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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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十一話①



 布団に潜って何時間経っただろう。


 ああ、これでもない。あれでもない。やはり、トロイマンとミナコは別人ということで良いんじゃないだろうか。怪しく思えるような挙動などなかった。


 …………。いや、むしろ、隠すべき素性を隠そうとしていたのなら怪し過ぎる。


 あれもこれも奇行のように思われるし、それが友人関係を続けるにあたって好ましいものであるかと問われると、……正直、疑問符どころかその後に反語で『いやない』と付け足してしかるべきだ。


 そもそも最初の出会い方からして、俺本人がまさか後々友人となる人物なのだと認識できていなかった。


 だから逆説的にいって、『アンミを受け入れるであろう俺を監視するために友人らしい振る舞いをしてきた』などというのは、たまたま偶然そうなっていたから良かったものの、『結果が一応そこにあるからそれらしいだけ』の詭弁でしかない。


 だってそうだろう?市倉絵里と比べて一目瞭然だ。どちらが、人物として魅力的に映る?どちらが俺に利するような振る舞いをしてきた?


 一生懸命、友人らしく気に入られる振る舞いをして、……あれか?いや、あり得ん。演技でやってたとしたら、何を目指していたのかがさっぱり分からない。


 仮に演技であったにせよ、そうでなかったにせよ、そこにいるのは結局のところ、不器用で不器用で仕方ない、『トロイマンと名乗る一人の女の子』だった。友人を目指してああだったのかも知れないし、素でああだったのかも知れない。


 事情を加味して友人の振る舞いをしてきたというならつまり、トロイマンは友人になりたい相手に、ああするんだろう。


 それが心の伴ったものであったかは別として、……あれではなかなか友達もできまい。上から目線でものをいうと、俺や陽太くらいしか友達にはなれまい。


 だったらまあ、なんだったら、トロイマンなんて名乗っていたって、もし友達が欲しいなら、……俺がなってやらんこともない。


 俺はお前のそういうところも好きでいるから。



『お互いの無担保信用度について』


 見覚えのある長い金髪を揺らして小走りで左右に何度も移動する女の子の姿があった。右に移動しては左に戻り、また右に行っては左に戻り、それを、俺が見掛けてから既に三度も繰り返している。


 ちょうどそれが自販機の前だったから、俺はせめて二回までなら飲み物を買おうかどれにしようかそんなことを迷っているんだろうと見なかったことにして立ち去ったはずだ。


 さすがに三回繰り返すのを見て、俺はその場から視線を逸らすことができなかった。自販機のボタンを押して、すぐに移動して、また戻ってきてボタンを押して……。


 もしこれが人間じゃなかったら、ああそういう習性の動物なのかなと思っただろうが、見たところ人の形をしている。俺の記憶によると数日前には日本語で喋っていた。


 であれば、ピンポンダッシュの予行演習か何かなのかも知れない。インターホンを押して逃げる、しばらくしたらまた押して逃げる。


 …………イメトレで、良くないか?自販機でやる意味はないんじゃないのか?


 俺が随分と近づいてようやく、その女の子がタバコの自販機と飲み物の自販機を何度も行き来していることが分かった。女の子も俺の姿に気がついたようで、手元のカードらしきものと俺を見て悩ましげに首を傾げ、一つ小さくため息を吐く。


「…………」


「それ……、な、クレジットカード、じゃないのか?もしかしてだが」


「…………。はい。…………そうです。何故見ていますか?健介はあの自販機でジュースを買えますか?」


「ん?……買おうと思えば、……買えるが、それ以前に何がしたかったんだ?ジュースが買いたかったのか?」


 一応、確かに名乗ってはいたが、まさか正確に俺の名前を覚えているなんて思ってもみなかった。


 俺が峰岸ミナコという名前を覚えているのは、この女の子とのファーストコンタクトが他と混ざりようがなく特徴的だったからというのが大きい。普通の人間同士が何気なく普通に自己紹介していたら忘れていたっておかしくない。


 陽太にしたって最初の内佐藤か斉藤かよく分からんかったし、コウタなのかソウタなのかいまいちはっきりしなくて『あのさあ』とか『そういえば』と呼び掛けて、『お前』と呼んでて特に差し支えなかった。


 陽太にしたって記憶に残りやすい方の人物なんだろうが。


「そうですとも……。見ていたなら仕方がない……。あの自販機は……、僕のことをまるで信用していない。百円とかはおそらく大した金額ではないにも拘らず、あの自販機ときたらまるで僕のことを信用していない……。自販機から僕への信用度が百円に達していない」


「…………。こっちのそれは、タスポだ。タバコパスポートとか多分そんなんの略だ。タバコ買う時の年齢認証用のカードの読み取り口だ。お前の信用力が一体どれほどか知らんが、お前がものを買おうとしてるあっちの飲み物の自販機は現金専用だ。というよりクレジットカードでものを売る自販機を俺は見たことがない」


 こうしてやっと、なるほどといえる事情が浮き上がってくる。


 この女の子はどうやら、自販機の飲み物を買おうとして、隣のタバコの自販機のタスポ読み取り口にクレジットカードをかざして、飲み物のボタンを押して、出てこないからもう一度かざして、もう一度ボタンを押して、それを何度も繰り返して、自分の信用がもしかして百円に達していないのではないかと不安になってきてしまったようだ。


「?ものが買えると聞きましたが?これはその、その……、後でお金を払うという、そういうカードであって、これは、ああ、あれ?それこそ信用できる人からの情報なので確かだと思うのですが、でも場合によっては限度額というものがあります。信用を大幅に超えるような買い物の時は使えないということもあります」


 あまりに、哀れだった。信用できる人からの情報が嘘だったか、この女の子の信用度が百円未満か、そのどちらかしか答えはないようだ。だが、その信用できる人は別に嘘は言っていない。それに百円程度すら信用されない人間なんてそう多くはないものだろう。


 そこら辺はともかくとして、こう何度も行ったり来たりして諦めがつかないということは相当ジュースが飲みたいんだろうな。……それはなんというか、可哀相だった。


「だからな……。ああ、小銭がないのか?分かった分かった。ほれ、俺にそのカードをかざしてみろ」


「?こう、ですか?何度か向きは変えたりしましたが」


「ピピーッ、まあしょうがない。ジュースくらい買ってやる」


「??……?……?口座から引き落とされますか?」


「お前……、そういうこと言うなよ。俺だけがすごい馬鹿みたいだろう。なんだったら後で金返せ」


「借金できた。何か奇妙なことになってしまいましたが、確かに買い物はできた」


「俺が奇妙なことにしたかのような言いぶりだな。お前が奇妙な行動をしていたという自覚はないのか?俺は至極真っ当な、善良な人間として困ってる奴がいるから百円出してやるだけなんだけどな」


「これはあれですか?クレジットカードを持っている人はそうなりますか?」


「別に俺がクレジットカードを持ってる人間が買い物しようとしたところに颯爽と現れて金を貸してやる責務を負っているわけじゃない。困っている奴がいるから……、というより、困った奴だなお前は」


 俺はそう言って、ポケットから財布を取り出して、百円玉を自販機に入れてやった。丁寧に、自販機では現金しか使えないことを説明して納得させて、今度からは飲み物が欲しくなりそうな時は小銭を用意しておけとアドバイスしてやる。


 その女の子は割と素直にその言葉に頷いて、自販機のボタンが点灯していることに目を輝かせながら恐る恐る指を伸ばしてボタンを押し込み、ジュースが落ちてきた音を聞いて一度こちらをちら見した。


「返さないかも知れないというのに百円分信用されている。機械なのでこれは買ってしまったら返品できません。百円に戻すことはできません。知っていましたか?」


「……ああ、知っていました。なんだったら返さなくても良い」


「?何故?返しますとも。僕は貧乏というわけではありませんので、百円は返せます。貸して貰ったら返さなくてはならないことを分かっています」


「じゃあ返せ」


「今は無理なので、また次に会う時に、また次も会えますか?」


「ここの大学に通ってるわけだろう。その内会うからその時返してくれたら良い。というか、百円で貸したどうだと言うほど俺も別に貧乏だったりはしない。いややっぱり返さなくて良いぞ。プレゼントだ。飲み物が欲しかったんだろう」


「…………。いいえ、返します。約束しておきます」


「そうか。覚えてたらな」


 これがまず、俺が少なくとも百円分くらいは、ミナコのことを信用していた実証として挙げられる。


 出会ったばかりの当初でも百円分は、信用していた。『信用』といえば聞こえは良いが、つまるところ他の言葉で言い換えると、俺が想像した通りになる見込みがどの程度なのかの確率論でしかなかったろう。


 百円が返ってくるか、百円分感謝されるだろうという俺の想像に基づいて百円を賭けて、まあ後日百円が戻ってきた。それは、俺がミナコに百円分何かを与えてやって、ミナコが俺に百円を返すのが道理であることを知っていれば簡単に成り立つ。


 百円が百円であることを日本銀行が保証してくれてるんだから、そう的外れな信用にはならない。


 だが失っても痛くない百円と違って、金銭に代えがたい今のこの信用を、一体誰が正当だと評価して保証してくれるだろうか。俺がミナコに何を与えてやれただろう。それはどの程度の価値で、返すべき道理のあるものだろうか。


 信用していた。裏切られた。俺にはそう思えるものもよく考えると、俺が勝手に、ミナコが返してくれるはずだと思い違えていただけなのかも知れん。俺の想像通りにならなかった、という、単にそれだけのことだ。



『お互いの自由想像力について』


 ミナコの奇行が日常のものであることが分かってくると、俺は少しずつ自分の想像力に自信がなくなってきた。だから俺は多分、ミナコと出会ってから割とすぐに、ミナコの行動の動機を探ろうと努力はしていた。


 ある意味で俺は、ミナコに惹かれていた部分がある。人間誰でも自分に欠けている部分があることを少しくらいは自覚していて、他人だけが持っているものは一般的な善し悪しは別としてやはり魅力的に見えたりする。


 まずもって、おそらくだがミナコは、俺と比較して相当身体的に健康だった。身長も筋量もどう考えても勝っている俺が、疲れるから控えようと思う無駄な動きを躊躇なく繰り出している。


 目隠しフェンスの向こうを覗きたいと思えば飛び跳ねるのが当たり前なんだろうし、本棚の高い位置に気になる本があればよじ登ることも辞さない。


 簡単にいって、行動力が立派だった。


 そういえば、『面倒くさい』とか『疲れるからやめよう』という言葉を、ミナコから聞いた覚えがない。覚えていないだけかも知れんが、ともあれ、俺の中にそんなことを言いそうなイメージがない。


「あと、お前の想像力についていけない。何を考えてるのかまるで分からない。よく考えると俺はミステリーとか好きだから、お前を見掛けて声を掛けるのは、そこに発生している謎を解きたかったのかもな」


「僕も健介が何を考えているのかはまるで分かりませんので、そう気にしなくても良いのでは?」


「……俺の行動は基本的に見てれば何したいか分かる。お前の行動は想像力が足りないと全く理解できない。そういう違いだ。そして俺はミステリーが好きなんだろう」


「想像力が足りていないことに苦しんでいる?では、こういう遊びがあります。想像力を育みます。ぐーちょきぱーで♪ぐーちょきぱーで♪なにつくろー♪なにつくろー♪右手がグーで……、ひだ、左手がチョキでー、……。えっと、この前、外で見掛けた変な生き物……、変ないきものー♪」


「なんだその動き。それヤバイやつなんじゃないのか?お前の想像力が何かヤバイ生物を生み出してないか?そんな生き物現実にはいないだろう」


「…………。健介はカタツムリという名前を聞いたことはありますか?マイマイ科の生き物です。これは生物に詳しくないと知らない人が多いのかも知れない。こういう動きをします。変な生き物という方が伝わりやすいので変ないきものー♪と言いましたが、一応カタツムリという正式な名前もあります」


「カタツムリはそんな動きしないんだ」


「そんなことはありません。しますとも。あ、角度がですか?まあ、厳密にはこうです」


「いや、そういうことではない。もしお前のチョキがカタツムリの触覚だとしたら、そんなふうツノでよたよた二足歩行したりしない。そんな気持ち悪い動きはしない」


「そう言われるとそうなのです。ただこれはあくまで、大体の特徴を捉えて再現する遊びなので、あまり細かいことを言われると困ります」


「形は……、いいけど、動きだろう問題なのは」


「どうしたら良いでしょう?アドバイスを求めています。そもそも思うのですが、この遊びに熟練しても僕の行動原理を探れたり謎が解けたりはしません」


「そうだな」


 それがとことんかみ合わなくて、俺が年月を重ねてようやく及ぶようになってきたと思っていたことも実は勘違いで、何がどうしてそうなるのかもう少し考えるべきだったというのも、やっぱりどうせ違ったんだろう。


 今になってみればそんな気がする。俺の想像する友人と、ミナコの想像する友人とがぴったりとそのまま重なるかといわれれば、そんな都合の良いことはあり得ない。


 何気ない言葉や振る舞いは、内面の、大体の特徴を捉えて再現しているに過ぎないのだから、相手がどんなものを想像しているかは結局のところ子細を聞いて確かめなくてはならない。


 その上で何もかも違っていたら、どちらかがそれを諦めなくちゃならない。


 俺は、俺と違うからミナコを見ていたくなった。俺が正しいとは言い張れないし、ミナコのことを少しずつ分かっていけたら良いと思っていた。


 でも、まあ、まず……、カタツムリは二足歩行したりなどしない。


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