十一話⑧
「?研究所が裏切り者の存在に気づいたのは、多分かなり早い段階だろう。下手をするとアンミたちが村を出るよりも前のことだったかも知れない。どうして裏切り者の存在が関係なくなる?アンミを、……閉じ込めた方が研究所は安心していられると、そういう話だぞ?……トロイマンはそう言ってた」
「…………。トロイマンが気づいた裏切り者というのは多分市倉絵里のことニャし、市倉絵里は、アンミがこの家にいることが分かってもすぐに研究所へ引き戻さないように、研究所内に細工をして裏切り者がいることを気づかせてるわけなのニャ。アンミが村を出る前にトロイマンが研究所の裏切り者に気づいてたなら、まず最初に健介に忠告しにくるんじゃないのかニャ?健介はアンミが村を出る前からアンミを受け入れる候補だったのニャ」
「いや、……しかしな。そりゃ候補は候補だろうが、その候補の数がどの程度か分からんし、俺に忠告をしたのは俺が事情を分かってないように思ったからなだけで……、裏切り者がアンミの行き先を知ってるとは限らない。それに市倉絵里がわざと裏切り者がいることを気づかせてるかなんて定かじゃない」
「トロイマンは、裏切り者が健介に会いにくると思ってなかったらわざわざ説明しないんじゃないかニャ」
「まあ黙って、俺と一緒にいて、なんだったらアンミと仲良くしてれば監視もできて楽だったかも知れないが……」
「アンミとトロイマンが、というのは……、顔見て分かるから無理ニャけど」
「あ、そうなのか。そうか。ともかく、ゼロじゃないだろう。市倉絵里以外の裏切り者がいる可能性はゼロというわけじゃない」
「……トロイマンが気づいたのは市倉絵里が気づかせた分だと思うニャ。健介にまんまと接触して、もちろんミーシーがいたから簡単じゃないニャけど、なんだったら市倉絵里は本当にアンミに危害加えることもできたかも知れないニャ。さすがに裏切り者がいることが最初から分かってたらトロイマンもそこまで放っておかないはずじゃないかニャ」
「だがその裏切り者がアンミの居場所を知らないと考えてるとしたらどうだ?別にそこまで矛盾することはない」
「それもそれで呑気な話ニャ。まるでトロイマンもアンミの居場所知らなくて、今更健介の家にいること分かって慌てて話しにきたみたいニャ」
「…………。俺の家に、アンミがいることを知らなかったというのも、ないことはないが、そうするとトロイマンが『知ってた』と言い張る意味が分からんな」
「市倉絵里に聞いてみると良いニャ。アンミを、外に出したくない理由は、裏切り者がいるからじゃないと思うニャ……」
ミーコはあまり具体的に言及はしないが、『アンミが危険』は、アンミの安全だけを心配しているわけじゃないだろう。研究所内では魔法対策がされているんだろうが、外に出たら……、植物なんてそこかしこに存在している。
一時協力したとして気が変わって暴れることがあってはならない、アンミは、温和な性格からは想像しづらいものの、……アンミ一人でさえ、本来は簡単に捕えられるような相手じゃない。
管理にコストが掛かるというのは、町全体を魔法対策設備で覆うようなことを想定しての話なんだろうか。そりゃまあ、そんなことをし始めたらきりがない。設備のあるところで管理したいというのが当たり前だろう。
市倉絵里は本当に、俺から答えを引き出したいんだろうか。俺が答えに辿り着くことを期待しているんだろうか。それとも単に、……俺が答えに辿り着くことを不都合だと考えていて、役に立たないヒントしか与えてないんじゃないか?
「市倉絵里は俺の頭の程度などもうこれまでの会話で十分把握しているはずだ。出すべきヒントがあるならこの期に及んで俺に示さない理由がない。俺が解決のためのピースならなおのこと、何をどうするかを指示していなくちゃならない。だってそうだろう。下手をすると、俺は市倉絵里の方法を邪魔しかねない」
「まあ、何が最善かは健介が決めなくちゃならないニャ」
「そりゃそうだが、市倉絵里の方法を聞いてからそれに加えて良い方法を考えることもできるだろう。情けない話だが、俺はまず市倉絵里の想定している最良の方法にすら到達していない。アンミが研究所に追われることがなくなって、おっさんもミーシーもそれに納得して、……俺はとりあえず、そうなった後でミナコと仲直りをしたい。……そんなわがまま通るか?無茶だろう。……俺は、どちらかなんだと思う。どちらもは多分、選べないんだと思う」
「…………。きっと、良い方法があるニャ。市倉絵里が、どちらかしか選べない方法を提案したとしても、健介がそれを選ばないこともできるニャ」
「……まあそうだな」
研究所の裏切り者がアンミの命を脅かす可能性がある。それだけは絶対に回避しなくてはならない。逆にいえば、この件において、純粋な意味で取り返しのつかない失敗は、『アンミが命を落とす』という、そのただ一点だけだともいえる。
……それ以外は時間を掛けて少しずつ解決していけるのかも知れない。今は難しくても根気強く対話して、手掛かりを手に入れて上手く話をまとめらていけば……。
俺はずっと勘違いしていたが、『アンミが研究所に捕えられる』ことは致命的な失敗ではない。ゴールとして設定すべきは『最終的に、アンミが追われることがなくなりミーシーと一緒に暮らせる』。それが何よりも重要だろう。
そうして見方を変えれば、そう無茶な難易度というわけでもなくなるはずだ。
「少しずつ抵抗がなくなってきてるかも知れん。一応俺が騙されてないか見守っていてくれるか?」
「私にも相談してるニャ。近くにいる時は話してる内容も聞いてるニャ」
まあ、なら安心なのかも知れない。とにかく市倉絵里と密に連絡を取り合うべきだろう。
「おはよう健介君。相談事?」
「もしもし……。俺だ。ヒントが欲しくて電話した。……やはりお前の考えてる良い方法が、俺にとってもそうだとは限らない。もうミーシーはこの家にいないわけだし、俺に役割があるなら心づもりをしておかなくちゃならないはずだろう?それに、お前からの方法を聞いて、もしかすると、それをアレンジして、もっと良い方法が出来上がるかも知れない。何をどうするかを、そろそろ教えてくれたりしないか?」
「そろそろ、頃合いかも知れないわね。トロイマンもアンミちゃんを保護するために準備をし始めているみたいだし、アンミちゃんが捕まるより前に話をしておきたい。前に約束していたこと、覚えている?一度、直接会って話をしたいの。健介君と私で、二人だけで直接会って話をしたい。それもね、……健介君の役割だと思う」
トロイマンは……、そうだろう。市倉絵里と直接会って話をするのが、俺の役割だと言われると、それに関してだけは少しばかり躊躇する部分があった。
「…………。ああ、だが、今この状況でアンミを放って出掛けることには抵抗がある。電話じゃダメな理由はなんだ?」
「電話じゃダメな理由……。理由は、色々あるわ。でも直接会わないと、伝わらないと思うのよ。それが一番の理由ね。『何が?』と健介君は聞くでしょうけど、それは答えられない」
「直接会わないと良い方法が良い方法だと思えないということか?電話だと嘘くさく聞こえるのを心配してるのか?」
「そうね。大体そういうこと。どうしたものかしら。アンミちゃんを一人で家に残しておくのが心配ということよね。健介君、一応、二台携帯電話を渡しているでしょう?……健介君とアンミちゃんでどこかへ出掛けて、アンミちゃんと通話したまま私と会う、というのでもダメ?そうすれば私はアンミちゃんの居場所を知らないし、アンミちゃんの身に何かあれば健介君はすぐに気づけるわ。会う場所や時間は健介君が指定してくれたら良い」
「俺が家を出た段階で尾行される可能性がある。トロイマンにアンミの居場所が知られてるわけだから、この家はもう監視されててもおかしくはない。それに……、トロイマンと会った時にだ、携帯電話が圏外になった。電波妨害されたらアンミの安全は確認できなくなる。俺には移動手段がない。アンミを隠れさせるにしても結局近場しか選べない」
「…………。ねえ、健介君。じゃあ、別にね、アンミちゃんを私との待ち合わせ場所のすぐ近くに待たせてくれていても良いの。私から見えない位置で待ってて貰っても別に構わないの。なんなら斉藤陽太君をアンミちゃんの見張りに立たせて貰っても良い。それならだって、……私が、そうね。電波を妨害したとしてもすぐに異変に気づいてアンミちゃんの元へ行けるでしょう?それに私がもしアンミちゃんを捕えようと思っていたとしたら、正直なところ、別に外でも健介君の家でも構わない。外に出掛けたらアンミちゃんを捕まえやすくなるなんてこともないでしょう?」
「ミーシーが出て行った、というのが俺のブラフの可能性があるから、俺の家に引きこもっている限り、仮にお前がトロイマン側だったとしても手出しはできない。手出しをすればすぐにお前が俺を裏切ったことが分かる」
「ミーシーちゃんがいてもいなくても、ブラフでもそうじゃなくても、私はどちらでも構わない。時間と場所を健介君が決めて、私と直接会ってくれたら良い。ミーシーちゃんがいるなら健介君は安心して家を空けられるでしょう?それでも良い。安心できるならどんな対策をとってくれて良い。私は直接会って、話がしたいだけ。ただ、ミーシーちゃんがまだ健介君の家にいるなら、私は予知の妨害だけは準備しなくてはならないわ。健介君も、秘密を守ってミーシーちゃんに気づかれないように振る舞って欲しい」
「……どうした?酔ってたりしないよな?」
まず電話に出たすぐ後から、言葉がよく途切れていた。語尾を伸ばすような話し方がらしくないし、声の抑揚がいまいち安定していなかった。
まったりとしていて、張りつめた感じがない。最初からこうだったなら第一印象も違っただろうが、今となってはもう、その話し方に違和感しかない。
「……うふ、……うふふ。酔ってたりはしないわ。ちょっとだけ寝不足なの。やらないといけない仕事があったから」
「アンミのための、仕事か?」
「……ううん。まあ、……どうかしら。関係ないわね。私的なこと。健介君、どうすれば私を信じてくれる?私、今ぼんやりしてるかしら。どうすれば会えるのか……」
「じゃあ、……考えておく。俺も会う方法を考えておく。近い内に俺から指定する。それまでちょっと待っててくれ」
会えば、方法を聞かせてくれる。俺が待ち望んでいたことには違いないが、それは同時にこれ以上ない釣り餌のようにも思われた。
なんの条件も出さずにほいほいと出て行くのもあまりに不用心だし、その条件について市倉絵里からの提案を待つのも良くない。一見安心できるような条件を整えてくれるだろうが、それが巧妙な罠であったとして俺には見分けがつかないだろう。
「分かった。ところで、健介君は何か、良い解決方は思いついた?もし思いついたことがあるなら聞きたいわ」
「…………少なくとも、お前が言うような冴えた方法には辿り着けない。まず俺の途中式を話す前に聞きたいんだが、……俺は十分なヒントを既に受け取っているのか?解決を目指すために必要なピースを揃えられているのか?」
「…………どうかしら。私が提案する予定の方法を、健介君が気づけるように話しているかどうか、ということ?私は、健介君が私と違った方法を思いついてくれることも期待しているし、ちゃんと準備が整うまで、健介君にその方法を知らせるつもりはないわ。私と同じ方法を思いついてくれても良い。でも別に、私は一つの答えに行き着くように健介君の考えを変えたいというわけじゃないの。だから聞いてくれたら、なんでも答える。それは私の提案する方法とは関係ないかも知れないし、結局私の提案する方法に行き着くヒントになるのかも知れない」
「もちろん、俺は俺なりの答えを出せれば良い。ただ、……研究所の内部事情なんかは俺は逐一聞いてみないと想像でしか答えを出せない。根拠も曖昧なまま都合の良い空想で良い方法を思いついたつもりになっていても意味がない」
「私にいちいち質問するのが面倒ということ?まあ、……分からなくはないわ」
「……そういうことが重大なわけじゃないんだが。俺はな、例えば、お前の提案する方法が最良だと思わないかも知れない。だからできることなら、お前の方法を聞いた上でもっと他の手段がないかを考えたいと思っている。だが、まだそれが明かされていないわけだろう。俺はお前の言う冴えた方法には辿り着けないように情報を制限されていたりするか?」
「特にそんなつもりはなかった」




