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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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十一話⑦


 俺が玄関に戻ってもアンミは後ろをついてくるだけで一言も口にしない。いっそせめて『大丈夫かなあ』『心配だなあ』とでも呟いてくれた方がありがたいが、アンミの中でこの件がどう評価されているのかはよく分からないままだった。


『俺が決めた』ことだから、文句を言いたくないのかも知れないし、もはや言葉も出ないほどにこの家の空虚さに心を支配されてしまっているのかも知れん。


 こうなると……、アンミには俺から、今この状況の概要くらいは説明しておくべきなのかも知れない。何も分からないまま、誰もいなくなってしまうのは、あまりにつらい。


「アンミ。アンミは、ミーシーが出て行った理由に心当たりはあるか?」


「理由……?うん、私のせい」


 ……『そうだ』とは言いづらいが、そういう部分がないとも言い切れない。アンミが理由にはなっている。アンミが悪いわけではない。俺も言葉を選んで説明をしなくてはならない。


 ただどうやら、アンミが『自分のせい』というのなら、……事情を察する部分もあったんだろうか。


「アンミのせいじゃない。事情があってのことだ。誰が悪いわけじゃない。その事情について、俺も少し知ってることをアンミに話しておいた方が良い気がしてる。知っててどうこうなるものじゃないだろうが、答えのないところを探し続けるよりは良いだろうから」


「…………。ミーシーが?事情があって出てく?……健介にはそういうこと言った?」


「ミーシーから、事情を……」


 聞いたわけじゃないことを明かすのは尚早だろうか。もしアンミに市倉絵里のことを伝えるのなら、先に市倉絵里にそうして良いかを確認しておくべきだ。


 ミーシーが家にいない状態であってもミーシーに内緒にしなくてはならないのか。もしそうなら、アンミに伝えることが悪手になり得る。


 今いないとはいえミーシーに問い質されてアンミが内緒にしていられるというのは考えづらい。……じゃあ、どう説明したものか。ミーシーやおっさんから事情を聞いたという嘘も憚られる。


 いっそミーシーへ公開済みの夢の女から事情を聞いた、ということにでもしておけば無難だろうか。全体的にちょっとぼかした話し方にはなる。


「ミーシーはなんて言ってた?健介に全部話した?」


「いや、ミーシーから聞いたわけじゃなくてな。……なんていうのか、これは、言って良いのかな。止められないということは言っても大丈夫なのか?分からんがそもそも、アンミに言うなとは言われてないから、……多分大丈夫だろう。だよな?」


 返事はないが、ミーシーも、『夢の女のことはアンミも知らないだろう』と言っていた。なら、多分俺が知ってるヒントだけでは特定の人物に辿り着くことができないよう立ち回っているはずだ。ちょっと話をスムーズにするために役に立って貰うことにしよう。


「俺の夢の中で語り掛けてくる謎の人物から教えて貰った、……という、そういう話だ。ミーシーからは特に何も聞いていない。ミーシーは予知できるから危険を察知してちょっと離れて待機することにしたんだろう。いたらいたで、……無茶してしまうだろうから。それは良い解決ではないから。……あのな、簡単に、説明をすると、お前を狙ってる悪者がいる。で、……だ。荒事になる危険性に備えてハジメとナナもちょっと避難して貰うことにした。簡単にいうと、そういうことだ」


「……うん。ミーシーはなんにも健介に言ってなかった?」


 アンミは俺の簡単な説明に子細を求めるような素振りはなかった。ミーシーが俺に何か話したかというのを聞きたがっている。それをしきりに俺に尋ねる意図は分からないが、自分だけ先に避難して他に危険を知らせることをしなかったのかと、そういうことだろうか。


 怒っているようには見えないが、どうなんだろう。ミーシーが結果を見越して行動したのかは俺も気になっている。


「ああ、まあ?危ないと思ったら逃げろとは言ってた。で、俺はハジメとナナにとりあえず避難して貰うことにした。だからともあれ、一旦安全は確保してるし、ミーシーもハジメもナナも心配はいらない。で、アンミ。お前がどう思うか分からないが、『これは、穏便に、解決できることだ』。ミーシーは予知の中で見つけられなかっただろうが、俺はまずお前の側にいなくてはならない。まず絶対に勘違いして欲しくないのは、俺が危険かも知れないなんて考えたりしないでくれ。ここを離れることだけはしないでくれ。『解決できることだ』。これには根拠がある。少し込み入っていて納得させられるまで詳しくは話せないが、断言しておく。俺の側にいてくれれば、絶対に解決してやれる」


「……?健介は、危なくない?」


「危なくない。だから約束してくれ。解決するまで側にいてくれ。この約束は絶対に守ってくれ」


「…………。健介は、危険かも知れないのに私の側にいる?」


「危なくない。仮に危なかったとしても側にいて、そしてな?絶対に解決してやれる。これは根拠なく言ってることじゃない。解決するための方法がある」


 ……矛盾はしている。危なくないならミーシーがアンミから離れる選択をする意味が分からないし、俺がハジメやナナを避難させる意味がない。俺だけ例外的に危なくない理由なども上げられない。


 俺の説明の組み立ても悪かったがさすがに強引に納得させようとしていることが見透かされてしまって、あっと言う間に『どういう方法?』で王手になりそうな形勢だ。それを口にできない以上、アンミの不安を拭い去ることはできない。


「……?解決?ミーシーは帰ってくる?」


「ああ、帰ってくる。それはおっさんが手配してる最中だ。で、ずっと、一緒に暮らせる。何の心配もなく、前みたいにできる」


「……。うん。ごめんね、健介」


「謝ることなんてない。俺が望んでる。俺に、役立たせてくれ。安心しててくれ。良い方法があるんだ。解決してやれるんだ。……だから、絶対に出て行かないって、それだけ約束してくれ」


「…………。……私も。ミーシーが帰ってくるようにする」


「ああ。まあ、とにかくな。そんなに心配することじゃない。逆にいえばそれだけのことなんだ。それさえ済めば全部元通りだし、何度も強調するが解決するためのちゃんとした方法がある。それを分かっててくれ」


「うん、分かった。ありがと、健介」


『分かった』と、言うのは、アンミ側の譲歩だったろう。分かるような説明ができていない自覚はもちろんあるし、ミーシーやおっさんならともかく俺が解決できるようなことだと信じられるはずもない。


 しかしながら俺がどこまで準備不足だったとしても、『分かった』と、言って貰わなきゃならなかった。それがまず一つ重要な基礎になる。


「ああ。じゃあ……、まあ普段通りというのもこうなると難しい話だが、ゆっくり休んでくれ。落ち着かないのは分かる。心配なのも当然だろうが、変に考え込んだりすると良くない。なんだったら、ほら、期待して待っててくれたら良い」


「健介、危ないことしないでね。それだけ大丈夫なら安心」


「ああ。心配するな。さて、……俺は部屋に戻ろうと思うんだが、なんかあれば呼んでくれて良い。今なんか言いたいことはあるか?」


「ううん。特にない」


「そうか」


 当然ながらあんまり元気はない。一応しばらく居間のソファに腰掛けてアンミを眺めてみたが、アンミも特に目的なく台所辺りをうろうろして、時折食器棚の皿なんかを取り出して並べ直したりしていた。


 意味のある仕事ではないだろうが、手持ち無沙汰で座っているより気も紛れるものだろう。見ていても仕方がない。考えてみなくてはならない。とりあえずまずはミーコ、夢の女、市倉絵里は俺の味方だ。その前提で考えて相談して決める。


 研究所と、アンミと、割とシンプルな対立図式ではあるだろう。おそらく研究所はアンミが必要だという立場を変えたりはしない。アンミがいなくても医学が発展するような方法が、今になって降って湧いてくることもないだろう。まあ少なくともそれを期待して待っていても仕方ない。


 おっさんがアンミを手放すようなこともあり得ない。本来であればミーシーも。もちろん、俺だって。


 ……ただ、この対立は必ずしも、どちらかが一方的に折れる話とは限らないようにも思った。どちらも譲歩できる妥協点が存在していておかしくない。


『アンミ本人を、研究所に閉じ込めておかなくても、特に支障がない』、とまで、トロイマンを納得させれば完全解決とはいえないながら最悪は回避できる。


 トロイマンは、アンミを外に放っておくことで管理するコストが掛かると言っていた。アンミが危険に見舞われるリスクもあるし、アンミ自身が危険になり得るのだとも言っていた。


 果たして、そんなことが重要だったりするだろうか。俺個人の率直な感想として、そんな部分は、譲歩してしかるべきだ。そこを曲げなかったがために、問題が激化しているように感じる。


 ……もしかしてだが、研究所の裏切り者が高田やトロイマンを不安にさせているんだろうか。


 と、すれば、市倉絵里は、研究所内のそういった不穏分子に対する効果的な方策があると考えているのかも知れない。アンミに危害を加える可能性のある者を一斉排除する方法であったり、あるいはそこまで強硬なものでなくとも弱みを握っていて鎮静化できる。


 当然これは『市倉絵里以外の裏切り者が研究所にいる』ということが前提になるわけだが、反トロイマン、反高田勢力というのが研究所内にいても不思議ではない。そんな勢力があるなら話のこじれ方は少し変わってくるのかも知れない。


 逆にむしろその勢力を上手く味方につけて『アンミに危害を加えるという方法以外で』『研究を失敗』させてしまうこともできなくはないだろう。


 ただし、そういった話は市倉絵里から聞かされていなかった。市倉絵里の今までの話ぶりから考えると多少違和感もある。ミーシーがその勢力を信用しない場合があるから、ミーシーに知らせるべきでない、という判断はあり得るが、ミーシーがいない場合、俺が余分に時間を掛ければ解決できる、のは、……どういう理屈だろう。


 俺がやると時間が掛かることをミーシーだったら短縮できる、というのはまあ大抵のことはそうなるんだろうが、内緒にしたままで時間を短縮できることってなんだ?


 細かな部分がいまいち繋がらない。無理やりねじ込むことはできたとして、ぴったりとはまり込むような感触は得られなかった。やはり他のピースがまだ足りてない。


 部屋に戻ってしばらく考えてみても、はっと気付くようなひらめきは何一つ手に入らなかった。迷宮を彷徨っている。あちらこちらを巡り続けている。俺の思考は正しい方向へ進んでいるんだろうか。


 ……多分だが、行き止まりへ続く道を進んでいる。もしも正しい道順で進んでいれば、今までに得たヒントと少しずつかみ合っていくはずだ。外の明かりが少しずつ強くなる実感があっておかしくない。こうも薄暗いままの道であるはずがない。


「ミーコ、なんかアイデアはあるか?できることなら市倉絵里に正解を突き付けてやりたい」


「健介がそうまで考えて出てこない方法で解決すると言ってるニャから……、健介一人の方法ではないのは確かなのニャ」


「俺一人の……、ではないのは間違いないだろうが、俺は俺で一応な、いつの間にか微妙な人物相関図の中に配置されてしまっている。市倉絵里が俺に接触してきたのは……、ミナコのこともあっただろう。こうなると登場人物の中では、俺が一番折衷主義になるだろうから」


「良い方法というのを市倉絵里がミーシーじゃなくて健介に話そうとしてるからそう思うのかニャ?」


「ミーシーが、頭から否定するような妥協案でも、ミナコとアンミから板挟みの俺なら採用しようと努めるのかも知れない。結局のところ、誰も損をしない方法というのは、アンミが医学の発展とやらに、そこそこに協力してやることだ。週に一度か二度か……、通院して検査やらに協力して、それで報酬を貰えば良い。これはな、……俺から見れば、『誰も損をしていない』」


「……『それを、どっちも納得してない』はずニャ」


「俺からすればそれがそもそもおかしい。最初にこじれさせたのは間違いなく高総医科研の方だろう。この期に及んでまだ閉じ込めてアンミを外に出さないというような話ぶりだ。そりゃミーシーもおっさんもそんな話に付き合うはずがない」


「…………。それは、何か理由があるのかニャ?それさえ譲歩させたら話し合いができるのかニャ?」


「もし……。例えば、裏切り者の存在が、向こうにとっては懸念材料だという可能性はある。裏切り者がいることには気づいていたし、市倉絵里以外にそういう……、いや、市倉絵里はちょっと違うが、市倉絵里と別に研究の妨害を目論む人物がいたりしてもおかしくはない」


「……、これは私がなんとなく思うだけニャけど、別に根拠はないニャけど、……裏切り者がいるなんてこと、研究所はいつ気づいたのニャ?それはあんまり関係ないんじゃないのかニャ?」


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