一番の被害者はトロイマンだったともいえる。分子生物学分室はその時は早川とトロイマンの二人だけだったのよ。いきなり上司が失踪して一人残されて、挙げ句その後アンミちゃんが連れ去られたら、もう何をどうして良いか分からないでしょう。幸いといって良いのか、早川がいなくなってからアンミちゃんが連れ去られるまでの期間が短かったからなんとか寝る間はあったでしょうし、高田が人をあてがったからアンミちゃんの捜索活動と監視を始めることもできた。ただ、研究方針も宙ぶらりんのままだったし、研究の再開も遅れに遅れて、結局最近になるまでアンミちゃんを村から引き戻す算段もつかなかった。……だから、そういうことがあって峰岸昭一は、トロイマンに、というかミナコちゃんにね、近くの大学へ通ってお友達でも作ったらどうだと言ったわけ。結果的に健介君と出会うことになって良かった、ともいえるけど、はっきりと言うと見かねて時間潰しを提案しなくちゃならないくらいに仕事のバランスは崩れていた。……忙しい分には本人は気にしていなかったでしょうけど、研究が進まないことには苛立ちがあったでしょう。早川なしでは無駄な仕事での回り道や障害が多かった」
「早川が、トロイマンの研究の邪魔になることはなかったのか?」
「記録を見る分には、全くなかった。トロイマンは早川の指示に従って研究を進めていたし、早川がいた頃にはその仕事がいつ終わるのか大体の目処はついていた」
「ただ、トロイマンが、年少組の筆頭になることを目的としていたら早川という男は目の上のたんこぶだったろう」
「一番優秀なのが早川だったとしても、早川が高田を継ぐことはなかったでしょうね。年少組が三人で打ち止めなのも、高田がアタリを引いたからなんでしょう。確かに優秀であれば、高田の研究にとって近道ではあったでしょうけど、さすがにこの件ではそれ以外の部分も考えなくてはならない。高田も早川も、……何が正しいのかというのは自分で決める。あれこれ手や口を出したがる早川は性格的にね、高田の目的には不向きだった。研究を一つに絞ってくれる人間の方が都合が良かったでしょうし、こういってはなんだけど、正義面して立ち入ってくるような人間は選びたくなかったでしょう。トロイマンが入所してすぐの頃から、高田がトロイマンの論文を、手伝っている、ようにも思えた。もちろん彼女の実力を期待してというのはあったのでしょうけど、それでもまあ、特別待遇で迎えていたようではあるし、おそらく早い段階でトロイマンを後継に決めてはいたんでしょう。研究について何かあれば、トロイマンはトップである高田と直接交渉することができた。入所に際して裏で取引があったのではないかと噂されるくらいにはね」




