十一話④
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とはいえ、ハジメは別に改まって話をしたがっているようではなかった。そわそわしてる分むしろいつもより口数は少ないし、思い出を語らったり別れを惜しむような素振りというのもない。
普段と変わらない感じで、そこにそわそわが足されただけのハジメだった。ということで、俺も一応ハジメの側にいるにはいたが、特にこれといって特別な雰囲気にはならなかった。
そしてふと、ちょっとハジメにも聞いてみたいことを思いついたりする。
「なあ、お前はそういえば魔法使いの魔法能力というか、そういうのを把握してる、わけだよな?……もし、思い当たることがあれば、で良いんだが、ちょっと聞きたいことがあってな」
夢の女が口を挟んできたり、ハジメを操って口を塞ごうとするなら、別にそこまで強引に聞き出すつもりはないが、もしかしてハジメには夢の女の正体について心当たりがあるかも知れない。
ミーシーが知らない魔法能力、ということになると、ハジメ関係という可能性もないわけじゃない。というよりミーシーに本当に心当たりがないとすれば、消去法で考えてハジメぐらいしか尋ねる相手がいない。
「んぅ?割と平穏に生きてるから、あたしとかはよっぽど普通の女の子なんだけど。何?」
「いや、お前の話ではなくて、……いや?お前が?お前ではないな。一瞬お前の可能性もあるのかと思ったが、ほんの一瞬でお前ではないことに気づいた。例えば……、あのな。人の夢に?いや、そういうわけじゃないのか?人に夢を見させたり、姿を透明にして特定の人間にだけ話し掛けることができたりする魔法使いなんてのは、お前の知り合いにいたりするか?」
「夢?どういう?」
「どういう……、と言われると色々だが、例えば過去の記憶とか、誰かの行動とか、あと、夢の中に入り込んで話し掛けたりする、そういう能力の……」
「…………?」
「思い当たらないか?美人の女の人だと思う。若いといえば若いのかな。ただ姿形はぼんやりとしてて俺が思っているより高齢だったりはするのかも知れない。…………待てよ?チビ?背が低いのかな?チビと言われていた。俺が夢の女と呼んでるチビ?逆に若いのか?思ってたより?」
「あんた夢の中で美人の女の人に話し掛けられてんの?」
「ああ、割と頻繁に話し掛けられたり夢を見せられたりしてる。夢だけじゃなく、最近は起きてる時とかでも話し掛けられたりしてる」
「…………ああ。うん」
「?なんだ?思い当たらない、のか?なら、そう言ってくれ。まさかと思うが俺が妄想と現実の区別がつかなくなっているとでも思っているのか?お前の今それはどういう表情なんだ」
「思い当たんないけど、い……、るの、かも知んないわね。あんたがそう言うなら」
「いや、いるのはいるんだ。俺は別に自分の頭がおかしくなってないかを確認したいわけじゃなく、その魔法使いに心当たりがあるかどうか聞きたかっただけだ。お前の知り合いでもないのか?ミーシーもそんな人間はいないと言ってた」
「姿、……透明にはなんなくない?普通に考えて。魔法ってそういうのはちょっと、まあ、アニメとかそういうのではあるとは思うけど、人間そんな透明になったりとかしないでしょ」
「えっ……。えっ?根っこ操るのは現実的だとでも言いたいのか?予知するのもか?」
「それはさあ、あり得るっちゃあり得るけど、透明ってどういう原理でなるのよ」
「いや、予知はどういう原理なのかとかもさっぱりだろう。透明とそんなに差があるか?俺にはその違いは全く分からんぞ」
「えっ、いやだって。……もの動かすとか、頭の中で考えるのとかはともかく、体透明になるってどういうことよ?んな奴いないでしょ。それ人間じゃなくてカメレオンでしょ?」
「カメレオンじゃない、人間だ。人間だって透明になる能力を持っててもおかしくはないだろう?」
「いやおかしいでしょ。何?どういうこと?話し掛けてくる?ごめん今ちょっと話変わっても良い?カメレオンてどういう原理で透明になるの?」
「あれは多分背景と同じ色に体色が変化してるだけだ。透明になっているわけじゃない」
「?じゃあ透明になんのはカメレオンでも無理なんだし、人間とかは頑張っても無理なんじゃない?」
「頑張るとか、……そういう問題なのか?魔法の話だぞ?」
「あんたアニメとかの話と混ざってるんだって。原理をさあ、考えたらそれはちょっと無理なんでしょ?カメレオンでも無理なんだから。あんたちょっとでも透明になれたりするわけ?」
「分かった。そこは分かった。じゃあ逆説的に考えよう。俺の認知能力に影響して姿を視認できなくする能力者はお前の知り合いにいたりするか?」
「注意を逸らすとかそういうこと?」
「妥協すると……、そういうことかも知れない」
「それは……、どっちかっていうとあんた側の問題なんじゃないの?あんたが気にしてるかどうかなんてあたしが知るわけないでしょうが。そりゃあたしだって……、まあ、気づいたらいたの?ってのはあるけどそれ別に相手が注意逸らしてるわけじゃないと思うしさ」
「結論として……、要するに、透明になる人間なんているわけないんだから、俺の注意力が足らなくて姿を見つけられなかっただけ、ということか?俺の家の中にいるかのように話し掛けてきているというのに、俺はそんな状況ですら気づけないなんてことあるか?」
「はあ?ベッドの下とかに隠れてんじゃないの?そういう都市伝説とかあったでしょ?斧持ってんだっけ?」
「ベッドの下はミーコが警備してるから大丈夫だ。というかやっぱり俺だけの問題じゃないぞ。ミーコが気づいてないということは人間では誰も気づけないレベルで気配を隠しているということになる。猫の聴覚とか嗅覚とかは人間よりも優れているからな。暗くても見えるからな猫は。ということは俺が間抜けという説は間違っている」
「良いじゃん。夢?とかその程度なら。別に害ないんだし。本体もまあその内忘れた頃にちゃんと出てくるって」
「……そうなのかな。そんななくした携帯ゲームみたいな感覚なのかな」
「てかそれ重要なことなの?あたしも割とそわそわしてるところなんだから、ちょっと気が紛れるようなこと言わない?」
……これ以上粘っても意味はなさそうだな。ハジメは隠し事をするような性格ではないし、仮に隠すにしたってポーカーフェイスでいられるようには思えない。加えて、隠して得するようなことがない。
「そうだな。……今回はな。まあちょっとイレギュラーだった。急なことだったから、お前が戸惑うのも仕方ないとは思う。でも、自信を持って良い。不安に思わなくて良い。お前には諦めない才能がある。失敗しても挫けず次に活かすことができる。難しく思えて休憩が必要になったら、まあ友達がいるわけだ。休むところがある。お前の築いた、友達という財産は、お前の正しさを証明してる。お前を応援してる。疲れたら休めば良いし、たとえ失敗してもそこで終わりにはならない。お前は成功者の素質を持っている」
「…………。やるじゃん、あんた。なんか説得力あるわ。なんか自分でもそんな気がしてきたわ。普通アレじゃん。失敗ばっかしてたらダメなんだってなるとこ、見事に逆に上手いことフォローしてるじゃん。失敗しても諦めないとか言って」
「俺が上手いことフォローしてるわけじゃなくてな。お前が見たまんま上手いこと頑張ってる。普通は、失敗ばっかしてたら、ダメなんだってなって諦めたりする。お前はそうじゃないだろう。お前が普通と違ってすごいんだと胸を張って良い」
「あ、あたし評価されてる。よく考えたら確かにそういうとこあんのよ。そこ伸ばしたら良いわけね?」
元々の人間としての根っこが強くて土壌が整っていると、ちょっと肥料を与えるだけで見ていて面白いほどに自尊心が育つようだ。よく考えなくてもそういう部分は前々からあっただろうに、他人からの評価を得てようやくそこを自覚するもんだろうか。
「伸ばす、まあ、そういうこと、だろうな?というより、現状が人より抜きんでてるということだろう」
「人より?それはさすがにちょっと大げさなんじゃない?あんまり大げさに言われるとお世辞っぽいんだけど。人よりってのはどのくらいのこと言ってんの?オリンピックにそういうのあったら出れるとかってなるとそれはさすがに大げさでしょ?」
「オリンピックで……、頑張り屋さん大会があったら健闘しそうな、くらいかな。いや、そういうのの大会はないからそんな形でのランク付けは難しいが、なんだかんだ世の中、そういう数字にならない才能というのがある」
「ふぅん。あたしが誉めてもらったから言うわけじゃないけど、あんたも勉強はダメでもさ、良いとこあると思うわ」
お返しの社交辞令のようだが、俺の良いところの名称が抜け落ちていてかつ、俺の勉強がダメなところだけは何故か見抜かれていた。ハジメと対話する内で、俺が勉強できないと分かる部分などなかったはずだが、分かる人間には見た目だけで分かってしまうらしい。
確かに俺も、特に根拠などなくハジメが勉強できなさそうな気はしている。シンパシーというやつだろうか。
「そうか?まあ?ありがとうな。俺も今ちょっと思ったんだが、数値化できれば自慢しやすいのにな。そこら辺はちょっと残念なとこだな」
「まあ多分だけど、その内科学が発達してできたりすんじゃないそういうのも。優しさ六十点で思いやり七十点とか」
「あったらあったで、百点ならともかく、……なんかギクシャクしそうだな。人間関係が。競うものではないような気もするな」
俺がもし、中学校で五教科満点の天才だったとして、六教科目の優しさとか友達想いが赤点評価で補習だとしたら、……市倉絵里と同じように勉強に価値などないと言っただろうか。もしも、点数として評されるものであったなら、それが足りないことは、他ではきっと補われない。
「まあ、そうね。誰か分かってくれる人がいるだけで良いわ。んな自慢して回るこっちゃないと思うし」
「ああ、……そうだな。いや、……その、……俺はその、テストの点数が良い、そういう社会的評価を受けるような才能が羨ましいというだけで、自分に何か才能があったら自慢して回りたいという、そんな卑しい奴じゃないんだ。お前らのたまに出るピュアな発言は割と刺さるな。その通りだ……。誰かが、分かってくれてれば良い。それ以上求めるものではないな」
「?うん。あたし、ほら、ピュアだから」
「おお。そうだな……。そうだったそうだった」
「ふふふ。ピュア。……ふふ、たまにじゃなくて天使だから」
「美人で明るくて前向きで、元気一杯だしな」
「ん……、ふふ、ん?何?、はは、美人?て。また、ちゃ、ちゃ、茶化してそんな……、ふ、ふふ」
「思うんだが多分、……お世辞ではなく本当にな、美人な上、表情豊かなのはこれ以上ない気がする。美少女コンテストなんかでは審査員特別賞みたいなのが貰えると思う」
「んふふ、そこは、優勝ではないんだ。まあ、逆になんかお世辞じゃない感じして嬉しいけど。あんまやめて、本当そういうのどうして良いかわかんないから。あんただって、背高くてイケメンとか言われたら困んない?」
「……?どう、だろうな?困るかな。いや、俺の場合はお世辞でしか言われないだろうからな。そんなに困ることはない」
「…………。ええ……。なんなのもう、じゃああんた愛の告白されてもお世辞だと思って澄ましてるわけ?」
「愛の告白で背が高くてイケメンだから好きですとか言わないだろう。一応補足しておくと、俺はこういってはなんだが、極めて一般的な美的感覚を持っている。骨董品とかの価値などは分からんが美人とイケメンは高い精度で見分けられる。お前は美人で俺はフツメンだ。であるから、俺がイケメン呼ばわりされたらそれはお世辞か皮肉かちょっとセンスのズレた感想でしかない。そうなると俺はうろたえない」
「あんたさあ、……じゃあなんて言われたら嬉しいわけ?」
「分からん。誉められそうなポイントが思いつかんな。なんかあったら言ってくれ。なんだかんだなんでも嬉しいとは思う」
「背高い」
「まあ。ただ、別に得することはないな。背が高いと腰痛になりやすいらしい」
「目、綺麗じゃない?二重だしさ」
「お前が言うかそれ?お前ほど綺麗な二重じゃないし、俺のはな?多分昔一重だったはずだ。多分だが。ちょっと目が悪くなって、こう、なんていうか眉間にシワを寄せながら本を読んでた。そしたらいつのまにか二重になっていた。これはだから、今一応確かに二重は二重なんだが、要するにシワなんだよな。俺のは」
「……あのさあ、はあ?何が違うの?照れたら?ちょっとは。あと、筋肉、ほら、筋肉すごいじゃん」
「それは前も言ったが、おっさんほどの筋肉は装備してない。今はもうかなり柔道も弱くなってるし、せいぜいちょっと胸ぴくができる程度だ。ミーシーにもボコボコに投げられたしな……」
「はあ……。優しいじゃん」
「だと良いな」




