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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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十一話⑤


 俺は一応、自己評価については正当に、間違ったことは一つも言ってない。ハジメは俺を誉め殺しできなくて悔しいのか呆れたようにため息をついた。


 一生懸命探して貰ってなんだが、言われてピンとくるような部分でもないし、ハジメ相手に照れたりドキドキしたりということもない。市倉絵里にも骨格やら社交性やらを誉められたが、むしろ一生懸命探してそんなところしかないがっかり感の方が大きいように思う。


「一つだけな、俺が誰より誇れるところがある。……運が良い。お前と会ったのも、運が良かった。だから俺はな、良い出会いをする、そういう才能はあるんだと思う。チャンスに恵まれている」


 結果だけ切り取ってみれば、それは社交性ということになるのかも知れないが、俺にとって魅力のない人間も大勢いるだろうに、俺は会うべき人間には出会っている。それは運が良かったのだといえる。


「そういうの聞いててさ、良い人なんだなあって思うし、あんたやっぱり、人を幸せにする才能があんのよ。あたしが喜ぶような話し方してくれて、あたしの良いとこ見つけてくれて、話してるとほら、元気とか勇気湧いてくるっていうか。……あたしの方こそ、運良かった。あんたと会えて良かった」


「そう言って貰えるのは嬉しいけどな」


 俺がハジメだったら、自分のことを運が良いなどとは言えなかっただろう。俺が高身長でイケメンで、包容力抜群で、約束を破らない男だったら運が良かったとはいえる。


 ハジメは運が悪い。こうだったら良かった、ああだったら良かったと言って良いはずだ。


「運良かったんだって……、ホントに」


「俺はな……、まだ俺が素直に、百パーセントそれを受け取れないのは、果たすべきことが残っているからだろう。お前にももっと良くしてやれた。お前が例えば、ここに永住するように決めて、それを俺のお蔭だと言ってくれたなら、俺はこれ以上なく喜んだだろう。だが今回、その最善を逃した。お前が家族と仲良くできて、またここに遊びにきてくれたり、なんなら、家族ごとここへ引っ越すのなら、俺はそれも嬉しく思うだろう。だが、今まだ俺の側が、その準備を整えられていない。だから、な?上手く結果が出たら、俺はその時初めて、心から尽くして、それを受け取って、存分に感謝されよう。俺と出会って運が良かったと言って貰おう」


「……それさあ、あたしに、……手伝えないことだから、ってことなのよね?あんたはそういう言い方しないだろうけど、あたしがいると邪魔になったり、ややこしくなるからちょっとここ出てって、そういうことなのよね?あんたが一人でやんなきゃならないことがあって、あたしには手伝えないっていう、……それだけ確認したいんだけど」


「…………。俺の問題だからな。……俺の問題だと今なら断言できる。お前の家族のことを、俺が直接的に手伝えないのと同じように、今回の件でお前がどうにかできる部分はない」


「じゃあ……、まあ、応援してるわ」


「そうか。心強いな。俺もお前を応援してる」


「うん。あたしも、頑張ってみる。うんでね、あと、一応さ、ナナにも声掛けたげてね。ナナもまた会えるにしたって、あんたと一緒にいたいに決まってんだから。あんたのこと優先で寂しいとは言わないだろうけど」


「ナナにも借りだな。……ちょっと見てくる。そうだしかし、お前の話し相手になるという役目をナナから言い渡されている。小さい約束から守っていこう。信頼を築かなくちゃならないからな。だから一緒に行こう」


「ナナは別にそういう意味で言ったわけじゃないと思うけど。まあ?じゃあ、一緒に行けば良いわけね」


 もしかするとハジメは客間の窓から外の様子を窺っていたのかも知れない。なんとなく視線が外に引きずられているが、こちらへついてはくれるようだ。


 外の様子が知りたいだけなら外に出れば良いはずだが、ガラス一枚隔てていた方が落ち着くものだったりするんだろうか。とりあえず強く拒む様子ではない。


 洗濯物の量も少ないだろうから俺がサボっても問題ないだろうと思っていたがよくよく考えてみると、この仕事でナナの身長不足は割と深刻に支障をきたしそうなものだ。


 俺という足場役がいないと上手く仕事が進まない可能性がある。……と思っていたが、別にどうやらそんなこともなかったようで、アンミがハンガーを渡して、ナナが洋服をそれに取り付けてまたアンミに渡す、と、そんなサイクルが既に完成していた。今更俺が登場したところでなんのありがたみもない。


「あ、健介お兄ちゃんとハジメお姉ちゃん仲良さそうに来た。ちょうど今ナナが健介お兄ちゃんがいないと無理なのに気づき終わったところだった」


「そうか。もしかすると俺がいなくて困っている可能性があることにな。俺は今気づいた。同時に、俺がいなくても普通に上手くいっていて少し寂しい気持ちになった」


「?そんなことないのに。健介お兄ちゃんがいなかったから、すごく大変だった」


「そうだったのかあ。ごめんな。でも、頑張ってくれたお蔭でいつも通り完璧な仕事だ」


「アンミお姉ちゃんが普通にできてしまうので、ナナはそんなに頑張ることはないけど、ナナがハジメお姉ちゃんと話しててって言ったから、そこはナナに責任がある」


「まあ、しかしな。俺はハジメと話しながら手伝うという良い方法を思いついた」


「…………?ナナはでも、ちゃんとまっすぐ見て話しててって意味だった」


「やはりな。やはりピュアだ。そりゃそうだ。向き合って話をすべきだな」


「まあそれ一段落したからこっち来たんでしょ?あたしはむしろ自然にしてて欲しいわ。はいはい、あたしも手伝ったげる。これね、はい一個完了」


「あっ、すごいな。お前は見事に折角揃っているハンガーの向きを逆にして吊るすんだな。さすがだ。俺もどちらかというと無意識でそうなるものだと思っていた。俺だけちゃんとしてないのかと思ってたが、どうやらやはりナナがすごいんだということが分かった」


「えっ?言ってよそれ最初に。ああなるほどね。向き揃えてんだ。ほい二個目完了」


「えっ、直さないのか?確かに外して直す手間を考えたら渇いた後に逆向きのを取り込む方が手数が少ない。合理的だな」


「ん?えっ、じゃあ直す?あんた細かいこと気にし過ぎじゃない?」


「いや別に気にしてるわけじゃなくて俺もどちらかというと気にしない方だから逆に気づいたというか」


「はい直した。どう?」


「…………。どう?ああ、そっか。それがお前の良いところだったな。俺はもう何個かバラバラだったらわざわざ戻したりしないからな」


「なんなの?じゃあ戻す?こんくらい好きなようにしたげるけど」


「いや、そういう遊びがしたい場合以外戻す意味は全くない。全然問題ない」


 俺には「そ」とだけ答えて、くるりと振り返り、アンミとナナに「寒いからちゃっちゃと終わらせて戻ろ」と言った。


「アンミなんかシケた顔してる。ミーシーなら大丈夫だってば。ていうか、どういう状況でも生き残りそう……。寿命以外で絶対死なないじゃん」


「うん。それは安心。でもハジメとナナが行っちゃうから」


 まあ、……確かに。ミーシーも風邪くらいは引くかも知れんが、事故の心配は多分ない。誘拐の心配も多分ない。餓死も凍死もないとは思う。アンミもそこは心配してないはずだ。


 どちらかといえば直前に差し迫ったハジメとナナの別れを惜しんでいる。ハジメとナナのことを心配している。


「また会えるって約束してんじゃん。あたしが約束破ったことなんてあった?」


「…………。うん、多分?」


「でしょ?だったらシケた顔する理由ないでしょ」


 多分、というアンミの答えは、『多分あった』とも受け取れてしまうし、仮に『多分なかった』と言いたかった場合ですら、勘定に含めるかどうかによってなかったことにできるかも知れない、なんてニュアンスが含まれる。


 ハジメが押し切ったことによってアンミも別に反論せず『なかった』ことになったが、よく思い出してみれば一つや二つ約束を忘れてすっぽかしたことくらいはあったのかも知れんな。


「ごめんな。全員に、もう一度はっきりとさせておこう。必ず会えると約束する」


 俺のこの決意は『どうやって?』と問う者がいないことを前提とした、気休めでしかない。『どうやって?』と問われることが分かっていれば口にできなかった気休めでしかない。


 何も聞かずに『そうしよう』と言ってくれる相手に甘えた卑怯な約束に違いない。


「それ何回言えば気が済むわけ?」


「……とりあえずは満足した。割とこれは重要な、……シリアスなこう、……まあ良い。指切りしようか?」


「あんた意外と……、ボディタッチ求めてくんのね」


「えっ?」


「指絡ませるとかはなんかいやらしいんだって。しかも何?小指出してんの?」


「ハジメお姉ちゃんがもしかして知らないかも知れないけど、それがねえ、多分一般的」


「それ誰に教えて貰ったの?」


「……?ナナのお父さんとか?」


「ふぅ……、ん。ちょっとじゃあナナで練習して良い?」


「うん。ゆーびきりげんまーん。うっそついたらはーりせんぼんのーますゆびきった♪」


「へぇー……。判子とか契約書ない時代の人とかこういう儀式で契約してたのかな……。で、げんまんって何?古代語?」


「一万回ぶん殴るという意味だ。約束破ったらな?…………。今お前はナナに一万回殴られても大したことないような気がしただろう。針千本飲ますというのもセットだ。約束を破ったら裁縫針とかそういうのを千本飲み込まなくちゃならない」


「大丈夫大丈夫。今の練習だったから。で?あんたあたしとやりたいってことは一万回ぶん殴られる覚悟はできてて言ってんの?」


「必要ない。俺は約束を守るからな」


 もう二度と会えなかったらぶん殴る、というのもおかしな約束だな。誰かがハジメの代わりに俺を殴りにくることになるんだろうか。それはそれで嫌だが、元より俺は約束を破るつもりなどない。


 俺が約束を守りたいのだから、破った時の決め事などあまり意味がない。あとまあ、約束を破った時の罰則事項など文字通り受け取る人間はいない。


「ん……。じゃあ。こう?」


 ピンと立てられた小指に指を引っ掛けて、軽く揺らしながら指切りのまじないを唱える。


「え?逆じゃない?あたしがぶん殴るんだからあたしがそれ言わないとダメなんじゃないの?」


「ん、ああ、そう言われるとそうだな。じゃあやってくれ」


「ゆーびきーりげーんまーん。うーそつっいたらはりせんぼんのーます♪ゆびきった♪でもそん時は、あたしの方も堂々と会えるようにしとく」


 どうやら、やり直して満足してくれたみたいだった。時間は、きっと少しずつ迫っている。ハジメの父親は多分今こちらへ向かっているところだろう。


 ああ、どうしてこう揺らぐんだろうか。今までの話に『もしも』『こうだったら』を付け加えたくなる。


 もし少しでも思っていたのと違ったら、そんな約束なかったことにして良い。そもそもこれは、俺にとっては単に、『最悪に備えての避難』に過ぎないんだから。


 ……ミーシーは、これを予想しただろうか。アンミから離れるのはやむを得ないにしろ、ハジメやナナに何も伝えず行ったきりなのは、俺が二人を避難させることを見越してのことだったろうか。


 洗濯物を干し終えて居間に戻って特に何をするでもなく時間を過ごしていた。車の音が俺に聞こえたのは、もしかするとしんと静寂が満ちていたからなのかも知れない。でなければ気づかなかったようにも思う。


 車のドアの閉まる音が聞こえて、ああ、ようやく、ここで一つ決まってしまうのだと、諦めにも似た心境で窓の外を見た。


 まだ姿はないが、誰かがここを訪ねてくるまでほんの少ししか時間がない。ハジメもナナも、アンミも、誰かが来たことに気づいているようだった。


 あと、一分もないだろう。坂の下に車を停めて、歩いてこちらへ向かうまで、きっと三十秒程度のことだろう。


 今になって、伝えるべきことが残っていないか考え始めている。どうすれば伝わるのか考えている。どうせ当たり前のことしか言えなくて、『分かっている』と返ってくるに違いないのに、でもそれが足りることなど絶対にない。


 なら一体、なんて声を掛けたら良いんだろう。


「誰か来た……。う、聞き覚えある車の音だわ」


「違い分かるのか?まあ多分、お前の親だろう」


「どういう人?来る?迷ってる?」


「いや、まあ、分かってるだろう。ここで車停めて間違えるということはないだろうし、多分だがおっさんに住所聞いてるはずだ」


 そうして、多分三十秒なんて過ぎてしまったんだろう。一人の男の姿が見えた。おっさんと同じようにスーツを着ていて、ただまあ、おっさんとは印象がまるで違う。


 着飾っているというよりは着こなしているし、着ているスーツも割と着古したものに違いない。普段からあの格好をしていそう、というか、他の服装のイメージが湧きづらい。


 一瞬窓越しにこちらの姿を確認したようだが、特に一礼も合図もなく玄関の方へと歩いていってしまった。クチヒゲがよく似合っている。正直言って予想以上に、堅そうな人物に見えた。


 そして多分躊躇いもなくチャイムは鳴らされた。俺もすぐにそちらへと向かう。


「高橋さん、娘を、迎えに来ました」


 低くしゃがれているのに、凛としてはっきり聞き取りやすい声だ。電話口よりも力強く耳によく残る。


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